100.めぐる

 単に風呂場だと紹介されはしたが、そこはまさしく大浴場だった。
 一軒家がまるまる収まるのではないかと思うほど広い空間に、これまた大人数での入浴を想定したかのような浴槽が真ん中に鎮座している。
 魔法によって張られた湯は、一時間はその熱さが持続するらしく、
「魔法ってすごい……」
 キラは湯船の中心にぷかぷか浮かびながら呟いた。
 風呂場という特殊な空間だからか、あるいは他に誰もいないからか。ポツリと漏らした言葉は、びっくりするくらいに反響した。


 結局、大浴場に連れ込まれてドギマギしていたのは、キラだけだった。
 最初は、彼女も一緒に湯船に浸かるのかと思ったが、そうではなく。キラが動けないのを良いことに、思い切りよく服を剥がされ。途中で合流したセレナにも、良いように扱われ……。
 水を通さない〝魔法のガーゼ〟で全部の傷を塞いだところで、二人がかりで全身をざぶざぶワシャワシャ洗われて、「ゆっくりしてください」と湯船に浮かばされたのである。
 その後、何やら扉のすぐ外でシリウスも混じって喧嘩をしていたようだが……。


 とにもかくにも、リリィとセレナのおかげで、キラはゆっくりと湯船につかることができていた。
「あぁ……グリューンのこと聞くの、忘れてた。どうなったかな」
 誰ともなしに呟いた疑問は、湯気と一緒に天井で跳ね返り……その答えは、頭の中に直接響く幻聴となって返ってきた。
 ――あのガキなら王城だ。綺麗に隠しちゃいたが、王都奪還の時に移送されたんだよ


 慣れ親しんだ感覚ではあったが、白馬のいないということもあって、キラは身体を硬直させた。
 すると、浮いていた身体はとたんに沈み、キラはもがきながらもなんとか湯船の淵にたどり着いた。


「げほっ、うぇ……。い、いきなり声かけないでくれる。びっくりした……!」
 ――ケッ、気を抜きすぎだな
「抜きもするさ。風呂だよ。しかも、ユニィ、君とは絶対に話せない場所にいるし」
 ――テメェの常識で測るんじゃねぇよ。だが……この距離でも〝声〟が届くとは、随分と〝覇〟が回ってやがるな。姿を消していたとき、何をした
「レオナルドのところで〝雷の神力〟を引き出す修行をね。あとは――」
 ――フンッ、テメェの中にある〝もう一つの覇〟と対面したってか?
「……よく分かったね」


 ――とうの昔に知ってらぁ。リモンの闘技場で何があったか、テメェ、思い出せねぇんだろ
「今はもう思い出したんだけど……そうか、そういえばユニィ、変なタイミングですっ飛んできたよね。で、闘技場壊した」
 ――やりすぎたとは思わねぇ。あそこには嫌な空気が漂ってた……全部は潰せなかったがな
「……何の話?」
 ――〝預かり傭兵〟だ。奴らからは、微弱だが〝覇〟の気配がしていた
「え……。でも……なんで? だって、〝覇〟は竜人族の血に宿るって……あの傭兵たちは、様子は変だったけど、普通に人だったよ」
 ――〝覇〟は呪いだって言ったろ。その血を取り込ませりゃ、人にも取り付く。テメェや、あの小娘みてェにな


 そこまで聞いて、キラは思わず周りを見渡した。
 当然ではあるが、風呂場には誰もおらず、幻聴は頭の中にだけ直接響いている。だがそれでも、キラとしては声を低めざるを得なかった。


「それは前も聞いたけど……本当なの? リリィが……リリィも〝覇〟を?」
 ――ああ。推測にはなるが、テメェに宿る〝覇〟は小娘由来だろうよ。疑わしいのは、旅に出る前、テメェが身勝手にもオーガと戦って怪我したときだ
「べ、別にオーガにはやられてないし。ウルフェンに飛びつかれたときのだし」
 ――どっちでもいいんだよ、んなこたぁ!


 脳内で響く声にキラは顔を歪め、むすっとして言い返す。
「で……。じゃあ、なんでリリィに〝覇〟が?」
 ——考えられるとすりゃあ、遺伝だ
「……遺伝?」
 ――小娘が話してたろ。母親のマリアも、心臓を患ってたって
「まさか……」
 ――ああ。マリアもまた〝覇〟を持っていた。まあ……『なんで人間に〝覇〟が感染したのか』って疑問の答えにはならねぇがな
「子は親に似る……」
 ――オレが小娘の〝覇〟に気づいたのは、リモンの闘技場だ。テメェの〝覇〟が暴れてたんで、止めようと〝声〟をかけたところ……それに応えたのが、小娘だった


 体を支えていた腕の力が抜け落ち、キラは縁から滑り落ちた。再び、力なく湯船にプカプカと浮かびだす。
 ――テメェ……ほんとは分かってんだろ
「リリィの〝覇〟については、ユニィから聞いた初めて知ったんだよ……」
 ――そっちじゃねェよ。今、考えてんのも、そんなことじゃねェだろ
「……」
 ――オレぁ、〝覇〟の強さについちゃ自信がある。テメェの〝覇〟が濃くなったと思ったからこそ、闘技場で〝声〟をかけた
「で……?」
 ――どんなに荒れ狂っていたとしても、届かねェはずがねぇ。要するにオレはあのとき……いわば声をかけ間違えたんだ


 それ以上聞かなくとも、ユニィの言いたいことは分かった。
 リモンの闘技場で戦っていたとき、あの場には三つの〝覇〟があった。
 リリィ、キラ、そして……。


「……だから、さっきリリィにエルトのこと話そうとしたとき、『まだ』って遮ったんだ」
 ――エルト? あぁ……なるほどな。テメェがあの小娘を『リア』って呼んだのと同じだな。随分と気が合うみたいだな?
「まあ……。一緒に戦った仲だしね」
 ――だからこそ、見誤るんじゃねぇぞ。同情して、何もかもわからないまま……不確定なまま、あの小娘に打ち明けてみろ。〝覇〟に乱れが生じる
「ああ、『まだ』って言ったのはそういう……。ちょっと待って。〝預かり傭兵〟と違って、リリィが呪いにやられてないのはどういうわけ?」
 ――そこがさっぱりだから黙ってろつったんだろうが!
「急に怒鳴らないでよ……!」


 キラは響く幻聴にムッとして言い返し、ユニィはふんと鼻を鳴らした。


 ――だったら、テメェはなんで黙ってろつったら黙った
「帝都でさ、〝五傑〟のネゲロって人と戦ったんだ。で、その時に……〝王国一の剣士〟が自分から死を望んだって、知った」
 ――なるほどなあ……。だが……〝覇〟のことを抜きにして考えたら、あの小娘は知りたがるんじゃねェか?
「リリィはそうだろうけど。でも、まだ何も聞いてないからね。だから、僕も何もできないよ」
 ――ケッ。どっちしろ、めんどくせぇこった
「ほんとだよ……いつか、全部わかればいいけど」

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