11.役割

 ”作戦本部”のテントの中で描かれる輪に、キラはセドリックとドミニクとともに加わっていた。何やらいじけているエリックに、一人酒盛りを始めようとするシスに、隣に座る優男にたらたら文句を漏らすエヴァルト。
 二人の言いあいにオーウェンもメアリも苦笑し、ニコラは隣に座るシェイク市長に申し訳無さそうに頭を下げている。シェイクは、自身も到着したばかりで腹を満たしている最中だからか、笑って許していた。

 そんな緩やかな空気の中、ぴりりとした空気を持つ男が、一人だけ隅の方で立っていた。
 修道騎士といった風体をしていた。鎖帷子を着込んだ上から真っ白な修道士の服を着用し、背中には大きな盾を背負っている。
 どう見ても傭兵ではなかったが、彼こそがシスの言っていた傭兵クロスらしかった。
 四十代にも五十代にも見える少しばかりの老け顔には、一切の抜け目がない。金髪に近い茶髪をオールバックになでつけ、ひげをきっちりと剃っている。
 高低差のある目と鼻が厳格な性格を醸し出し、つり上がった眉がその印象を固めている。

「な、なんかおっかねえよな、あの人……」
 ちらちらとエリックの方を気にしていたセドリックは、一度ため息をついてから、ぼそぼそと話しかけてきた。キラも、同じようにして声を低めて応える。
「まあ、確かに……。これまでの”反乱作戦”にはいたの?」
「いや、シェイク市長の護衛だとかで、ずっとリモンに居たはず。なんだかんだで、この”隠された村”に来たのは初めてじゃねえかな」
「そう……」
 ちらりと伺ったところでクロスの青い目とあった気がして、キラは口をつぐんだ。そっと視線を移動させて、今になにか発言しようとするシェイクに注目する。

「あー……おほん。さて、私も腹を満たしたことだし、会議を始めようか」
 シェイクのその一言は、不思議と誰の耳にも染み込んだ。
 威厳があるわけでも、迫力があるわけでも、ましてや怒鳴りつけているわけでもない。というのに、いがみ合っていたシスとエヴァルトは渋々口を閉じ、姿勢を正した。
 セドリックなどはガチガチに緊張して体をこわばらせ……あまりに苦しそうな体勢に、キラは脇腹を小突いて少しばかり解いてやった。

「私にとって初対面な顔がちらほらいるが……ここに座っている以上、ニコラくんに必要とされた人材であると認識しておくよ。ちゃんとした挨拶ができないのは心苦しいが、時間的な猶予がないのを考慮してほしい」
 ぽっちゃりと突き出た腹を揺らして、シェイクは頭を下げた。たっぷりと時間を取ってから、姿勢をもとに戻して、話をすすめる。

「皆も知っての通り、”反乱作戦”は第三段階目に移行した。うまくことが運べば、これが最終段階となる。概要を説明すると……」
 時折ニコラの補足に助けられながら、シェイクは第三段階目の全貌を明かしていった。
 『エマール領当主シーザー・J・エマールの確保』……これを目的として、エマールの根城であるエマール領リモンに攻勢をかける。
 ただし、依然エマール側との戦力差は大きく、真正面からぶつかってもまず勝ち目はない。

 そこで、『エマールの確保』という目的に特化するのだという。
 すなわち、実力のある者がリモン”貴族街”へ潜入し、目標へ向かって突き進むのである。
 息を潜め、存在を殺し、無事にエマールを確保できればいいが……。
「それほど簡単にうまくいくことはないだろう」
 とシェイクもニコラも口を揃えていった。

「エマール城へつながる秘密の地下通路のようなものがあればいいが、現状そういったものは確認されていない」
「ただ、”貴族街”への潜入方法は一つあってね。私の護衛をしてくれたクロスくんが、教会から内部へつながる通路を見つけてくれたんだよ」
 セドリックやオーウェンが嬉しそうなうめき声を漏らす中、キラははたと思い出した。

 エリックを連れ戻すためにエマール領リモンを訪れたとき……リリィとともに、オンボロな教会を目の当たりにした。
 あまりの酷さに愕然としていたところ、ブラックと出会ったのである。
 何者をも圧倒するような威圧感にばかり気を取られていたが、考えてみれば、あのぼろぼろな教会に通路があったからこそ姿を現わせたのである。

「すでに当たりをつけている者もいるようだが、話を先にすすめるよ。――実力者を潜入させたところで、簡単にはエマールを確保できないだろう。だから、この実力者にはエマールを動かしてもらう」
 その言い方に疑問を持ったのは、オーウェンだった。
「あー、あの、市長。よく意味がわかんないっす」
「簡単に言えば、逃げるように追い立ててほしいんだ。エマールが命の危険を感じるよう、潜入した先で騒ぎを起こしてほしい」
「……それ、結構無茶苦茶じゃないっすか? だって、”貴族街”にいる敵全員を相手にしろって言ってるようなもんじゃ……」
「うん。だから、実力者でなければ到底担えるものじゃない。エヴァルトくん、シスくん、そしてキラくん――ニコラくんによれば、この三名が突出した実力を持っているそうだね」

 顔を知られてはいないはずなのに、シェイクに一直線に見つめられた。妙な圧力のある視線に耐えきれず、キラはそろりと目をそらした。
 逃げた先でエリックと目があい……少年は忌々しそうに唇を噛んでいた。
「ま、いまアンタが口にした作戦を遂行できるんは、たぶんこの三人だけやろうな」
 そう胸を張って言ったのはエヴァルトだった。
 独特な訛りのある口調でなおも続けようとしたが、シスの丁寧な口調が話に割って入る。

「先ほどから気にはなっていたのですが、エマールを追い立てる役目を持つのは、実力者”たち”ではないのですね。潜入という言葉然り、単独での行動を求められているような気がしますが」
「む、鋭いね。いわばこの”追い立て組”の役割は陽動……エマールを捕まえるためのね。だから、むしろ力を割かねばならないのは、実際に確保する役割である”先回り組”なんだ」
「僕たちのうち一人が”追い立て組”で、他二人が”先回り組”である、と。しかし、追い立てられたところを確保するだけでしたら、”先回り組”は何も実力のある者でなくても良いのでは?」
「命からがら逃げようとするんだ――手ごわい護衛ぐらいはいるだろう。となれば、代わりに数を揃えねばならない。だが”先回り組”に人数をさいてしまっては、”追い立て組”が輝けない」

「というと?」
「先の三名をのぞいた反乱軍全軍を”支援組”とし、”労働街”でエマール側の戦力をひきつけておく。そうすれば”追い立て組”は動きやすくなるし、陽動の幅も増える――例えば、エマール軍を挟撃する、とかね」
 何やら恨めしそうに睨んでくるエリックから視線を外し……目のやり場に困ったキラは、床をじっと見つめた。ごわごわとした布の縫い目を目で追いながら、話の内容を整理する。

 第三段階目の作戦は、三つの班に別れて進行する。
 エマールをリモン”貴族街”の外へ追いやる”追い立て組”。逃亡するエマールを捕まえる”先回り組”。”労働街”でエマールの戦力と正面からぶつかる”支援組”。
 そこまで頭を巡らせて、キラはぽそりと呟いた。
「これって、かなり時間勝負になるんじゃ……」
 かすれるくらいの声だったが、シェイクは耳ざとく聞き取ったらしかった。

「うむ、鋭い。話し始めに真正面からぶつかっても意味がないとは言ったが、反乱軍は結局はエマール軍と事を構えることになる。人数差は知っての通り。どうあがいたところで長期戦にもならないだろう。だから……」
「速やかな追い立てと、迅速な確保が必要となる……」
「そのとおり。特に”先回り組”にはかなりの負担がかかる。どこからエマールが脱出するかわからないのに、何より速さを求められるんだからね。最悪、リモンを一周ぐるっと回って探しても見つからないかもしれない」
「ああ、でも、それなら何とかなる気が……」

 ぎょっとして皆が注目するのを感じて、キラは口をつぐみたい気持ちになった。
 しかし、セドリックを始めとして、オーウェンやメアリ、シェイクまで期待を込めた目つきをしているのを見ると、言わないわけにはいかなかった。
「僕の馬のユニィなら、”先回り組”で活躍してくれると思います。かなり足が速いんで」
 この説明に納得してくれたのは、三人だけだった。

「ああ……そら、そうやろうなあ」
「確かに、適任ではありますねえ」
「飛んで闘技場を崩落させたしな」

 三者三様のつぶやきに、ピンときていなかった他の面々は更に首を傾げることとなった。粛然として隅っこに控えるクロスでさえ、不思議そうな顔をしていた。
「飛ぶ……? 崩落……? ニコラくん、一体何の話をしているんだ? 馬の話じゃないのか」
「シェイク市長、信じられない気持ちもわかりますが……規格外なのは確かです」
「しかし、そうはいっても……。キラくん、何か分かりやすい指標みたいなのはないのかい?」

 キラはシェイクの問いかけに、脳裏に眠る記憶を掘り起こしてみた。
 が……。ドラゴンの額を踏み抜いただの、王都の防壁を壊して回っただの、どうにも信憑性のないものばかりだった。
 うんうんと悩んでいると、シスが思い出したように口にした。

「そういえば、キラさん。王都でのパーティはどうされたのです? てっきり招待されたものと思いましたが……」
「え? パーティは抜け出してきたけど?」
「え、いや、ですから……。王都とエマール領は、どれだけ急いでも三日はかかるのですが……。というより、つい昨日まで行方が分からなかったのに……時間があいませんよ」
「だって……ユニィが走ったから」
「……パーティが午前九時始まりと聞きました。たった半日で三日の行程を駆け抜けたということになりますよ?」
「ああ……そうなるね。……んー?」

「――シェイク市長。あの摩訶不思議なお馬さんにかかれば、その騎手の感覚も麻痺してしまうらしいです。足の速さは保証できると思いますよ」
 シスが至って真面目に冗談交じりにいい、シェイクはもう十分だと言わんばかりにひらひらと手を振った。
「ではキラくんとその愛馬が”先回り組”として……もうひとりはどちらが良いんだい? 私は兄とは違ってめっきり戦闘に疎いのでね。話し合って決めてもらいたい」 

 キラはちらりと二人の様子をうかがって、少し意外に思った。
 てっきりいつものように、エヴァルトがシスの出しゃばりを抑え込むようにして先手を打つのかと思いきや、そうではなかったのだ。
 エヴァルトは口やかましくまくしたてるのではなく、様子見をしていた。
 シスもシスでわずかばかり間をおいてから、口を開いた。

「では、僕がキラさんの穴を埋めましょう。これでいて、スピードには自信があります」
「よし、ではエヴァルトくんが……」
「”追い立て組”っちゅうことやな。任しとき、思いっきり暴れたるわ」
 シスの平然とした様子とエヴァルトの自信満々な笑みに、シェイクは心底ホッとしたようだった。
 班分けが決まったところで、次の話題へ移ろうとしたとき……待ったの声が二つ同時に響いた。

「少し良いか」
「待てよ、納得できねえ!」
 クロスとエリックだった。片や部屋の隅で静かに声をはさみ、片やバンッと床を叩いて存在を主張する。
 二人はしばしにらみ合うようにして目を合わせていたが……大人の方がその場を譲った。

「なんでそいつが”追い立て組”なんだよ。馬に頼ってるだけのヒョロッヒョロが……しかもよそ者! あの街のこと少しも知りもしねえくせに、何が出来るってんだよ!」
 指をさされて言葉で攻められ、キラはムッとエリックを睨み返した。
 エリックの目つきに言い返そうとしたところ、傭兵クロスが深く沈み込むような声で遮った。

「少年の言う通り。聞くところによれば、三人が三人とも部外者。かくいう私もよそからの流れ者ではあるが、この数ヶ月滞在し、彼らよりもリモンの街柄は知っているつもりだ。現に、”貴族街”への隠し通路も見つけたのだ」
「ふむ……。つまるところ、二人は何が言いたいのかな?」
 シェイクの静かな問いかけに、クロスもエリックも即座に答えた。

「僭越ながら、私の力も使っていただきたい。敵を圧倒する力ならばある」
「俺がエマールを捕まえてやるよ。追い立てだとか先回りだとか、そんなの関係なく――すぐに追い詰めてやる!」
 当然といえば当然の成り行きだった。
 反乱軍とエマール軍の明らかな戦力差を、どうにか覆そうとひねり出した答えが第三段階目の作戦。
 実力順の割当も人手の足りなさも、当たり前のように目につく。

 だが……。
「エリック、お前は違うやろ」
 エヴァルトの即座の反応に、キラは無意識にうなずいていた。
「言うたろ。足並み乱されんのはごめんや。現状もなんも顧みず否定して、とりあえず自分の意見だけ貫いとけみたいな態度……ほんと殴られたいんか」
 ざわっ、と。今までになく低められたその声に、背筋が震える。
 ドミニクが小さな悲鳴を上げ、セドリックは息を呑む。シスがとっさに身じろぎして戦闘態勢を整え、そして怒りにあてられた張本人は忌々しそうに黙り込んでいた。
 キラも、”センゴの刀”の漆柄に手が伸び……寸前でぐっとこらえた。

「僕は……」
 細く長くため息をつきながら、キラはつぶやくように言った。
 かすれ声ではあったが、他の皆には恐怖という金縛りから逃れるきっかけとなったらしい。皆、強張った姿勢をそっとほぐす。
「エリックは”追い立て組”でいいと思う」
「あん? なんでや」

 なおも機嫌が悪いエヴァルトに、キラはとつとつと返した。
「それこそ、足並みを乱されるのは嫌だからだよ。ここで駄目だって突き返しても、作戦が始まれば勝手する」
 これに噛み付いたのがエリックだった。
「だったら、テメエは確実にエマールを捕まえられるってのかよ。どっから現れるかも分からねえ相手を、ぱっと捕まえられんのかよ。そんなんに頼るくらいだったら、追い詰めてとっ捕まえるほうがよっぽど確実だろうが!」
「……そもそも論点が違うよ。君を信頼できないって話さ。捕らえ方以前に、君の行動には信頼性がないって言ってるんだよ」
「んだと……!」

 エリックが立ち上がり、激情のままに組み付いてこようとした。
 が、その場の誰よりも早く、父親のニコラが床へ押さえつけた。つらそうに歯を食いしばり息を荒くしながらも、一切の加減もなく倒れた息子の背中にのしかかる。
「バカ息子が……! あれだけ皆から叱られて、その上で赦されて――まだ自分が中心で正義だと信じるか! 何事も一挙には成し得ないと忠告したろう!」
「っるせえ、どけよ! 俺は……俺が……全部! じゃなきゃ……!」

 体を抑えつけられ息も潰されながらも、エリックはもがいていた。喉の奥から突き出る言葉は切れ切れになっていたが、その熱量は上がり続けていく。
 しかしそれに伴ってニコラは圧力を強め、喧嘩中のセドリックや先程まで憤慨していたエヴァルトまで腰を浮かしたとき……パンッ、とシェイクが強く手を叩いた。

「よし、ではこうしよう。エヴァルトくん、君が決定するといい。白羽の矢が立ったようなものだ」
「俺かいな」
 エヴァルトは不満げにため息をつきながらも、しっかりと考えて答えた。
「そしたら、”追い立て組”やろ。エリックも、そこのクロスいう傭兵も」
「ほう?」
「ほんで――」

 エヴァルトが続けようとしたところで、クロスの横やりが入った。
「ということであれば、私と少年とで動くのがいいのではないかと。私はこの中では完全なる第三者……赤の他人と組むとなれば、少年もさすがに勝手はできまい。そうではないか?」
 問いかけられたエヴァルトは、何やら難しそうな顔をしながらも、肩の力を抜いてひょうひょうとした口調で頷いた。

「ま、ええんやないか? 俺とおっても、作戦に支障をきたす可能性大やし。――ってことや、シェイク市長」
 シェイクは、すぐには頷かなかった。
 拘束から解放されたエリックの様子を、じっと見つめている。
 エリックは咳き込みながら座っていたが……父親によってすぐに姿勢を正され、床に額を押し付けるようにして頭を下げさせられた。

「我儘を聞いてくださり、ありがとうございます。こいつもこうなった以上、役割に恥じぬ活躍をしてみせましょう」
「……っしァス」
 一緒に頭を下げる父親と、一応はその言葉に誓いのようなものを添える息子に、シェイクは今度こそうなずいていた。
「さて、これら三つの班とは別に”救護班”を設けるわけだが――」

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