98.あこがれ

 金属製の鎧の硬さを背中に感じながら、リリィと二人で白馬にまたがる。
 ゆったりとした相乗りに懐かしさを覚えつつ、キラはこれまでにあったことをぽつりぽつりと話した。
 王都で突然別行動を始めたことへの謝罪から入り、ブラックと戦ったことに言及し……レオナルドとの修行や、海賊たちとの出会い、ミテリア・カンパニーのボスとの結託、帝国皇帝ペトログラードの終戦宣言にまで話が及んだ。

「まったく……。わたくしと離れないという約束を破ったそばから、そんな大事にまで発展するだなんて……」
「う……。やっぱ、その約束、有効?」
「当たり前ですわよ! また同じようなことをしたら、もっともっとガミガミ言いますからね」
「うぅ……。ごめんなさい」

 キラは深くうなだれて、反省の意を示した。
 リリィは仕方がなさそうにため息を付きながらも、落馬しないようにしっかりと後ろから抱きしめて支えてくれる。
 頼りきりで申し訳ないとは思いつつも、度重なる戦いに加えてエルトに身体を貸したせいで、手綱を握るのもやっとなほど疲れ切っていた。

 リリィに久々に”治癒の魔法”をかけ続けてもらい……そこで、ピトリと首筋に何かがあたったことで、無意識に背筋を伸ばした。
「……においますわね。帰ったら、まずはお風呂ですわね」
「っていいながら、鼻をつけられるのは……」
「ひどいにおいではありますけど、それでもやっぱり……。前から思っていましたが、キラはいい香りがしますわよね。どんな高級の香水も霞むくらいに」
「ああ、それ、レオナルドにも言われたよ。なんだっけ……『女の体は毒だが、お前さんも同じように女にとっての毒だ』って。あと、ヴァンパイアがどうとかって……あれ、そっちはレオナルドじゃなかったかな」

「……? ”三人のキサイ”のレオナルドは、男性という話ですが?」
「あれ? ああ、そっか、言ってなかったっけ」
「実は女性だったと、そういう話でしょうか?」
「うーん……似たとこ。もともとおじいさんだったらしいけど、今は絶世の美女な感じになってる。……話しちゃいけないって言われてたから、内緒だよ?」
「絶世の……」

 何やらリリィの琴線に触れたらしいと、すぐに分かった。
 抱きしめる力が強くなり、ぎりぎりと肋骨が悲鳴を上げている気がした。キラは慌てて話題を別へとそらした。

「”海流”にずんぶりつかったりとか、疲れて雪の上で寝てたりしたからさ。ちょっと、自分でも気持ち悪い感じではあるんだよね。だからさ――」
「”海流”? その言い方、海に溺れたのだとしたら、随分と妙な言い回しではありませんか? ――まさか、誰かと戦ったとか……。そういえば、帝国に居たはずなのに、なぜあんなところで寝ていたのかもはぐらかしましたわよね」

 話のそらし方を間違えた。
 キラは言葉を喉につまらせ、どう説明したものかと頭を働かせた。
 こういう時に限って、茶々を入れないユニィを八つ当たり気味に睨みつつ、素直に白状する。

「どう説明したらいいか分からなかったし、あんまり話しちゃいけないような感じもしたからさ……つい省いちゃったんだよ」
「話しちゃいけない……? どういうわけです?」
「レオナルドと別れたすぐあとに、しゃべる”人形”と戦ったんだよ」
「”人形”……?」
 その声の調子で、リリィが眉をひそめているのが容易に想像できる。
 戸惑ってはいるが、嘘だと一蹴しないのを感じ取り、キラは話を続けた。

「”神力”を使ってて、すごい厄介で……なんとか倒したけど。帝都でブラックたちと戦ったあとにも、別のが現れて……それで帝都からあの森に”瞬間移動”させられて。ああいうのって普通……じゃないよね?」
「ええ、聞いたこともありませんわ。操られているのではなく、自我を持って……ということですものね」
「うん。港町近くで戦った方には、『オマエは違う』って言われたし」
「もともと誰かを探していたということかしら……?」
「でもすぐその後に、『オマエも標的』って。どういうことだろ?」
「何にせよ、不気味な話ですわ。いつまた狙われるとも限りませんし。――ええ、ますます離すわけにはいかなくなりましたわね」
「うぅん」

 それから、他愛もない話をはさみつつ、王都の状況を教えてもらった。
 占領されていた王城はすでに解放され、王都そのものの奪還も近いこと。そこに至るまでどれほどの苦労があったか。
 とくに、エマと元国王ラザラスの突拍子のなさにどれだけ振り回されたか、苦笑で頬が引きつってしまうほどに聞かされた。

 さらには……。
「まかり間違っても、サーベラス領には近づかせませんわ」
「なんで? いや、まあ、誰も立ち入れないなら、行くこともないだろうけど……」
「だって、サーベラス当主がクロエさんをお嫁さんにって! キラの!」
「……はい?」
「状況が状況なだけに、クロエさんに怒られてましたが……あの様子では、絶対に諦めてませんわ」
「何が何でそんなことに……?」
「いかつい見た目して、超がつくほどの平和主義者ですのよ。とりわけ、女性は戦うべきではない、落ち着いた場所で平和な日常を過ごすべきと……。だから、娘のクロエさんには『良き人を』と望んでいますのよ。それが、よりによって……!」

 その後もぐちぐちと続き、王都のぼろぼろの防壁が見えてきた頃には、キラもリリィも一緒になってへとへとになっていた。
「クロエさんだって、もっと自由に恋愛を謳歌すべきですのよ」
「けどサーベラス家って、リリィと同じ公爵家でしょ? そこらへんは、なんというか、難しい印象があるというか……クロエさんにしても、クロエさんのお父さんにしても、そう自由にはできないんじゃないかな」
「そう……。そうですわね。――たまに思いますが、キラは記憶喪失ですのにそういう常識的な部分は覚えてますのね?」
「え? ああ、あんまり意識したことなかったや。だから、覚えてるって答えて大丈夫なのかな。――でさ、なんであんなに防壁ぼろぼろなの?」

 その時、ブルルンっ、と白馬がくしゃみをした。面長な顔を振りしきり、つばをめちゃくちゃに飛ばす。
 わざとらしいその姿に、キラはひくりと頬をひくつかせた。
「まさかとは思うけど……ユニィの仕業?」
「半分正解ですわね。王都を取り戻すには、多少の混乱が必要でしたのよ」
「随分と大胆な手を打ったね……」

「帝都に乗り込んだキラほどではありませんわよ」
「最初はあんな大事になるとは思わなかったんだよ。レオナルドの話だと、ちょっと戦って終わり、くらいな感じだったし」
「それにしても、ですわよ。帝国”五傑”を倒した上で、ブラックやロキまで相手しようとして……過程はどうあれ、実際にそうなったのでしょう? それで無茶でないという方がおかしいですわよ」
「まあ……確かに。ちょっと無謀だった気はする」
「でしょう? よく勝てたものですわよね」

 キラはリリィに抱きしめられ、白馬の上で揺られつつ、徐々に近づく王都の門に目をやった。
 どれだけの勢いでユニィに踏みつけられたのか、門は原型を留めないほどに瓦解していた。両端の防壁と一緒に瓦礫の山と化し、大勢の騎士たちが作業に追われている。
 彼らからも白馬に二人乗りになっているところを見られているのが、指を指したり作業の手を止めたりする姿でわかった。

 もう十分もすれば、彼ら騎士たちに迎え入れられることになる。
 そうして王都に戻れば、この先、リリィと二人きりになる時間はそうない。
 なにせ、彼女は竜ノ騎士団では元帥という立場にあるのだ。王都を取り戻したばかりということもあり、何かと忙しくなるに違いない。
 話をしておくならば今しかないと、キラは覚悟を決めた。

「あ、あのさ、そのことなんだけど……」
 そうやって切り出したとき、
 ――まだ言うんじゃねえよ
 そんな幻聴が聞こえてきて。
「え?」
 と聞き返したのは、キラではなかった。
 ほんの僅かに。背後でリリィが息を呑むのを、耳が感じ取った。

 とくりと心臓の内側から叩かれた気がして、キラはそれに応えるように細く長く息を吐き出した。
「……まだ何も言ってないよ?」
 慎重にそう言うと、心臓の鼓動が強くなる。
 キラはうめき声を漏らさないように注意しながら、手綱に添えるだけだった右手で心臓あたりをそっとなでた。

「え? ええ、そうでしたか?」
 リリィが下手くそにとぼけたところで、キラは少しばかり笑ってみせた。
「まあね。……王都に着く前に、ちょっと聞いておきたくって」
 そのごまかしを流したことに安堵したのか、心臓の妙な蠢きは徐々に鳴りを潜めていった。
 白馬の声も聞こえていないことを確認してから、キラは続けた。

「ミテリア・カンパニーのロジャーに頼まれたことでさ……。君を頼ってもいいのかなって、ちょっと思って。あれって、王国と帝国が和解するのと同じことだし」
「正直に言えば、複雑です」
 リリィはほそぼそとした声でそう言い、より密着してきた。
 幼子が母親にするように。まさしく全身で抱きつき、頬すらもこすり合わせてくる。

「けれども、わたくしは貴族であり騎士ですもの。その理想は変わりません――誰をも、妥協なく、救済すること。帝国をのけものにすることは、考えもしませんわ。母がそうであったように」
「……ほんとに、それでいいの?」
「ええ、もちろん」

 リリィの言い切る声には、若干の震えがあった。
 離れ離れになっていた時に、彼女の中で何か変化があったのだろう。”グエストの村”を出た直後は、彼女の理想は帝国の方を見ていなかった。
 だからこその即答であるのだとキラは気づき……無意識に、口元が緩んでいた。

「最初は、やっぱり真似事が良いかな?」
「……はい? 何の話です?」
「ランディさんがさ。レオナルドの元へ送る前に言ったんだ。”不死身の英雄”を名乗ってくれって」
「ランディ殿が……」
「でも、今すぐには胸を張って言えないって、ちょっと思い知った。全部救けるってすぐに言えるのがどれほどのことか、やっと分かったんだ」

 思い返すのは、バザロフたちの窮地。
 きっと、リリィならば。王都のためだけでなく、彼らのためにも戦うのだと、即座に判断した。
 そう悟ったからこそ、キラも遅れて同じ決断を下すことができた。

「まだまだなんだ。僕は……」
 憧れたリリィの背中は、思う以上に遠い。
 そんな彼女が、帝国との因縁を乗り越えようと、前へ進みだした。
「僕は、まだ何者でもない」
 キラも、立ち止まってはいられなかった。

「だから、僕も君の理想を追いたい。そのさきにランディさんがいると思うんだ」
「真似事と言ったのは、そういうことですか?」
「格好いいのは真似したいしね。それに……君は、僕の憧れだから」
 少しばかり、リリィは沈黙した。
 言葉ばかりでなく、息まで喉の奥にひっこめ……キラが心配になって振り向こうとしたところで、ぽそりと呟くように言った。

「わたくしも、頑張らねばなりませんわね」

 嬉しそうで、それでいて、泣いているようでもあって。
 途端に感情の機微がわからなくなってしまったキラは、リリィの思うままに抱きしめられていた。

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