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誰が提案するでもなく。”反乱軍”との合流場所は”境界門通り”となった。
先の戦いの戦場ともなった通りは、瓦礫にまみれていた。両端の建物で無事なものはほとんどなく、屋根が崩れていたり、壁がなくなっていたり、半分潰れていたりする。
つい三日前のことだった。戦いが溢れ、血が流れ、人が倒れたのは。
クロス一派のもたらした混沌は、まさに悪夢。
しかし逆を言えば。エマール側の戦力と比べれば、吹けば飛ぶようなちっぽけな戦力しか持たない”反乱軍”が、それでも生き延び体勢を立て直したのである。
皆、奮起するほかにないと、無意識に思っていたのだろう。
だからこそ、誰一人といて躊躇することなく、敗北の場所である”境界門通り”に再び足を踏み入れたのである。
「勇気もらうなあ」
エヴァルトはぽつりと漏らしつつ、ゾロゾロ集まる面々の中に、小柄な少女に寄り添う背高な少年を見つけた。
「よう。逃げんと来れたようやな」
「からかわないでほしいっす……」
「そうか。――ほいで? キラのやつは大人しゅうしとったか?」
「ええ、まあ……たぶん」
「たぶんて何やねん、たぶんて」
「い、いや、別に変な意味じゃないっすよ。ただ、なんか四苦八苦しながら手紙書いたり、ローランってやつと早食い競走したり……。平和っちゃ平和でしたけど」
「なにしとんねん……」
「あと、剣帯と刀は没収してたんすけど、追いかけっこで負けてしまって……」
「なにしとんねん!」
「だ、だって! 怪我したばっかであんなに速く走るなんて……! キラの脚力、マジでおかしいんすよ! 魔法使ってないであれって、卑怯っすよ!」
「趣旨かわってんぞ……」
呆れてため息をつくエヴァルトだったが、頬が緩むくらいには安堵していた。それを隠すようにして手をひらひらとさせ、そっぽを向く。
”境界門通り”に集まった戦士たちは、どうやら皆、クロス一派による治癒を受けたらしかった。
誰も彼もが顔色が良く、後がないという状況にも怯えずにいる。
それだけでなく、クロス一派の中からも”反乱軍”による作戦に加わっている者もいるようだった。
信頼できるかは微妙ではあるが、それはスパイとして行動してきたエヴァルトの癖のような疑いであり……そのために、客観的な判断をくだせるニコラを信用することにした。
なにはともあれ、最終決戦まで大きな波乱もなく準備が進んでいるようで、ほっとしていたのだが……。
「あの……エリックって、先に来てたりしませんか……?」
不安げに問いかけてくるセドリックと、それから隣にピットリとひっついているドミニクの表情に、エヴァルトは嫌な予感がした。
「いいや……。まさか、また消えたんかいな?」
「まあ、何というか……」
流石に、セドリックたちの前では口にはしなかったが。
エヴァルトの頭の中では、エリックが情報を漏らした可能性が駆け巡っていた。
状況的には、それで説明がつく。村を抜け出すならば作戦失敗に落ち込んでいる最中が最適であり、ドタバタと準備に入っているリモン”労働街”へ潜り込み、”貴族街”にも入り込むことができる。
何より、エリックが姿を消した理由が、エマール側に寝返ったということ以外にないのである。
ただ……エマール側に寝返る理由があるかと考えると、首を傾げざるをえない。
エリックは、何よりもエマールを目の敵にしていた。その熱意は凄まじく、一人でリモンに向かって懐へもぐりこもうとするほど。
脅されているという可能性もあるが……なにしろ、エマール側にはベルゼという頭脳がついているのだ。かの忌まわしき天才が、村から姿を消すなどという、あからさまな行動を取らせるとは思えない。
仮に、これがエリックの『助けてくれ』という合図だったとしたら、他にも何か救援を求めるような痕跡を残しているはず。少なくとも、”労働街”にきておいて何もしないということはない。
エリックの再びの失踪。これが何を意味するのかわからないが、何にせよ……。
「それでも、作戦は決行しますよ。これからはノンストップ――止まることは許されません」
いつもの如く、するりと会話に割り込んでくるシス。慣れたはずのエヴァルトも跳ねそうな心臓を押さえつけ、セドリックとドミニクは正直にぎょっとしていた。
「ちょ……! もうちょっと、存在感出して欲しいんすけど……!」
「おや。これは失礼」
「ってか……じゃあ、エリックは探さないまま行くってことすか」
「はっきりと言えば。あの少年の友人であるあなた方に、わかってくれとは言いません。ただ、わかってくれずとも、僕たちはなすべきことへ動きます。なので……意思表示の確認といったところでしょうか」
セドリックの歪んだ眉やつぐんだ唇を見て、エヴァルトはまだ仲直りをしていなかったのだと悟った。
何とタイミングの悪いことかと同情したが……すぐにキッと表情を引き締め、しっかり頷くセドリックに、少しばかり意表をつかれた気分になった。
「なんや、ずいぶん立ち直り早いやんけ」
「俺、エリックを信じてるんで。きっと、間違ったことはしてない」
「ほう? そらええ考えや」
「……って、まあ、キラに勇気もらったんすけどね。エリックは、正しいことを行わずにはいられないんだって」
「そうや、ポジティブにいけよ。この土壇場で後ろ向きなこと考えよったら、出来ることも出来んし、成るもんも成らん」
「うっす」
同じようにして頷く凸凹な恋人たちは、もはや迷うことを忘れたようだった。
その様子にエヴァルトは口はしを釣り上げてみせ、黒マントのフードを目深にかぶるシスに問いかけた。
「で、”貴族街”に動きは?」
「いまだ」
簡潔な答えに、ふん、と思わず鼻を鳴らす。
チラリと視線をめぐらし、徐々に集まりつつある面々の顔つきを見やる。
セドリックとドミニクをはじめとして、オーウェンにメアリ、ベルにルイーズにエミリー、そしてニコラ。
そのほかにも、これまでにない闘志を全身から立ち上らせる反乱軍の戦士たちが、待ち侘びるかのように口を閉ざしていた。
期待を込められて見つめられている気がして、エヴァルトは大袈裟に肩をすくめた。それから、何か言いたげなニコラへ言葉を譲る。
「正直に言って、村の様子が気がかりだ。ロキという存在の大きさを知ってからは、特に」
ニコラは皆の気持ちを代弁し、しかしそれ以上へは踏み込まなかった。
「だが、進まねばならん。今を壊し、未来を造る……そのためだけに、我々は戦っている。何が起ころうと、誰が死のうと――我々は、これを成し遂げねばならんのだ」
静かな水面に投じる一滴のように。ニコラの言葉は、反乱軍の皆だけではなく彼自身にも、深く静かに響いていた。
すでに渦中にいるのだと。すでに恐怖に身を沈めているのだと。誰もが真に悟った。
「目的を違えてはならない。芯がぶれてはならない。さあ、行くぞ――勝ちに行くぞ」
呟くような、語りかけるような。そんな不思議な言葉には、確かに魂がこもり、皆の心に火をつけて回った。
標的は、あいも変わらずシーザー・J・エマール。
”貴族街”に動きあれば――すなわち、シェイク率いる”労働街”包囲網で何か異変があれば、合図として”花火の魔法”が打ち上がる手筈となっている。
しかし、”境界門”を破るその瞬間まで、ついぞ花火が上がることはなく――エヴァルトはシスや反乱軍らと共に、”貴族街”へ雪崩れ込んだ。
「このまま真っ直ぐあの城までって――本気っすか!」
「本気も本気、大真面目や!」
セドリックの不安ももっともすぎるほど、今回の作戦は傍目にもお粗末だった。
すなわち、一点突破。全軍で一丸となってエマール城へ突撃し、降りかかる障害を片っ端から実力のある者たちが対応する。
ロキが出てきた時には、エヴァルトとシスで。エマール直属の精鋭騎士が出て来れば、ニコラとオーウェンとベルが。
それ以外の雑兵に対しては、常に一対多数の形で優位を保ちつつ、反乱軍全体で突き進む。全滅も容易に想像のつく作戦だったが、このほかに道はなかった。
「キラがいれば……!」
「そないなこと今言うなや……!」
しかし。
「おいおい、ほんとにガラガラだな……!」
「出迎え一人いねえとは、とんだ寂れた街だな!」
オーウェンとベルがつぶやいたように。
「でも、何だか不気味……」
「うん……。派手に”境界門”壊したのに……」
「この異常事態に誰も駆けつけないなんて……」
メアリに続き、ルイーズとエミリーが薄気味悪さを感じ取ったように。
「これは――シス殿、あまりにもおかしいのでは」
「ええ。僕も、嫌な予感がしてきました」
ニコラとシスが予感したように。
それが、来た。
はじめは、ほんの小さな違和感だった。
「ん……?」
「なんか……」
誰もが走りながら気にしつつも、気のせいかと思うほどに小さな。
しかし、足を一歩踏み出すごとに、その違和感は大きくなっていき。
「え、揺れてる……っ?」
「と、っと! 危ない!」
「みんな、一旦伏せろぉ!」
やがて、立てなくなるほどの縦揺れが襲った。
さすがのエヴァルトも膝を付き、
「想定外にもほどがあんやろ……!」
”震源地〟を目の当たりにして思わず毒づいた。
一層激しくなる揺れに、地面にしがみついて耐えながらも、視線を外すことができない。
なぜなら――エマール城そのものが動いていたのだ。尖塔だらけのハリボテのような城が、不気味に蠢きながら頭や肩や手をかたどっていく。
さながら、上半身のみをのぞかせた巨人のごとく。
エマール城が、敵となった。