33.人でなし

 パンっ、パパンっ、と。”花火の魔法”の華やかな様が、湖面に映し出されている。
 満点の星空を背にして広がるその光景は、誰もが見惚れるもので……テントの中から絵画のようにして見られるとあっては、これほどに贅沢なものはない。
 が、上半身を起こしたキラは、むすっとしていた。

「汚ねえ花火だ、っていえたらどんだけ良かったか。綺麗すぎ」
 自分でも何を言っているかよくわからない言葉を呪詛のようにぶつぶつと呟き……ひょこ、とテントをのぞいてきた白馬の馬面を睨みつけた。

「……ユニィのせいで怒られたんだけど」
 ――あぁ? なんの話だ
「僕もわからないさ。……で、今、どうなってるの? みんなは?」
 ――テメェが一度目を覚ましたのが昼過ぎ。今はもう夜だ。……全員、腹決めて動き出す準備を整えたところさ
「動くって……またリモンに?」
 ――バンダナとヴァンパイアは一足先に向かっちまったがな

 キラはよろりとよろけながら、腰を浮かして立ち上がった。
 足の先から指まで、包帯でぐるぐるに巻かれている。治療のためか、ズボンは膝から下を千切られており、上半身に至っては包帯以外に何も羽織っていない。
 幸いなことに、頭部は被害を逃れていたようだった。右の頬から首にかけてガーゼが覆っているものの、それ以外にはない。
 髪の毛が焼け焦げて禿げているということもなく……ほっとしたところで、立ち上がった体を押さえ込むかのように、全身をズグズグと這いまわる痛みに気づいた。

 ――おいおい、無理すんじゃねえよ
「ユニィが心配するなんてね……。よっぽどだった?」
 ――ふん……。テメェだけあの小娘にどやされてろ。俺は知らねえ
「結構焦って運んでくれたのに。怒られるのも付き合ってよ」
 ――どんだけ頑丈なんだよ。ずっと意識あったのか、あの状態で?
「僕も、今思い返せて自分にドン引きしてるよ。ただ……思い出せるのは途中からなんだよね」
 ――あん?
「ガイアとどう決着がついたかはわかんないし、いつの間にかリモンを離れてたって感じで……水飲んだからかな?」
 ――水だ? 誰も飲ませてねぇぞ
「あれ? おかしいな……。そこからちょっとずつ楽になったんだけど……」

 キラは首を傾げながらテントを出ようとして、枕元にあったものに気がついた。
 新しい服と、焦げ跡の残る剣帯と、”センゴの刀”が綺麗に整頓されておかれてある。
 ありがたさを感じつつ、膝をついてなんとか服に袖を通し、剣帯に手を伸ばそうとしたところで……体勢を崩して、ごろん、と転げた。

「ぶァっ」
 盛大に頭から突っ込んでしまい、変な声が喉をついて出る。
 そして、
 ――ザマぁみろ!
 小馬鹿にしたような嘶きと、頭の中に響く幻聴。
「怪我人に対する言葉じゃなくない……?」
 ムカッときつつも、声を荒らげる元気はなく、キラはひとりごちた。
 やっとの思いで体を起こし、四つん這いになったところで……。

「おいっ、大丈夫かよっ!」
「大変……!」

 体を起こして振り向くのも面倒で、四つん這いになったまま額をつけて股越しに背後へ目をやると、いつの間にやらテントの入り口にセドリックとドミニクが立っていた。
 二人とも血相を変えて駆け寄り、大胆かつ繊細に抱えてくれる。
「ヲゥ……?」
 思ってもみない浮遊感におかしな声が出る。あまりの間抜けさに笑われやしないかと心配になったが、セドリックもドミニクもそれどころではないようだった。

「あんだけひどい怪我だったんだぞ……死んだと思ったんだぞ……! 人の手も借りないで動こうとしないでくれよ」
「ほんと、そのとおり。人の心配、踏みにじらないで」
「……。すごい言うじゃん」
 二人の手で布団に戻されてしまったことにモヤモヤしながら呟くと、セドリックから思いも寄らない反論を受けた。

「当たり前だろッ! 友達が――こんなことになって! それでもまだ何かやろうとしてるのをみたら、心配するに決まってんだろ!」
「それ。人の気持ちがわかってなさすぎ」
「だから、これは没収な。少なくとも、俺たちの出発までは預かっておく」
 剣帯と”センゴの刀”。それぞれセドリックとドミニクに取り上げられてしまう。
 キラがムッと表情を歪めると、二人とも申し訳なさそうな顔をしたものの、頑として譲るつもりはないようだった。

「……エヴァルトに何か言われたの?」
「ああ。キラが無茶するかもだから、監視しとけって。作戦内容も内緒にしとけってさ」
「大袈裟な……。自分の状態くらい、自分でわかるよ」
 その言葉に真っ先に反応したのは、白馬のユニィだった。幻聴が響くことはないものの、「どうだか」とばかりに鼻を鳴らしている。

 テントの扉から覗く白馬の馬面に少しばかりイラッとし……しかし、自分の言葉にどれほど説得力がないか、セドリックとドミニクの閉口する表情を見れば明らかだった。
 次第に自分の言葉に自信が持てなくなってしまい……キラは咳払いをして早口に言葉をつなげた。
「前に水汲みに行った時は、そうするしかない状況だったし。帝都でドラゴンに狙われたときにはちゃんと撤退したし。ブラックには勝算があると思って立ち向かったし……ほとんど返り討ちにされたけど」

 すると、凸凹の恋人たちは、怪訝そうに互いに顔を見合わせていた。
「帝都……?」
「ドラゴン……?」

 何かまずいことを話したような気がする。キラは咄嗟に息を呑み込み、溜め込んだ空気を吐く勢いで続けた。
「ともかく。心配は嬉しいけど……自業自得みたいな感じだから。もっと力があれば……そうでなくても、別のやり方を見出せていれば、こんな風にはなってないわけだし。……だから、刀返して」
 恋人たちは、どれだけ仲がいいのか、全く同じタイミングで同じ長さでため息をついた。
 そのシンクロぶりに感動すらしていると……。

「馬鹿じゃねえの! 自業自得って、んなわけねえだろ!」
「やっぱり人の気持ち分かってない!」
 セドリックはともかく、いつもは控えめなドミニクまでもが声を荒らげたことに、キラは目を白黒とさせた。

「だいたい、お前が戦うことになったのは、俺たちが戦うと決めたからだ。ってことは、俺たちが巻き込んだってわけだ。その時点でもう自業自得じゃないだろ」
「あなたは、私たちが戦うはずだった相手を、わざわざ止めてくれていただけ」
「そうだ。お前が真っ先に戦ってくれて、誰かの代わりに大怪我を負ったんだから。お前の勇敢さは、他の誰にも――お前自身にだって否定なんかさせない」
「だから、私たちの心配や厚意を受け取っていて欲しい。それが、あなたがボロボロになって初めて『私たちが危険だった』って知ったことへの謝罪だから」

 キラは肩の力を抜いて、”センゴの刀”へ向かって伸ばしていた手を太ももに落とした。

「だいたいな。力不足ってなんだよ。そんなこと言ったら、俺なんてどうだ――みんなのためって思いながら戦場に立ったのに、肝心なとこで何もできやしない」
 伏し目がちに、唇をかみしめて、喉の奥から言葉をひりだす。
 その姿に、キラは緩んでいた口から声が漏れ出た。

「似てるね」
 その言葉の意味を図りかねて、セドリックもドミニクも同じように首を傾げていた。
 またもシンクロした二人にくすくすと笑い……二人して睨んでくる様にも笑い声を漏らしつつ続けた。

「エリックも、おんなじ顔をしてた」
「あいつが……エリックが、どうって?」
「闘技場で戦ったとき、なんて言うか……こう、悔しそうだった。劣等感、っていうのかな? 多分、そんな感じで……焦ってもいたんだよ」
「劣等感? 焦り? ……あいつが?」
 信じられない、とばかりに驚くセドリック。
「そんなの、今まで一言も……」
「言わないだろうし、見せないよ。セドリックなら、わかるんじゃない?」
 キラの言葉が的を射ていることは、その反応で明白となった。

「きっと、セドリックがエリックを『解らない』ってなったのも、そこらへんなんだと思う。あとは……まあ、直接話してみないと」
 セドリックはアドバイスに頷きながらも、今更ながらに体を固まらせた。小柄な恋人に腕を揺らされても、ぴしりとして動かない。
「……そういえば、大声で喧嘩してたっけ」
 少年二人の間にあるわだかまりが表面化していたのを思い起こしつつ、キラはボソッと言ってみた。
「じゃあ、僕がちょっと聞いてみようか」
「――そ!」

 腰を上げようと前のめりになったところ、セドリックがビクゥッと反応した。
 何やら奇妙な空気が言葉と一緒に曖昧な形で吹き出て……びっくりして見つめていると、その顔がどんどん赤くなっていった。

「そ、そんなことされたら、俺がエヴァルトさんに怒られっから」
「なんでそこでエヴァルト?」
「色々な――まあ、ともかく。俺一人でも大丈夫だから。キラは安静にしていること! いいな?」
「……うん」
「よし。……いくぞ、ドミニク」
 セドリックは小さな恋人を連れ立って、テントを出ていった。

「ドミニクもいくなら一人じゃないじゃん……。剣帯も刀も持って行っちゃったし」
 キラはぶつぶつと呟きながら、ゆっくり慎重に立ち上がった。
 テントの中にヌッと首を差し込む白馬の鼻面を掴みつつ、セドリックたちの足音が遠のいたのを確認してから、外へ出る。

「言っておいて何だけど……面倒にならなきゃいいなあ」
 ――当人同士の問題だ。どうでもいいだろ
「人でなしすぎない?」
 ――こちとら馬なんでな
「前に、『俺が馬だ?』とか言ってたくせに」
 ――けっ、わすれたなあ、んなこと

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