23.乱入

  ○   ○   ○

「ハァ、ハァ……! 我が父を……エマールをあだなす者は、たとえ神だろうと――」
「ソウカ……。ソレは悪カッタ――と、先ニ謝ッテおこう」

 白マントから病的なまでに真っ白な腕を突き出したシスは、伸ばしていた指を折りクッと曲げた。
 ”不可視の魔法”で喉を掴んでいたマーカスを、さらに締め上げる。
 しかしマーカスは、真っ赤な顔で牙を剥き出しに睨んだままでいた。やがて、カランッと金属音が地面で跳ね、同時にぐったりうなだれて気を失った。

「意外ト手こずったナ……。このシブトサも執念も、一体ドコカラ来る? エマールにしろ、あの球体親父にしろ、必死ニなって守るモノでもナイだろう。……才能の無駄遣いダナ」
 シスが”不可視の魔法”を解くと、マーカスが地面に崩れ落ちる
 鍛え上げられた体つきの男を見下ろし、腕を振って”灯りの魔法”を放つ。

 地面を掘り進めたかのような地下通路は、右から左へ一直線に伸びている。ただし、右手の方は天井が崩れて、瓦礫で塞がっている。
 マーカスとの戦いの余波だった。およそ父とは似つかない体格と戦闘能力を前に、シスも退路確保を考慮する余裕もなかった。
 もともと、”正門”への通路は潰すつもりだったとはいえ……シスとしては、不本意な形で目的を遂げることとなった。

「気にイラナイ」
 ふんっ、と鼻を鳴らして、気絶したマーカスから視線を外す。
「シカシ、これでハッキリした……。”忌才”ベルゼ——ヤツはこの街に戻ッテきている。騎士団カラノ情報でアル程度予想ハしていたが」

 つい先日まで、王都は帝国軍に占拠されていた。
 この時、確かにシーザー・J・エマールの姿が確認されていた。エグバート王国元国王のラザラス五世を公衆の面前で処刑しようとしたのだから当然のことだろう。
 問題は、王都奪還後、その姿が忽然として消えたということにある。

 考えられることは一つ。総帥”代理”のシリウスも付け加えていたが――騎士団の包囲網からエマールを逃した人物がいるのだ。
 その人物こそ、国際的に指名手配を受けている一級犯罪者”忌才のベルゼ”である。
「ワカラナイのは……なぜヤツがエマールに与スル? 帝国を見限ッタとしても……なにもエマールでなくともイイだろう。ラザラス様もシリウス様もエマールを締めにカカルというのに……奴らに王国デノ未来は――」
 そこで、”白シス”ははたとして言葉を止めた。

 頭の中で閃くものがあったからというのも一つだが、
〈干渉されてますよ〉
 と、丁寧ながらも緊迫した”黒シス”の声が頭の中に響いたのである。
 瞬時にその言葉の意味を汲み取り、視線を動かす。壁にもたれかかってぐったりしていたはずのマーカスが、姿を消していた。

「――ベルゼか」
 一直線の通路に体を向け、ぎろりぎろりと視界を動かす。
 ”灯りの魔法”は、妥協することなく地下通路内を照らし出している。その全てを照らし出すことはできず、奥の方は真っ暗闇が支配しているが……どこにもベルゼの姿はない。

〈手を貸しましょうか?〉
「イイヤ――その必要はナイ」
 脳内に響く声に、”白シス”は掠れた声で拒否した。
 こちらから動くまでもなく。カーテンをさっと払うかのようにして、すぐ目の前にベルゼが現れたのだ。その足元には、気絶したマーカスが倒れている。

「随分ト強気だな。ワザワザ戻ってきて、さらニ姿を表すとは」
「いやいや、興味深いと思ってネ。――あのブラックにさえ尻尾を掴ませなかったキミという存在が」
「知ってイルなら、ナオサラ理解しかねる。ヴァンパイアの前に”錯覚系統”の魔法は無意味」
「――そう思うカネ」
 背後から声が聞こえ、”白シス”は咄嗟に動いた。

 魔力を腕の中で練り上げつつ、”不可視の魔法”を振り向けようとして、
〈交代しますよ!〉
 ”白シス”は体の中に引き摺り込まれた。白いマントが一瞬にして染まり、代わりに”黒シス”が表に現れる。

 振り向きかけた体に制動をかけ、前のめりになる。
 すぐ後ろから聞こえたベルゼの声は、まさしく”錯覚”だった。白衣を着た棒切れのような男は、あいも変わらず目の前で猫背に立っている。
 シスは袖に隠していたナイフをするりと取り出し、逆手に持って走り出した。

「ふっふ! やはりそう簡単にはいかないヨウだネ!」
 大股に一直線に接近し、躊躇なく斬りかかる。
 ベルゼは、ニタリとした狂気の笑みを顔に貼り付けたまま、棒立ちになるばかり。その首元目掛けて振るった刃を避けるそぶりも見せない。

「――」
 シスは、腕を振り切る寸前に、それが錯覚だと悟った。直後、ベルゼがゆらりと姿を消し、ナイフは空をきる。
 視界のどこにも見つけられない。そこで、
〈スイッチ〉
 今度は”白シス”にチェンジして、”錯覚”を振り払う。
 ベルゼが立っていたのは、もう二歩ほど奥側だった。すでに、枝のような人差し指を向けて、灼熱色に燃え盛る魔法を放とうとしている。

 だが、
「遅イ」
 ”白シス”は左手を突き出し、火の玉を握りつぶした。
「まったく、厄介な魔法ダヨ……!」

 ”不可視の魔法”は、通常の魔法と違い、”魔素”に直接干渉する。
 言い換えれば、”魔素”を掴んでしまうのだ。
 これはすなわち、目に見える空間全てを思い通りに操れるということにつながる。”魔素”を介することで、離れていても人を殴ることもできれば、何かものを引き寄せることもできる。

 そして。
 通常、魔法は”魔素”を燃料とし、これがなければ魔法現象は現れない。
 ”不可視の魔法”は、唯一、魔法を消す魔法なのである。

「ぐ、ハッ……!」
「……いつもしたり顔のキサマが、ソウ必死にナルとはな。ゼヒトモ、エマールにドレホドの価値があるのか、教えてモラオウ」
 そういいつつもシスは、”魔素”を介して掴んだベルゼの首を離すつもりはなかった。
 それどころか、呼吸も簡単にはできないほどギリギリと締め上げる。

 人が魔法を使うには、二通りの手段がある。
 一つは”ことだま”。引き起こしたい魔法現象を明確に言葉にして、”魔力”を変化させる。
 そしてもう一つが、”無詠唱”。
 どんな原理かはいまだに解明されていないが、手練れの魔法使いは”ことだま”もなしに魔法現象を意のままに起こす。
 体系的にその手法をまとめた文献はなく、かくいうシスも感覚的に使っているのだが……ともかく、ベルゼも”無詠唱”による魔法行使が可能なのは確かである。

 相手が何を考えて魔法を使ってくるかわからない以上、呼吸すらも辛い状況を作り、魔法行使に集中させないのが手っ取り早かった。
「シカシ、不思議なモノだ……。国際指名手配を受けナガラこの程度。コレマデモ相当な場数を踏んでいると思ッタが」
 そこでシスは、それまで悶え苦しんでいたベルゼの口元が、わずかに弓形を描いたのに気がついた。

「キミ……は、本当に愚かだヨ。なぜ、私がここにいると思っている?」
 ベルゼが、のどを締め付けられているにもかかわらず、苦しそうな声をひねり出す。
「……さあな」
 問いかけられずとも、その疑問は湧いていた。

 ”正門”を壊し、地下通路に潜り、そこで想定外にもエマール一行と出会したわけだが……彼らからしても、これは招かれざる出来事だったはずだ。
 その証拠に、すぐさま来た道へ引き返し、マーカスが後を追わせないように残った。
 順当に考えれば、ベルゼは敵の足止めをマーカスに任せ、シーザー・J・エマールの護衛に全力を尽くすべきであるが……。
 余剰戦力でもあるのか――しかし一緒にいると思ったガイアは姿も見ていない――ならば他に秘策でもあるのか。

 ありとあらゆる考えが同時多発的に浮かんだが、その全ての思考を”黒シス”に丸投げして、”白シス”は一切の動揺も表さないように注意した。
「デ。実際ノところ、コノ国から逃レラレルと思ってイルノカ」
「っくっく……さあ。しかし――今が窮地でないことは、確信をもって言えるヨ」
 ベルゼが苦しそうに笑った直後に、それが来た。
 なんの前触れもなく。岩壁が盛り上がり、まるでカーテンをかけるかのように、ベルゼとの間を遮ったのだ。

〈これは……!〉
 とりわけ気配や波動に敏感な”黒シス”が、真っ先にその正体に気づく。
「ぽっぽっぽー、はとぽっぽー」
 壁の向こう側から聞こえる声に、”白シス”も遅れて何が起こったかを正確に把握した。
「マサカ……!」
 が、一体どういうわけかを考えている余裕はなかった。

 通路を塞いだ岩壁から、ぽこりぽこりと拳大の卵のような岩を吐き出したのだ。ころりと転がるや否や、頭や手や足が生え、不恰好でのっぺりとした人間が出来上がる。
 シスはその一体を”見えない手”で潰しつつ、大きく後退した。
 しかしゴーレムたちは、仲間が無惨に潰されても、構うことなく一斉に突撃してくる。

〈第一師団支部の! 報告書には目を通しましたが――ここでロキとは! どういうことでしょうかねっ〉
「混乱スルのは分カルが後にシロ! 援護がブレてるゾ!」
〈わかってますよ……!〉

 ”操りの神力”によるゴーレムは、次から次へと生み出されていた。
 一体一体は、さほど強くない。所詮は土塊であり、簡単に崩れる。
 しかし、その数は脅威だった。前方からだけでなく、左右の壁や天井、地面からも”岩の卵”が生み出される。
 しかも、崩されたゴーレムも、自分の体をかき集めて起き上がってしまう。

「一旦退くしかナイな……!」
〈まったく、立つ瀬がありませんね。任せておけと言いながら……!〉
「俺ニぼやくな」
〈おそらく、ニコラさんたち反乱軍も想定外の戦闘に巻き込まれているでしょうし――ここで戦っては、更なる混乱を招きかねません。というわけで……〉

 ”白シス”は脳内でつぶやく声の意図を瞬時に察し、頭上へ向けて力を振り払った。
 ”不可視の魔法”で、思いっきり天井をぶち抜く。空いた穴からは、雲ひとつない晴天がのぞいていた。
 周りを不気味なゴーレムで囲まれていただけに、その爽快さにほっとため息をつき……その時にはすでに、マントが真っ黒に染まっていた。

「さて。では逃げましょうかね」
 迫り来る有象無象を一切無視して。
 ”黒シス”は”白シス”とともに、”無陣転移”を発動した。

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