43.特異

「なあ、”不気味シス”っ! 一体全体、何が起きてんだよッ」
「妙な呼び名をつけるな、大剣チビ」
「お、お前に言われたくねえよっ!」

 くわっとして突っ込むベルが、突如目つきを鋭くして前方へ飛び出した。
 小さい身体で”身体強化の魔法”も使っていないというのに、ゲリラ豪雨のように降り注ぐ瓦礫の数々を、パワーで吹き飛ばしてしまう。
 その姿を見て、シスはぽつりと呟いた。

「ユニークヒューマン……」
 世の中には、御伽噺から飛び出してきたような人々が多数存在する。
 彼らは、種族的に優れた能力を持つわけでも、血筋として突出した才能を持つわけでもない。しかし、”才能”という言葉でしか表現できないほどの”特異性”を持って生まれてくる。

 たとえば、ベルの場合。
 彼は見た目の通りの年齢ではない。身長が百五十にも満たないが、既に十八歳を迎えている。まずこれが一つの”特異性”。
 そして二つ目が、小柄ながらにも大剣を振り回し、さらには秀でた動きを見せる。ベル自身、魔法を使えないと公言して憚らないというのにも関わらず。
 それこそ親や祖父母や先祖から引き継いだ力なのだとしたら、まだ納得はできるが……ベルの両親は、ベルもびっくりするほど高身長だった。

 これこそが、”ユニークヒューマン”と呼ばれる所以である。
 種族としてでも家系としてでもなく、ただ一人の”個人”として突出した特徴を持って生まれた、”特異性を持つ人間”なのだ。
 ベルだけでなく、瓦礫一つ一つを弓で射ってしまうルイーズとエミリーも、ここにはいないが日を追うごとに魔法使いとして成長するドミニクも、その一人である。
 なぜそんな人間が生まれるのか、世界の七不思議の一つとして数えられるが――兎にも角にも、味方にいれば心強いのは確かだった。

「――で?」
 ベルが雨のような脅威に対処する中、オーウェンが続きを促した。長剣を手に取り、たびたび降ってくる土塊を払う。
「”授かりし者”が、なんの因果カ殺し合いヲしている」
「そんでこの騒ぎかよ……迷惑だな、おい!」
「だが、おかげでロキの注意は散漫ダ。空を覆う”闇の神力”……オレたちのことを気に掛ける余裕はナイ」
「この瓦礫の雨が俺たちを唯一阻むもの、ってことか――聞いたな、皆!」

 上空で巻き起こる”力”のぶつかり合いに、降り注ぐ土塊やレンガや木々や城壁。”授かりし者”たちの戦いは、反乱軍にとっては荒ぶる神たちの衝突でしかなかった。
 だからこそ、彼らは悲鳴をあげたりして目を背けるほかになかったのだが――自分たちを襲うものが何かはっきりしたからか、誰もが目に見えてやる気を出していた。
 恐怖故に引き起こされた蛮勇なのかもしれないが、ともかく、誰もが視界に舞う瓦礫を噛み付くようにして振り払っていた。皆、魔法を使えないまでも、各々近いメンバーとうまくカバーし合っている。

「反乱頭!」
「べ、ベルではないが、君のネーミングセンスはどうにかならないのか……」
 ひくりと頬を引き攣らせるニコラに、シスは続けた。
「シンガリを走れ。オレが先導スル――ドウヤラこの下ニ通路ガ続いているらしいからナ。落ちた二人と合流するニハ、やれることハやらねば」
 ニコラがうなづいたのを見て、シスは足に魔力を溜めて跳躍した。
 塊になって一直線に”貴族街”を走る反乱軍を飛び越しつつ、”不可視の魔法”で体を反転させる。

〈お二人とも今は歩いているようで、距離を置いて後方にいます。ポイントを指示しますから、地面に穴を――道順を残していきましょう〉
 シスは頭の中に響く声に従って腕を突き出し、魔力を手のひらに込めた。
「”水玉ヨ、溶かして、解カセ”」
 どろりと緑色に濁る液体を”ことだま”で発生させ、びゅんっ、とうち飛ばす。
 緑色の水の塊は、指定の位置に着弾して、石畳の隙間へ入り込んだ。ちゃぷちゃぷと飛沫を上げながら石を溶かし、その下にあるであろう地下通路まで貫通する。

〈いっそのこと、僕たちで地下へ潜り込んだ方がいいんでしょうけどね。”不可視の魔法”があれば、お二人を引っ張り上げるなんて造作もないことですし〉
「二人には悪イが、今は一秒デモ時間が惜シイ。ブラックもロキも、互いがいるからこそオレたちには目もくれないだけデ……」
〈彼らの戦いに決着がつけば、どちらにしろ僕たちも無視できませんからね。聞き出したい話が山ほどあります〉
「イズレにせよ、早いところエマールを確保せねバ。話はソレカラだ」

 黒シスの”探知系”の魔法で地下の空洞を把握しつつ、反乱軍を扇動して”貴族街”をひた走る。
 円を描くかのような街の構造が幸いして、街の中心に鎮座する”城ゴーレム”を、迂回する形で乗り越えつつあった。壁のように理路整然と立ち並ぶ家屋の隙間から、ゴーレムの背中が見えてくる。
 そうはいっても、”授かりし者”たちの衝突に足を取られもした。建物の倒壊に巻き込まれそうになることもあれば、すでに横倒しになった家屋に迂回を強いられることもあった。

 じぐざぐと”貴族街”を一丸となって走り。なんとか”貴族街”の北部に足を踏みいれる。
 そこで、ようやく”城ゴーレム”の背中がはっきりと見えてきた。
 ”城”越えを果たしたのだ。ロキの背後をとったも同然であり、あとは”北門”から逃げるであろうエマールを追うのみ。
 すでに”授かりし者”たちの巻き起こす天災から逃れたこともあって、周囲ではほっと緩んだ空気が漂っている。皆、足を止めないまでも、ともに苦難を乗り越えた仲間たちと軽口を叩いている。

 だが、そこで……。
〈おや……?〉
「なんだ」
 頭の中にくぐもった声が響き、シスは短く問い返した。
〈今、”探知系”に引っかかったような……。地下に、四人〉
「凸凹コンビとブツカルな。それガ、どうした」
〈それが、この四人のうちの一人が――〉

 黒シスの声が答えるよりも先に、白シスの耳には気になる言葉が飛び込んできた。
「なんだ、あれ――人が浮いてる?」
 リモン北部の”正門通り”になだれ込んだところで、誰かがボソリと呟いたのをきっかけとして、皆がその存在に気づく。
 シスもはっとして顔を上げて……”正門”の上空に佇むその人物を睨みつけた。

〈――なるほど。少しばかり謎が解けたような気がしますよ〉
 脳裏に響く声に鼻を鳴らし、隣を走るオーウェンとベルに向かって告げた。
「ヤツはオレが引きつける――いざとなれば引き返セ」
 返答を聞くこともなく、シスは”不可視の魔法”で跳躍した。見えない足場を作って空中を駆け、”正門”上部へ接近する。

 一秒を追うごとに、マントで全身を隠した人物に肉薄し――。
「幽霊マント――インコはいないようだな!」
「いなくても喋れるよー、それ常識ー」

 背後でブラックと戦うロキとはまた別の。
 そして、時を同じくして対敵したキラともまた別の。
 マントで全身を隠したロキが、何体もの巨大ゴーレムを背に、三人目のロキとして立ちはだかった。

 全ての戦場が混沌と化していた。
 ”貴族街”で突如として勃発した、ロキとブラックによる戦い。
 これに呼応するかのように、”隠された村”付近でキラがロキとガイアの二人組に遭遇。
この二つより少し遅れて、”正門”近くでシスが接敵した。
 奇妙なことに、三つの戦場全てにおいて、ロキが敵として現れていた。
 そして、四つ目の新たな戦いが生まれようとしていた。
 しかし、この戦場にはロキの姿はなく……。

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