99.凱旋

 案の定、リリィとともに相乗りで王都に戻ると、びっくりするほどの騒ぎとなった。
 門の修復にあたっていた騎士たちからはもちろん、戦争の終わりで徐々に人気を取り戻しつつある街中に至っては、注目の的以外の何物でもなかった。

 逃げ出したいほどに視線がチクチクと全身を刺してきたが、あいにく、キラの身体は動けるような状態ではなかった。
 外見だけは美しい白馬なユニィに、竜ノ騎士団”元帥”のリリィがまたがっているからか、まさしく人が人を呼ぶ状態となり……気がつけば、ちょっとしたパレードとなっていた。

 戦争という緊張状態から解放された人々の熱気は凄まじく。少年の身振り手振りのお礼に、少女の晴れやかな顔つき、大人たちの歓声、老人の拍手……その一つ一つがリリィをたたえ、リリィもまた手を振って応えていた。
 エルトリア邸に近づけば、もはやともに乗るキラの存在を不思議に思う者はおらず……リリィに促され、キラもなぜだか手を振り返すようになっていた。

「今日は……いえ、明日も一日中、皆大騒ぎでしょうね」
「すごい人の数で緊張したよ……」
「ふふ。キラが来た時は防衛準備に入っていて、どこもガランとしていましたからね。それに、到着と同時に行方をくらませてしまいましたし」
「うぅ……。ちょ、ちょっと疑問に思ったんだけどさ」

 エルトリア邸の門をくぐり、白馬にゆったりと揺られながら樹木のトンネルを行く。
「僕はよそ者だから、もうちょっと変な目で見られるかと思ったけど……そうじゃないんだね。みんな驚いてたし……なんだか興奮してた」
「キラ、そういう言い方はよくありませんわよ。”グエストの村”である種トラウマを抱えたのは、重々承知してますけど」
「別に、トラウマじゃ……苦手ってだけで」
「同じことですわよ。第一師団支部の壊れた”転移の魔法陣”も、あとすこしで完全修復という話です……ともに、ランディ殿のことを報告に行きましょう?」
「分かってるよ。ユースとエーコさんには、ちゃんと伝えなきゃいけないって」

 キラは、リリィにと言うよりは、自分に向かってぶつぶつと言った。
 すると、背後のリリィがそっと溜息をつくのを感じ取り……しかしそれを悟らせないかのように、彼女は話題を変えた。
「それで、皆の様子が気になるのでしたね?」
「うん、まあ……。敵意を持ってほしいってわけじゃないけど……ちょっと、あんまりにも不自然というか……」
「この王都が、今どういう状況かは話しましたわよね?」
「え? うん。王城を奪還して……で、公示人を使って正式に王都の奪還を触れ回ったんでしょ?」

「そのとおり。――時に、ラザラス様もローラ王女も、嘘はお嫌いのようでしてね? 王都奪還に際して起きた事実をあまねく公表しましたのよ」
「あまねく……?」
「流石に、ユニィの不可思議さ加減には触れていませんが……。中には、『ある一人の少年が帝都を落とした』とありますの。”英雄の再来”だ、と」
「だ、だいぶ誤解を生むような感じだね?」
「あら、そうでもありませんわよ。だってキラったら、ミテリア・カンパニーも巻き込んだのでしょう? どんな国にもどんな権力者にも靡かないあの組織を、経緯はどうあれ、協力させるに至った……これは、まごうことなき偉業ですわよ」

「ロジャーは……なんというか、割と元からそういうふうにしようとしていたような気がするけど……」
「でも、あなたがいなければ。王都を取り戻せども、多くを失うことになっていたかもしれません。それに何より――感謝させてくださいな。皆に、そして、わたくしにも」
「そう言われると……むずがゆい」
 くすくすとリリィの愛らしい笑い声が転がり、キラもつられて笑みを漏らす。

 リリィと他愛のない話をしながら、ちらりと周囲を見渡す。
 最初に訪れたときと同じく、自然の中に築かれたトンネルにこっそりと感嘆の息をもらした。木漏れ日が赤レンガで舗装された細道でちらちらと揺れ動き、ぬくもりを含んだ風がゆるりと吹き付けてくる。
 トンネルを抜けた先には大きな噴水が待ち構え、それを大きく迂回して通り過ぎると、エルトリアの壮麗な屋敷が見えてくる。
 玄関だけに注目しても、まるで絵画がはめ込まれたかのような美しさがある。

 彫刻のように繊細な文様の彫り込まれた扉がゆっくりと開き……黒いバスローブに身を包んだ紳士が姿を表した。
「そういえば、顔を合わせるのは初めてですわよね。わたくしの父、シリウス・エルトリアです」
 にこやかに手を挙げる紳士は、どこかリリィと似通っていた。スラリとした細身であり、ぴっしりと背筋を伸ばした姿は重なるようであり……とりわけ、きりりとした顔つきで柔和に微笑むところなどは、瓜二つだった。
 ただし、精悍な顔つきは意外なほどに共通点が少ない。幾分白髪の目立つブロンドも、突き出た鼻梁も、頑丈そうな顎も、リリィと違って剛健さを象徴している。

 リリィは母親似なのだろうと思いつつ、キラは白馬から降りようとして、
「あ」
 身体が思うように動かないことを忘れていた。
 足は少しも上がらないにもかかわらず、上半身を傾けたことでそのままバランスを崩し……先に降りていたリリィに、危ういところで抱きとめられた。

「キラってば、ちょっと間の抜けてるところがありますわね」
「なんか、それ前にも言われた気がする……」
 全身に”身体強化の魔法”を施したらしいリリィにキラは横抱きに抱っこされ……まさしく間抜けな様子ではあったが、力の抜けた身体ではどうにも抵抗できなかった。

「まさか、我が娘が男をお姫様抱っこして連れ込むとは思いもよらなかったよ」
 シリウスがそう言うと、リリィはツンと顎をそらして返した。
「わたくしも、まさか殿方を紹介するというときに、父親が寝間着姿で現れるとは思いもよりませんでしたわ」
 娘の反撃にシリウスは苦笑いし、やれやれとばかりに首を振った。

「積もる話は後に回したほうが良さそうだね。私も娘も、そして君も。なかなかの修羅場をくぐり抜けたようだから。ともかく――よく来てくれたね、キラ君。歓迎しよう」
「どうも……ありがとうございます」
 キラは握手しようと手を出して、その汚さに自分で呆れてしまった。
 土と血とが混じってドロドロで……引っ込めようとしたところ、シリウスが構わずに握ってきた。

「ひどいニオイだ。すぐに風呂を準備しよう」
「その前に応急処置をせねばなりませんわ。打撲は至るところにありますし、両肩の傷にお湯は大敵です」
「ならば”治癒の魔法”を……そうか、”授かりし者”だったね。では、メイドたちに……」
「何言ってますのよ。セレナも休憩をしに戻ってきているでしょう? わたくしと二人で処置に当たれば、それでおしまいですわよ」
「娘二人が男の裸を見るというのは、父親的にはアレなんだが……」
「いまさらですわね。王都まで旅する中で、幾度か同じようなことはしていますし」
「……それは色々と聞いておきたいところだね」

 シリウスの言葉は、リリィには向かっていなかった。
 キラはぎくりとして視線をそらし、言い訳の言葉を頭の中で探した。が、こういう時に限って、靄がかかったように疲れがのしかかり、うまく考えもできなかった。

「まあいい。先に言っておくと、まだセレナは戻ってないんだ。消えたベルゼとエマールの捜索中でね」
「消えた? あのセレナが、のがしたということですか?」
「というより、手遅れだったんだろう。エマールを独房に連行した者か、あるいはその監視についた者かに化けられたんだ……そうして、檻に入ることなく、エマールはベルゼとともに姿を消した。魔力の痕跡を追うようだが、果たして”忌才”にそういう手立てが通じるか……」
「クォーター・エルフの”目”が、かえって邪魔をするでしょうね。――セレナには捜索を打ち切らせましょう」

「この機を逃すのは惜しいが……仕方がない。奴らが反撃の隙を伺っていないとも言い切れない。こちらがバタバタしていたら思うツボだ」
「ええ。では、セレナへの連絡は任せますわ」
「うん。――うん?」
「わたくしはキラとお風呂へ向かいますので。セレナにもすぐに来るように伝えてくださいな」

 二人の話し合いをぼうっとして聞き流していたキラは、リリィの衝撃的な発言もさらっと受け流してしまい。
 バスローブ姿のまま立ち尽くすシリウスを不思議に思いつつ、エルトリア邸へ連れ込まれ……そのまま風呂場へと直行することになった。

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