10.契機

 宴会とシェイクの登場で大盛りあがりの広場を離れても、熱気は消えることがなかった。
 陽気などんちゃん騒ぎは村中に伝播し、そこかしこで笑い声が絶えない。隣人同士でバーベキューを楽しんだり、あるいは、火を取り囲んでのど自慢大会を開いたり。
 密集するテントの合間は、たくさんの声で一杯になっていた。

 歌声を耳にしたり、乾杯の様子を横目に見たり、時には強引な誘いを断りながら、キラは当て所なくさまよい歩き……ふと、周りが随分静かになったことに気がついた。

「村の外れに……湖?」
 キラはぽつりと呟いて、首を傾げた。
 ひどく美しい湖だった。一切の濁りのない透き通った水面が、底に敷き詰められた大小様々な岩をくっきりと映し出している。
 しかし、どことなく不自然さがある美しさだった。
 その違和感の正体を突き止めようと目を細めていると、

「……あ、見つけた」
 湖のほとりで、ドミニクと並んで座るセドリックがいた。
 大柄で体格のいいはずの茶髪の少年は背中を丸め、彼の小柄な恋人とさほど変わらないほど小さくなっていた。
「――セドリックはどうしたいの?」
 あたりが静まり返っているからか、ドミニクの独り言のようなぽそりとした問いかけが、やけに大きく聞こえた。

 キラはゆっくりと近づきつつ、セドリックの返答に耳を傾ける。
「わかんねえよ。だってさ、俺、あいつが何考えてるかももう解んねえんだよ。そんなのでどうしたらだなんてさ……」
 エリックと言いあいをしたときとは、まるで別人のような沈んだ声だった。ドミニクも、恋人の様子に心を痛めているのか、息を呑むばかりで何も言えていなかった。

 キラは居心地の悪さを感じながらも、わざとらしく足音を立てた。
 するとセドリックもドミニクも敏感に反応し、ぱっと立ち上がった。湖を背にし、なんでもなさを取り繕って手を握りあい、二人してキョトンとする。
「ん、おう、キラ。どうしたんだよ、こんな村の外れに」
 セドリックは精一杯の笑顔を浮かべ、ドミニクもぎこちなさのある微笑みを作っていた。

「シェイクって人が到着したから、三十分後くらいには会議を開くって。……村の中探し回ってたから、あと十分くらいしかないけど」
「そっか。っていっても、俺らが顔を出す意味あるのか分からねえけどな」
「うん? どういう意味?」
「いや、ほら……。キラが言ったみたいに、俺はエヴァルトさんにフォローしてもらわなきゃ、あの傭兵をなんとも出来なかったし」
 続けて、ドミニクがか細い声でボソボソという。
「私も……。やっと魔法を使えるようになったけど……”治癒の魔法”はまだ実用的じゃない」

 二人の弁明を聞いて、キラはますます訳がわからずに首を傾げた。
「何が出来るか気にしても、あんまり意味ないんじゃない? そんなの気にしてる暇があるなら動かないと」
「それは……」
「エリックがリモンへ向かって……それで、セドリック、何が何でもついてくるって言ってたでしょ。あのときは、自分の力量なんて気にしてなかったんじゃないの?」
「そう、なんだけどさ……。俺、何も分かってなかったって……戦場に立って、痛いくらい思い知ったんだよ。敵の怖さも、戦いの恐ろしさも……。みんなは褒めてくれたけど、あの傭兵だってエヴァルトさんがいなきゃどうとも出来なかったんだ」

 うつむきがちになるセドリックに、一緒になって悔しそうに僅かに表情を歪めるドミニク。
 揺れる二人に優しい言葉をかけて、”隠された村”にとどまらせることは出来る。
 だが……。
 戦わずに済むのなら良いという段階は越えている、と。人生をかけてひっくり返そうとしている、と。だから半端な気持ちにさせてはならない、と。
 エヴァルトの言葉を、キラは思い起こしていた。

「キラ、お前は、飯も食わずに戦争を駆け抜けたんだろ? エヴァルトさんと会った時には死にかけてたんだろ? 何があってそんなこと出来るんだよ――恐くないのかよ」
「恐く……っていうのは?」
 そう問いかけると、セドリックもドミニクも、意図を測りかねるように戸惑いを顕にした。
 付き合っているだけあって、ふたりとも仕草も表情もそっくりで……キラは思わず吹き出した。

「お、おいっ? こっちは真面目なんだよ」
「そう。笑わないで」
 またも二人して前のめりになって詰め寄ってきて、キラはくつくつと笑いを堪えるので必死になった。
「ふふ、ごめんよ……。んん――僕は戦う時に恐さなんて気にしないよ」
「恐く、ないのかよ」
「うーん……というよりも、そこで逃げるほうが嫌だ。痛くても、死にそうでも……一歩でも退くのが嫌なんだよ。そんなことしたら、後ろにあるもの守れない」

 それがどれだけ二人に響いたのかは分からなかった。ただ、言葉を噛みしめるようにキュッと唇を結んだ表情には大きな変化があった。
 恐怖が拭いきれたわけではない。繋ぎあった手は震えている。
 しかし、それでもなお……。

「ありがとよ、キラ。おかげで、目が覚めた感じだ」
「アドバイスらしいことはしてないけど……納得できることがあったなら、良かったよ。僕も、一つ聞いておきたいことがあるんだけどさ」
「おう、なんだ?」
「なんで、エリックと喧嘩したの?」
 セドリックは目をパチクリさせた後、恥ずかしそうに苦笑した。

「なんだよ、さっきの聞いてたのか?」
「いや……。解んないってのが分かっただけ」
「……あいつはさ。ちっさい頃から剣握って、大人に混じって村を守って……いっぱいいっぱいなのに、いつも『大丈夫だからな』って励ましてくれてたんだよ。俺は農家の生まれだから……そういう姿は憧れそのものなんだよ」
 セドリックの言葉に、ドミニクが何度も静かにうなずいている。

 そんな二人にキラは口を挟みたかったが、ぐっと言葉を飲み込んだ。
 彼が憧れたという人物は、エリックという名の別人なのではないかと思ってしまったのだ。あまりにも、キラの知っているエリックとはかけ離れていた。
 だが、だからこそ。昔と今のギャップに戸惑っているのだと悟ることが出来た。

「それが、傭兵になりにリモンへ飛び出すわ、危険だって言ってんのに作戦中に一人で勝手やらかすわ。突飛なことが多すぎて、もう何がなんだかわからなくなってさ」
「エリックが何でそういうことをするのか解らない、って話?」
「まあ、それもあるんだけど……。人が変わったみたいというか……ともかく、無茶でも無謀でも、あんな突飛なことするやつじゃなかったんだよ」
「でも、エリックは友達なんでしょ」
「当たり前だ」

 即座に言い切るセドリックに、それ以上の言葉は必要ない気がした。
 それでも茶髪の少年はまだなにか言いたげではあったが、口をモゴモゴとさせて、最終的にはその言葉を別の問いかけに変えたらしかった。
「なあ、そういえば、前はもっと真っ直ぐな剣じゃなかったか?」
「ん? まあ、色々あってね。――もうそろそろ戻らなきゃ。会議に間に合わなくなるよ」
「おっと、そうだな。ドミニクも、来るよな?」
「うん」
 迷いなく歩き出した二人に、キラは少しばかり安堵した。

   ○   ○   ○

 キラがセドリックとドミニクと出会った一方、小さな湖の向こう岸で、エヴァルトもエリックを見つけていた。
「森の中に湖っちゅうのはまた幻想的やが……えらい人工的やな。結構浅い」
「廃村の井戸からとってきた水を溜めてんだよ。……で、なんでまたアンタが俺のとこに来るわけ?」
「そら消去法やな。シスはシスでトラブル引き起こすやろうし、キラもキラでお前とは馬が合わん。ってか、誰が来ても同じなくせに、あんま気にすることでもないやろ」

 エヴァルトは興味なさげにあくびを噛み締めつつ、ちらりとエリックを伺った。
 キラとそう変わらない体格の少年は、剣を握り締めて、湖に向かって素振りをしていた。
「この辺は村の外れなんやなあ。人気もないし、集中して修行するにはもってこいや」
「……分かってんなら、どっか行けよ」
「ケッ、かわいらしゅうないなあ。キラが毛嫌いすんのもわかるわ」
「何なんだよ、さっきから……! あてつけかよ!」

 エリックはピタリと素振りをやめて、勢いよく振り返った。
 花火できらめく湖を背に、剣をギュッと握り、鋭い眼光で睨みつけてくる。
 その姿に、エヴァルトはわずかながらに感心した。
 エリックの戦いは、”反乱作戦”でも一緒に行動しなかったこともあって、リモンの闘技場で遠目で観察したのみ。

 相手がキラということで、到底実力など推し量れなかったが……エヴァルトの目には、エリックはそれなりの経験を積んだ戦士に映った。
 目に宿るのは戦う決意であり、たとえ何があっても動じない精神力が立ち居振る舞いからわかる。
 惜しむらくは、キラとは比べ物にならない剣筋の雑さ加減だった。

「……お前。村に居場所はないとかほざいとったな」
「は? 俺がいつお前に言ったんだよ」
「耳そばだてるんは昔っから得意でな、闘技場での話を聞いとったんや。……で、お前、何を思ってそんなこと言った?」
 闘技場でエリックが倒される直前。
 我儘なやつの気持ちなどわかりたくもない、とキラは激高した。
 エヴァルトも同意見だった。勝手に村を飛び出し、両親を心配させ、挙句の果てには『村に居場所はない』として戻るつもりはなかったのだ。
 たとえ誰であろうとも、同じような感想を漏らすだろう。
 ただ、少しばかり気になることがあるとすれば。
 エリックの異常なまでの劣等感だった。

「知りたくもねえくせに聞くんじゃねえよ……!」
 ぎりりと歯を食いしばるエリックの憎しみに染まった視線を受け止め、エヴァルトは肩をすくめてみせた。
「まあな。実際、こないな面倒事に踏み込むつもりはない。せやけど、駄々こねてばっかのクソガキに、まあまあムカついとんのも事実や。こっからさき、お前に足並み乱されるわけにもいかんねん」
「んだと……!」
「よく聞け、クソガキ」
 剣を握り締め噛みつこうとしてくるエリックに、エヴァルトはピッと人差し指を突きつけた。指先にぱちりと走る雷が、少年の動きを抑制する。

「理由はどうでも、村を出るんは自由や。せやけどな……それでお前のその苦しみが取れるわけやない。逃げるだけやと、なんも片つかん」
「なに分かったような――」
「居場所がない、っちゅうんは、お前がお前自身を信じてない現れでもある。自分をわかってないんや、そら周りのことなんか見えるはずもないわな」
「言わせておけば……! じゃあテメエは知ってんのかよ――」
「知らんな、聞きたくもない。――ええか。自分を信じられへんのやったら、せめて何やりたいかだけはきっちり見据えとけ。感情に任せてあっちへフラフラこっちへフラフラ……そんなもんでこの先も何とかなる思とったら大間違いやぞ」

 エリックは、喉の奥でうめき声を反響させた。
 返す言葉がないと言うよりも、苛立ちと怒りで喉が詰まっているようだった。
 まんべんに真っ赤に染まった少年の顔を見て、エヴァルトは鼻を鳴らした。
「ほれ、会議やねんからついてこい。そこでうだうだしとってもええが、その場合お前に発言権はないからな」
「――ああっ、糞がッ!」
 歩きだすと同時に清々しいまでの罵声が届き、エヴァルトはやれやれとため息を付いた。

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