36.難解

  ○   ○   ○

 エグバート城にて。
「このままでは、エマールに先はない」
 先の反乱を退けた直後にマーカスがそう言ったことを、彼の顔を見ながらベルゼは思い出していた。

 その言葉の意図は、明白だった。
 エグバート王国は強いのだ。それこそ、千年もの間変わらず”エグバート王国”として君臨し続けるほどに。
 国外からの圧力を跳ね返すのはもちろん、国内の反乱因子も事前につぶせてしまう。

 現状、エグバート王国にとって公爵家エマールは敵そのもの。一時的とはいえ王都を占拠したのだ……狙われて当然である。
 たとえ、エマール領をひっくり返そうとする輩全てを葬り去ったとしても、その次に相手となるのはエグバート王国そのものである。

「もう遅いのかもしれないがネ……」
 ベルゼが推測したところでは、エマール家はすでに取り返しのつかないほどに王国に懐に入り込まれている。
 その象徴となるのが、夜というブラックの独壇場において、ついに捕らえることなく終わった”白マントのヴァンパイア”。
 おそらくは王国から放たれたであろう忠犬なヴァンパイアに、ベルゼも一杯食わされた。

 それというのも、〝預かり傭兵”の数を想像以上に確保できなかったのである。
 職にあぶれる連中は、エグバート王国にも山のようにいる。莫大な報酬で募集をかけ、その中から実力者を見つけて金を握らせれば、『自分もあやかりたい』と思ってしまう連中が……。

 そういう者たちは、たいてい傭兵としての経験も実績もなく、簡単に選り分けることができる。たとえば、”傭兵の証”を所持している者には試験をパスさせ、そうでないものには決闘方式の登用試験を受けさせるだとかして……。
 そうして、一対一の戦いをさせて、二人とも不合格にするのである。

 我ながら、何と悪魔的な発想なのかと喜びもした。実際、餌に釣られたマヌケたちを次々と”預かり傭兵”に変えていくことができた。
 が……。
 妙なことに、登用試験を受ける人数がガタリと減ったのである。不審に思って調べさせてみると、どうやら”労働街”を中心として、試験についての不気味な噂が立っていたのだという。

 妖怪に食われるだとか、神隠しに遭うだとか。
 実際に試験を受けにいって帰ってきた者がいないことから、そんな荒唐無稽な話が真実のように語られるようになっていたのだ。
 単にエマールの評判が良くなかったからと考えることもできるが……その突拍子のなさは作為的なものを感じさせた。

 恐ろしいのは、いつどのようにして王国が差し向けたのかいまだに不明な点である。
 もはや、エマールに進軍させるよう仕向けたと錯覚してしまうくらいに……。

「――貴様、聞いているのか」
 マーカスに鋭い言葉を突き立てられ、ベルゼは飄々として返した。
「ああ、聞いているトモ。しかし、もう手は打っているのだヨ」
「……ほう? よもや、勝手に”イエロウ騎士団”を動かしたのではあるまいな」
「キミたちの手を借りずとも、やりようはいくらでもある。――”隠された村”とやらを、ひそかに潰すことも可能なんだヨ」
「……ふん」
 憎たらしそうに鼻を鳴らすマーカスに、ベルゼは肩をすくめた。

「ま、冗談だヨ。いかに”忌才”と称される私とて、いまや出資者であるエマール家に逆らったりはしないサ。そのくらいの仁義は弁えてるものでネ」
「でなければ、俺がとうに切り捨てている。文字通りな」
「これは面白い冗談ダ。……ああ、本当に」

 言ってのけながらも、ベルゼは内心肝を冷やしていた。
 ”隠された村”……”神力”により守られた場所を”反乱軍”が拠点としているという情報を、マーカスがキャッチした。
 どこから、どうして、そんな情報が流れてきたのか。説明はされたものの……ベルゼとしては、胡散臭さを拭いきれなかった。

 何がどうなったとしても、結局はその情報を『マーカスが一番に発信した』というのが気がかりだったのだ。
 エマールを裏切ったり貶めたりと、そう言った意図はないように思えるが……先の王都進軍の際の妙な動き方といい、信頼を寄せるには謎すぎている。

 だからこそ、”隠された村”とやらの信憑性も低いと考えていた。
 せめて、その情報が正しいと確信を得るまで調査をしなければならないと思ってしまうほどには。
 思わぬ形で再会したロキの力に頼ってもよし、一気に”イエロウ騎士団”を派遣してもよし。

 そう先手を打とうとしたところ、マーカスに阻まれたのである。
 すでにエマール領の放棄を決定したのだから、無駄なことは避けるべきと。ロキだけならばまだしも、同志でもあるイエロウ騎士団を消耗させることはあってはならないと。
 そんなもの無視して突撃させようと密かに考えはしたが……エマール家がバックについているこの現状で、流石に次期当主と目される人物の言葉を無視することはできなかった。

 そうした損得勘定は、結果的に自分の命を救ったようだった。
 何しろ、マーカスはあの”白マントのヴァンパイア”を相手にして、一歩も引かない実力を持っているのだ。
 ”不可視の魔法”……どんな威力の強い魔法も一捻りにしてしまう”史上最強の魔法”。
 結果的に敗北はしたが、これに立ち向かって戦えるということそのものが、ベルゼにとっては脅威だった。

 おそらく、マーカスには”錯覚系統”の魔法も児戯のように写ってしまう。
 となれば、ベルゼに打つ手はなく、マーカスの言葉も無視して”隠された村”に手を出していたら……。
 ――ただ。
「で、手は打ってあるといったな。どういうことだ」
 ベルゼも素直に怯えてやるほど、正直者ではなかった。
「そのままの意味さ。ロキに密偵をさせている」

 そう言い放って、ベルゼは多少はすっきりとした気分となった。
 マーカスは、目にみえるような動揺を見せることは、不自然なくらいにない。
 しかし、たとえば自分の思惑と違う方向へ事態が傾いているような時。決まって目を細めて、視線を僅かに左側へ寄せるのである。
 そのわずかな癖が、今この瞬間に出ていた。

 つけ入るには絶好の機会だった。
 王都進軍の際の行動についてでも、”隠された村”の情報源についてでも、何でもいい……マーカスの思惑を知るまたとないチャンス。
 だが、思っても見ないところで邪魔が入った。

「し、失礼いたします!」
 廊下中に響き渡るような激しい足音と一緒に、一人の騎士が倒れ込むようにして膝をついた。
「騒がしいな。何事だ」
 マーカスが即座に騎士へ問いかけた。
「それが……! 傭兵のガイア殿が、目が覚めるや否や、エマール城を飛び出していく勢いでして!」

 話の邪魔をされたことに舌打ちをしたい気分だったが。
 それ以上に都合の悪い事態が巻き起ころうとしているのを聞いて、ベルゼは我先にとガイアの元へ向かった。

 ”貴族街”闘技場の崩落がおこり……ベルゼの研究室もまた巻き込まれていた。実際には、こっそり忍び込んだ誰かがそう思い込むように偽装していた訳だが。
 この時、研究室からあるものが盗まれていた。
 それこそが、”預かり傭兵”を生み出すには必須となる”竜人族の血液”である。
 厳重に保管していたはずが姿形も無くなっていることに、ベルゼは気が狂ってしまったが……ふと、気づいたのである。
 ガイアという男の存在に。

 最初に目にしたのは、ガイアが登用試験に現れた時である。その時には気にも留めなかった――なぜなら、確かに強い”授かりし者”ではあったものの、肌を硬化するだけの”力”しか目にしなかったから。
 ”神力”としては弱い部類に入る……そう思っていた。決して弱者ではないが、”使徒”には至ることのできる強者ではない、と。

 期待外れもいいところ。それどころか、連れ出した”預かり傭兵”の廃棄率が尋常でなく高く、疫病神とすら憎んでいた。
 だが、”竜人族の血液”がなくなったと同時に、突拍子もなく考えがおりてきたのである。
 もしや、”硬い肌”は彼の”神力”ではないのでは、と。

 そう一縷の希望が差し込んだ矢先、ガイアはブラックと一悶着を起こし――”炎の神力”を宿しているとわかった。
 注目すべきは、そこだけではない。
 ブラックと戦ったその場は、”預かり傭兵”の待機所だったのだ。

 この事実と、ガイアが実践訓練として連れ出した”預かり傭兵”の廃棄率が高かったことも考えれば……。
 ガイアは”預かり傭兵”から奪っていたのだと、結論づけることができる。
 竜人族たちが受け継ぐ”血”の力……”覇”を。

 これが意味するところは、ガイアもまた”覇”を持つ存在であるということだ。
 それだけで、どれだけの価値があるのか……。これに気づいた瞬間に、崩落した研究室も盗まれた”血”も、”預かり傭兵”すらもどうでも良くなった。
 ガイアを味方につけることさえできれば、念願の……。

 だが、しかし。
「そううまくことは運ばないということカナ……!」
 ベルゼは枝のように細い体で風を切るようにして突き進み、騒ぎの元に到着した。
 ガイアを運び込んだ医務室近くの壁が、真っ黒焦げになっている。大方、暴れたガイアが”青い炎”で突き破ったというところだろう。
 黒焦げの瓦礫が散るそのすぐそばで、包帯だらけのガイアが何人もの騎士に取り押さえられ……しかし、それらもものともせず、一歩一歩土を踏みしめるようにして進んでいた。

「全く……! 一難さってまた一難とは、まさにこのコト……!」
 ガイアがボロボロになってエマール城に担ぎ込まれた時は、目を疑ったものである。
 というのも、ガイアはブラックと正面切って戦っても、ほとんどかすり傷で済ませている。ベルゼも最強とさえ思っていた”闇の神力”を相手に。
 ”覇術”を身につけたガイアは、たとえどれほど強力な”神力”を相手取ろうと、そうたやすくやられることはない。

 だが……実際に、ガイアは腕も肩も胴体も黒焦げになって運び込まれた。
 つまるところ、ガイアをも圧倒できる”覇”を持つものが、”反乱軍”側にいるということだった。
 思い当たるのは、ヴァンパイアから逃れて城へ戻った時に見た、”青い炎”と衝突する”赤い雷”……。
 しかし、それまでに”青い炎”と衝突していた雷は黄金色。血の如く真っ赤に染まったのが一度きりと考えると、何かの偶然とも考えられるが……。

「邪魔くせえなァ! 怪我だ何だと止めやがって――こちとらテメェらみてェなヤワな生き方してねェんだよ!」
 偶然なのだとすれば。
 ほんの少し顔を出したような”力”で、”覇”も”神力”も意のままに操るガイアを、一度にして窮地にまで追い詰めたのである。
 そんな不気味で不安定な存在に、鍵であるガイアを近づけせることはできない。

「少しは落ち着いたらどうだネ、ガイア」
 ベルゼは細長い指で細い杖を懐から取り出しつつ、ゆるりと振るった。
 ”錯覚系統”に属する”拘束の魔法”。
 耳障りな超高音を発して相手を金縛りにかける魔法は、”授かりし者”であっても所詮は人間なガイアにも良く効いた。

「チッ、テメェ……ベルゼ、ェ……!」
 今にもその圧倒的な筋力で、取り付く騎士たちを吹っ飛ばそうとしたガイアだったが、吠える獣の彫刻そのままに固まってしまう。
 ベルゼは油断なく杖を構えながら、目だけで威圧してくるガイアに向けて肩をすくめた。

「そう睨まなくてもいいじゃないかネ? せっかく、重症のキミを思って止めたのだから」
「大きな世話だッつてんだ……! 俺ァ、負けたままじゃいられねェ男なのさ……あの馬にも、女騎士にも、黒髪坊主にも!」
「そうはいってもネ……。こちらにも計画というものがある。キミは、これに合意して私の元にきたのではないのカネ?」
「黙れ木の枝!」

 何とも酷い言われように、ベルゼは肩をすくめた。
 思わずと言ったふうに吹き出している騎士たちの顔を覚えておきながら……逡巡する。
 ベルゼにとって、ガイアという人物はまたとない人材である。これを取り逃してしまえば、竜人族を相手に一からのやり直しとなってしまう。

 だが、ガイアにとってはそうではない。”覇”や”力”の増強にあくなき執念をもち、それゆえに契約を結ぶことができたが……『強くなる』という点に関して言えば、方法は一つに限られてはいない。
 ここでガイアを無理やり抑え込みでもしたら、彼から反感を買うのは必至……。
 
だから、ひとまずは思うようにさせるしかなかった。
「まったく、わかったヨ……キミを信頼しようじゃないか」
 杖を振って”拘束の魔法”を掻き消し、ガイアを自由にしてやる。
 周りの騎士たちがどよっと動揺するのも構わず、顎をしゃくっていう。

「アベジャネーダ……世界を旅する”流浪の民”なら場所くらいは知っているだろう? 我々は先にそこへ向かうとするヨ――来なければ、キミの欲しいものは手に入らない。いいね?」
 どれくらい言葉が伝わったかはわからないが……「けっ」と悪態をつきながらどしどし歩いていく後ろ姿には、多少の肯定の意思が見受けられた。
 ベルゼはほっとしながらも、次の手を打つべく、腰を抜かしたままぼうっとしている騎士へ問いかけた。

「ロキはどこにいるかネ?」
「あ……おそらく、シーザー様とおられるかと……」
「フム。ところでキミたち……私は木の枝と笑われたことを覚えているからネ。それが嫌なら……せいぜいガイアと共に行動しておくことダ。そうすれば、何かが起こることはない」
 騎士たちが一斉に息を呑む様に心地よさを覚えつつ、ベルゼはその場を後にした。

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