○ ○ ○
「――なるほどナ。単なる偽物ではないか」
〈まったく。厭になりますね……”操りの神力”〉
もはや、辺りは更地と化していた。
それもこれも、目の前にいるロキがゴーレムに変えてしまったせいだった。
一体の巨大ゴーレムを潰されるや、手近な家屋を使って再生させ。ゴーレムの腕が吹き飛ばされるや、即座に”貴族街”の防壁をその代わりとする。
そうして皮肉にも、リモンの一部では”貴族街”も”労働街”も区別がつかなくなってしまった。
「コレだけノ無茶をするというコトは――」
〈完全に取り逃しましたね〉
”城ゴーレム”を目にした時点で、その可能性は頭にチラついていた。しかしその戦い方は通せんぼしているようでもあって、まだ望みがあった。
だが、今や。ロキは秘めたる”力”を存分に発揮し、結果として更地が出来上がった。
快感さえ見て取れる力の使い方は、もはやエマールの確保は不可能となったと悟らざるを得なかった。
〈判断の早いことです。おそらく、先の戦いの直後に逃げ出したのでしょうね〉
「意外ダッタな。何かしら手を打った後に逃げるかと思ったが」
〈ただ、気になるのは……今こうして、ブラックが戦っているロキとはまた別のロキがいることです。――こうなっては、”隠された村”が気になってしまいます〉
「だが、今は考えても無駄ダ。こうなった以上、切り替えるしかない」
街だった残骸で埋め尽くされる更地には、三体の巨大ゴーレムがいる。”城ゴーレム”には遠く及ばないものの、それでもゴーレムとしては規格外の大きさだった。
このうちの真ん中にいるゴーレムの肩にはロキが乗っかり、これを守るようにして他の二体が立ちはだかる。
〈さて……しかしどうしますかね。破壊しても再生されてしまいますし〉
「わかりきったコトを」
白シスはぐっと両腕を突き出し、両の手の指を鉤状に折り曲げる。右手で一体、左手で一体、真ん中を除いた両側のゴーレムを”不可視の魔法”で掴む。
エルフのような魔力量がなければ、家が何軒積み上がっているのかというほどの大きさのゴーレムを動かすことなどできない。
が、”不可視の魔法”は空気中の魔素に頼る魔法である。
より大きな魔力でより多くの魔素に干渉するよりも、どれだけ微細に魔素をコントロールできるかにかかっている。
その点において、エルフよりもヴァンパイアの方が圧倒的に優れていた。
〈”魔素砕き”〉
ゴーレムの全身に纏わせた魔素を、ほんの少しだけコントロールして脛に集中させる。そうして、巨大な土人形の動きを鈍らせたまま、魔法でヒビを入れた。
それだけで、自重に耐えられなくなったゴーレムたちは、尻餅をついた。
どん、どん、と。
突き上げられるように地面が揺れる。
二体のゴーレムがいっぺんに体勢を崩し――しかしシスは、この隙に対してひとつたりとも動こうとしなかった。
ゴーレムが素早く再生していく様をじっと見つめ――。
「スイッチ」
真っ白だったマントを、漆黒に染める。
「やはり”授かりし者”。魔法に疎い――それが仇となりましたね」
真っ黒なフードの内側で、シスの黒目が爛々と光る。
そして。
〈距離、二百と四十。角度、二十五〉
黒い虹彩がぎゅるりと渦巻き。
「無陣転移」
青い”真眼”があらわになり、魔法が発動した。
二体のゴーレムが再生しきるよりも早く、ロキの後ろ側へ回り込む。
「……!」
「無駄ですよ――」
ふわりと浮遊感に包まれる体を”不可視の魔法”で操りつつ、シスはロキに踊りかかった。
〈見えぬ楔ヨ、影を縫エ〉
「”影縛り”!」
ヴァンパイアにのみ許された、ふたつの”ことだま”による”二重詠唱”。
その負荷にシスは顔を歪め――しかし、視界に映った出来事に、それも忘れて目を見開いた。
「無駄なのはそっちー」
「――はっ?」
”影縛り”が効かなかったのだ。
何事もなかったかのようにゴーレムから身を投げ、いつの間にか創っていたらしい岩の鳥に飛び乗る。
立ち上がった二体のゴーレムのうち一体の肩にすたりと飛び移り――シスの飛び乗ったゴーレムが、タイミングを図ったかのようにガラガラと崩れる。
「――ッ!」
〈スイッチ〉
マントを再び白く染めて、ゴーレムの崩落に巻き込まれないよう、大きく後退する。
〈うまくいかない――どころではないですね……! ”授かりし者”にも”錯覚系統”はよく効くのに、なぜ……!〉
珍しく動揺を隠せない黒シスに、白シスは引っ張られないようにあえて冷静に呟いた。
「どうやら。一筋縄デハいかないようだな」
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戦況としてはだいぶ楽だった。
エマール直属のイエロウ騎士団は散り散りに戦場を離脱。相対するのは二人だけとなり、そのうちの一人であるガイアは至る所に包帯を巻き、先の戦いでの消耗が長引いているようだった。
さらにどういうわけだか、”授かりし者”ロキは、宙に浮かぶばかり。
なぜだか手を出すつもりがないようであることは分かっていたが――それでもキラは、時間が経つごとに焦りを募らせていった。
「くそ、まずい――ローラン!」
自慢のガタイと”硬い肌”を活用して接近戦を仕掛けてくるガイアを何とかいなしつつ、キラは声の限りに語りかけ続けた。
イエロウ派騎士たちとの圧倒的不利な多対一。これを覆すことができたのは、ローランがスプーナーをうまく挑発して”炎の魔剣”を出させたからだった。
だが、それが仇となってしまった。
スプーナーの攻撃を最も間近で受け続けたローランが、身体を真っ黒に焦がして倒れてしまったのだ。
どっと仰向けに倒れ、息はあるのだが必死の呼びかけには応えてくれない。
一刻も早く処置してやらねばならなかったが――。
「はっ! 俺相手によそ見たァ、余裕じゃねェか!」
ガイアの執着心が、見逃してはくれなかった。
視線の外れた一瞬の隙をぬって、懐に潜り込んでくる。
褐色の拳が唸りを上げて解き放たれ――これに対してキラは、”センゴの刀”を盾に見立てた。
鋭い刃を見せつけるようにして構え、衝撃が走ると同時に、手首と足捌きで吸収する。
横移動と同時に大砲のような一撃を背後へ逸らし、パッと飛び退る。
「アアッ、クソが!」
「――ほんッッとに!」
ガイアは牙を剥き出しにして苛立ちをあらわにしたが、キラも同じ気持ちだった。
”貴族街”での戦いで、ガイアはその異常なまでの執着心を抑えねばならないほどの大怪我を負った。現に、両腕は包帯に巻かれ、肩や首元もガーゼで白くなっている。
だというのに、今の一撃。途方もなく、重かった。一つでも間違えば、なすすべもなく吹き飛ばされただろう。
驚異的なパワーに、キラは思わず毒づいた。
「何がそんなに気に入らないんだか……!」
「テメェが避けなきゃいいだけの話だッ!」
「そうじゃなくって――ッ!」
二発目、三発目と、追撃を仕掛けるガイア。
純粋な力だけではない。スピードもコントロールも伴った拳は、もはや反撃の暇も与えてくれない。
キラは必死になって受け流し、回避を繰り返し――そのあまりの凶暴さと厄介さに、苛立ちが口をついて出た。
「ここにはユニィはいない――ッての、分かってんでしょ! しつッッこい!」
「テメェがいんだろ! ”結界”も!」
「前に遭った時は見逃したくせに――」
「前は前だ――今はテメェをぶっ倒して、そのあとに”結界”を壊す!」
「ああっ、タチが悪い……!」
キラは後ろに下がりつつ、またも追撃しようとするガイアの隙を見つけた。
ギリギリと歯を食いしばりながら、一瞬、深く沈み込む。そのとき、褐色の男の発するあまりのパワーに、大地が力負けした。
足が、ぐっ、とめり込んだのである。
それこそが、またとない好機だった。有り余るパワーをコントロールするには、想像通りの体勢が必要となる。
結果としてガイアは、舌打ちをしながら中途半端な打撃を撃ち放つこととなった。
キラは迷わず一歩目を踏み出し――そこで、耳に入り込んだ砂利の擦れる音に、警戒レベルを一気に引き上げた。
攻撃を中断して、しゃにむに横っ飛びに地面へ飛び込む。
その一瞬後、地面から突き出した岩の棘が、それまでいた場所を貫く。続け様に、その岩をガイアが粉々に砕いた。
「……ンのつもりだ?」
「時間かけすぎー。手伝いがいるかと思ってー」
なぜだかロキに対して敵対的になるガイアの様子を目にしつつ、キラはドッドッと唸る心臓を何とか鎮めようとしていた。
ガイアに集中するばかり、ロキの存在を完全に失念していた。
危機感に体が動いていなければどうなっていたか……。ヒヤリとしたものを胸の奥に感じつつ、ちらりとローランの方を伺う。
「そうだ……切り抜けなきゃ」
意識して呼吸を繰り返し、熱くなる体と頭を落ち着かせる。
一対一の戦いではないのだと、相も変わらず劣勢なのだと、己に言い聞かせる。
だからこそ、ひとつたりとて油断もミスもならない。冷静さを見失っては、あっという間にやられてしまう。
「テメェはなんか気に食わねェんだ……。ヨォ、降りてこいよ……相手してやる」
「こわーい」
地の底を這うような声と、緊迫感のない緩みきった声。
いまだに状況が動かないのをいいことに、キラは冷静さを己に叩き込み――そこで、何か体の中に違和感があるのを感じ取った。
”雷の神力”とは違う、しかしどこか似通った違和感。
覚えのあるふんわりとした感覚に、キラははたとして気づいた。
「”覇”……」
すぐに消え去ってしまうくらいに心許ないものだったが、確かに帝都の戦いでエルトが使っていた感覚だった。
キラは息を潜めてその感覚を掴み取ろうとし……しかし、ふと体の中からその違和感が消え去ってしまった。
焦って再び集中し――。
「油断してんじゃねえぞォ!」
すぐ眼前に、ガイアが迫ってきていた。
間合いに入られた――避けられる距離じゃない――すぐに拳が来る。
キラは瞬間的に思考を巡らせ、ぱっと背後へ飛びすさりながら”センゴの刀”を手放し、腕を交差させた。
焦りと緊張とで乱れる呼吸を整え――覚悟を持って、撃たれた拳を受け止める。
と。
「え……?」
「あぁ……?」
不思議なことに、凶悪なガイアのパワーが不発に終わった。
否。
正しくは、ガイアの拳がキラの防御を破れず、弾かれたのだ。筋肉質で大柄な体が、力負けしたかのようにのけぞる。
「――おもしれェ! 結局テメェも”壁”か!」
”覇術”が成功したのだと悟るよりも先に、キラは体を動かしていた。
大きく踏み出して、ガイアの間合いへ入り込み。反射的に防御体勢を取る両腕を、がっとつかみ。引っ張り込みつつ、膝を蹴り上げて、地面へ投げる。
「――っ!」
大してダメージは与えられなかったが、それでもガイアは突っ伏したまま動けないでいた。突如とした視界の回転に、理解が追いつけていないらしい。
その隙にキラは投げ出した”センゴの刀”を拾いにいこうとして――肌をぴりりと刺激する感覚に、はたと振り返った。
豪っ! と。
”青い炎”が大きく口を開けて飲み込もうとしてきている。
キラはほとんど何も考えず、右腕を突き出した。耐えられないのだとばかりに悲鳴をあげる身体を抑え込み、”雷”を解き放つ。
「不完全だが――”異色”! いいなァ、おい!」
飛び出した雷は、黄金色ながらも赤みを帯びていた。
微かではあるが確かな変化にキラは目を見開き――しかし、すぐにそれどころではなくなった。
”力”が暴れ始めたのだ。
劣勢だった状況から”青い炎”を押し返し始めていたが、もはやどうでもよかった――体の内側から引き裂かれるような痛みが、倍々に増していく。
それだけでなく、倒れて動けないローランを飲み込もうとする。
キラは”赤みを帯びた雷”をコントロールしようと試みたが――。
「止まらない……!」
これまでも、”雷”の進む方向くらいは操ることができた。
その要領で上空へ牙を剥くように”雷”を誘導を試みるも、まるで巨岩を動かそうとしているかのように、何ら手応えがなかった。
地面を易々と抉り、”青い炎”を喰らい尽くした”雷”は、その巨大な身体でガイアもローランも飲み込もうとしていた。
キラは唇を噛み締め、そして――。
――息止めんだよ、ボケ!
頭の中に響いた声に、ヒュッ、と息を呑んだ。
すると、それまで膨張を続けていた”雷”から赤みが抜けた。同時に、げっそりと痩せ細り、そのまま空気に混じって消えていく。
それと一緒になって”青い炎”も消失し、残ったのは大きくえぐれた地面のみ。その窪みのギリギリのところで、息も絶え絶えなローランが転がっている。
ほっとしたのも束の間。
「オイオイ――引っ込めちまったら意味がねェだろうが!」
褐色肌の男が、狂気の笑みを浮かべながら突っ込んできた。
右腕には”青い炎”が宿り、握りしめた拳にはいっそう煌めく青さが絡み付いている。
受け流すのも無理だ――キラは息を呑んで後退し、そこでふらついた。
もう、体には動く気力が残っていなかった。
だが。
「まだ――!」
「ハッ、このクラッチ野郎!」
キラは腰の”お守り”を握りしめ、右の手のひらを向けた。
”貴族街”でエヴァルトに貯めてもらった分を、全て体の中へ落とし込み――そうしながら”雷”を撃つ。
接近する掌と拳。その間を、”雷”と”青い炎”がせめぎ合う。
そうして。
キラは、敗北した。
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