3.なく

 ――いいのかよ。あの小娘と『離れない』って約束したんだろ

 駆ける白馬の足が緩んだのは、手綱による指示ではなく、ユニィ自身の意思だった。青い空にわずかばかりの白い雲がよく見渡せる丘の上で、足踏みをしつつ振り返る。
 その動き方は、まるで一望できる王都を見せつけるかのようで……キラは少しばかりの罪悪感を感じながらも、しっかりとうなずた。

「それは思ったけど……。リリィもセレナも、やるべきことがあって、みんなの期待にも背けない」
 あの華やかなパーティ会場で、二人と一緒にいられたのは、ラザラスによる乾杯の音頭があったときのみだった。
 二人とも、何やら位の高そうな紳士に話しかけられたのをきっかけとして、次々と挨拶に訪れる人達に囲まれ……あっという間に人混みの中に紛れてしまったのである。
 リリィと幾度か目があったものの、到底話しかけられるものではなかった。

「それに……」
 人混みへの苦手意識に押されるようにして、バルコニーへ出て風にあたっていたとき。
 そばで話していた紳士淑女の会話が耳に入ってきた。

 曰く、今回の戦争終結は実質王国の勝利。
 曰く、此度の戦争で大陸の七割を手中に収めた。
 曰く、このタイミングならば世界へ打って出ることができる。

 悪気がないことは、その話し声や顔つきからして分かった。彼らからしてみれば、敵国の皇帝の終戦宣言は敗北宣言に過ぎないのだ。そして、終戦をきっかけとして、王国により良き未来をと望むのも当然のことである。

 だが……。
「僕は王国の人間じゃないから。なんというか……帝国を敵って考えてることに、違和感があったんだ。本当なら、パーティの招待も断るべきだったかもしれない」
 ――ンなこたぁ聞いてねぇんだよ。約束破ってんじゃねぇ
「別に、破ったつもりはないよ。セドリックたちの様子をちょっと見てくるだけだし」

 言い訳交じりにつないだが、本心ではあった。
 ”転移の魔法”の失敗の果てに行きついた”隠された村”。そこで出会ったセドリックやドミニクや二コラは、エマール領という悪環境の中、必死に耐え、抗っていた。
 そんな状況を覆そうという作戦があるということを二コラから聞いたが……結局、状況を鑑みて王都へ向かうことを優先したのだ。

 気づけば、すでに一週間以上経っている。
 何もなければいいと、本当に”ちょっと”だけで済めばいいと思ってはいるが――二コラたちの様子からすれば、彼らが何もしないことなどありえないことは分かっていた。
 本当は、リリィも連れてくるべきなのかもしれなかったが……立場ある彼女に、何もかもを押し付けるのは酷な気がしたのである。

「それに、一応セレナにはなんとなくは伝えたよ。……どこまで聞いてたかはわかんないけど」
 ――あん? どういうこった?
 脳内に響く幻聴に、キラはセレナの様子を思い浮かべながら言った。
「最初からちょっと変だとは思ってたんだけどさ。メイド服じゃなくって、ドレス姿でパーティに参加して……。で……バルコニーで鉢合わせたんだ。あの無表情さをみて、なんとなく分かった。無理矢理にでも気分を上げたかったんだ、って」
 ――ほう?

「リリィとセレナのお母さんは、帝国に殺された。戦争が終わってもその事実に変わりはなくて……。リリィは飲み込んだって言うけど、たぶんまだ納得しきれてないし……セレナは取り繕うこともできないくらい、もやもやしてるんだと思う」
 ――まあ、簡単に越えられるもんじゃねぇよ
「二人は、やるべきことがあって、そういう立場で……色々一杯なんだよ」
 ――巻き込まれる俺の身にもなれ
「でもユニィもソワソワしてたし……あんまりじっとしてもいられなかったんじゃない?」

 幻聴は頭の中には響かず、ユニィはただ蹄で地面を踏み鳴らしながら、王都に尻尾を向けた。
 ――ケッ、てめぇもだろうがよ
 ユニィらしい答え方に苦笑し……キラは来る衝撃に備えて、手綱をぐっと握りしめた。

 直後、白馬が勢いよく駆け出す。
 ――そういや聞きそびれてた
「なにを?」
 ――アイツの最期はどうだった
「……笑ってた」
 ――そうかい。なら、良かった

 青空をゆうゆうと泳ぐ白雲を、白馬のユニィはあっという間に追い越していく。
 何もかもを……それこそ後悔や悲しさを置き去りにするかのごとく、地面を深く踏みしめて、さっそうと草原を駆け抜ける。
 今までで、一番の速さだった。
 以前、エマール領を脱出した際に立ち寄った町グレータに立ち寄り、食糧やら水やらを調達しようかと思ったが……その必要もないくらいだった。
 何より、キラも立ち止まりたい気分ではなかった。

 結局、三日はかかるであろう道程をたったの半日で乗り越え。休憩も一度したくらいで、白馬はエマール領の壁を軽く飛び越えていた。
 ――よう、泣き虫! リモンに寄るかッ?
「別に泣いてないし! 見えないでしょ! ってか、それ言うならユニィだって!」
 ――ああッ? 俺がいつ泣いたって? バカ言ってんじゃねえよ!
「いいや、泣いてたね。ってか鳴いてた! あと、リモンには寄らない――嫌な予感がする!」
 ――ハッ、勘がいいじゃねえか! 消えてた間に、〝覇術〟のコツでも掴んだってか!
「いいや! だけど、ユニィ、速度上げたじゃん!」
 ――フンッ、だったら掴まってな! もっと上げんぞ!

 ドンッ、と。文字通り、ユニィはとんでもない爆発力でトップスピードに乗った。
 頭の中に巣食うモヤモヤが吹き飛んでしまうくらいに。キラはもはや白馬の首にしがみつき、振り落とされないように必死になっていた。
 徐々に落ちていく太陽に追いすがり――あたりがオレンジ色に染まっていく中、その光景が目に飛び込んできた。

「誰か――戦ってるぽいっ!」

 たたきつけるような暴風にも負けず、キラは目を見開いた。
 夕暮れ色に染まった見晴らしのいい草原で、いくつかの影が混じり合っている。
 誰かが魔獣と戦っているのではない。人と人が争い合っていた。
 一方は幾分小柄で一人、一方は大柄で複数人。

 近づくうちに、その戦況は鮮明になり、
「あれって――!」
 くっきりとわかる人影に、キラは息を呑んだ。
 複数人を相手にしている小柄な人影は、エリックだった。
 ”隠された村”を身勝手にも抜け出し――そんな少年をも助けるのだとリリィが決断し――そうしてリモン”貴族街”の闘技場でその身柄を確保した。

 感情を伴った走馬灯が脳裏を駆け巡り、キラはムッとして唇を尖らせた。
 リリィがニコラとともに”隠された村”へ送り返したというのに、何故またも一人で戦っているのか……闘技場で戦った時に宿ったムカムカした感情がぶり返していた。

 ――おいっ、すねてる場合じゃねえぞ! これじゃあ、助けた意味がねえじゃねえか!
「分かってる――スピード落として! 捕まえてそのまま離脱する!」
 すでに白馬は、地面をえぐる勢いの速度を徐々に緩めていた。
 しかし、それでも普通の馬では追いつけないほどのスピードのまま、
 ――邪魔だテメェらッ!
 甲高くいななき、戦場へ乱入した。

 ユニィは今にもエリックに斬りかかろうとする剣士に突進し、前足を振り上げ――右の蹄で、思い切りよく踏み潰す。
 ぐしゃり、と。
 何やら聞こえてはならない音が響き、その場にいる全員が硬直する。

 その一瞬の合間に、キラは状況を把握した。
 ユニィの足元で潰れている男も、そしてエリックを取り囲んでいる男たちも、簡素な革鎧を着ている。そのズボラな格好は、まさに傭兵と言ったところ。
 対して呆然としたエリックは、傷だらけなものの、とりあえずは無事なようだった。

「掴むよ!」
 キラは有無も言わさず、エリックの胸ぐらをつかんだ。
「はっ? てめえ、何して――」
「うるさい! ユニィ、行って!」
 話している暇は愚か、エリックをちゃんと馬に乗せる猶予もない。
 すでに傭兵たちはそれぞれに動き出している。
 キラは寸前のところでエリックの胴をなんとか小脇に抱え、直後、白馬が勢いよく走り出す。

 ――すぐ近くに知ったのがいる! そいつ離すんじゃねえぞ!
「おい、ふざけんな、離せよ! 逃げんじゃねえ、お節介野郎!」
 幻聴と現実の声とが入り混じり、キラは奥歯を噛み締めた。一人と一匹に応えることなく、ただ抱えたエリックを落とさないように集中する。
 白馬の速さがそのまま抱える少年の重さともなり、我慢しきれなくなったところ――前方に人だかりが見えた。
 また傭兵か、それともユニィの言った『知ったの』か。
 目を細めて見極めて、キラははっと息を呑んで見開いた。

「セドリックに……エヴァルト?」

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