22.カオス

 スプーナーの創り出した”炎の魔剣”に、目に見えて熱気がまとわりついていた。
 その熱量といったら。
 呼吸をするのも苦になるほどで、喉に渇きが張り付く。キラはぽたりと大粒の汗を流し、”センゴの刀”を構えた。

「我が最強の魔法を見ても逃げ出さないとは……その狂った度胸だけは褒めてやろう」
「諸刃の剣に怯えるほど、僕の目も節穴じゃないからね」

 精一杯の強がりではあったが、事実でもあった。
 目に見えて、スプーナーが疲弊しているのだ。全身から蒸気が立ち上り、肩で息をしている。”炎の魔剣”を握る手は震え、今にも膝が崩れそうだ。
 魔力の消費が激しい上に、あれだけの熱気を誰よりも間近で受け続けているのだ。
 持って一分。うまくすれば、一撃でもスプーナーは昏倒する。

 それだけの勝機があれば――そう思っていた。
「ヘハッ、見つけたぜェ! 強いの!」
 背後……ローランとエリックのいる方から、狂った声が聞こえるまでは。

 キラは心臓を握られたような気がして、はっとして振り向いた。
 クロス一派とエマール直属騎士、それにローランとエリック。ダマのような混沌とした戦場の上に、”狂刃”ジャックがいた。
 細い道を挟む家屋の壁を、物凄まじい速さで走っていた。

「さあ――」
 五秒とたたず。
 壁を蹴って跳躍し。
 短剣とともに突っ込んできた。
「ダンスの続きと洒落込もうぜ、なァ!」

 短い切っ先に体重と勢いの全てをのせた一撃を、キラも無視はできなかった。
 ギリギリでジャックの軌道を読み切り、頭上へ刀を掲げて防ぐ。

「――もろとも斬り伏せてくれる!」
 ついで、”炎の魔剣”を構えたスプーナーが突進してくる。
 轟々と唸る炎の刃を、巻き付く熱気もいっしょにぶつけてくる。

「――ッ」
「っちぃなあ、オイ!」

 キラがしゃがむと同時に、ジャックも腕の力のみで空中へ回避した。
 既のところで焼き切られるのを回避――したはいいが、直後に食らいついてくる熱気に、キラは呻くことも出来ずにあえいだ。
 刃に触れもしていないというのに、焼印を押されたかのような痛みが首筋に張り付く。

 思わず膝を付き、しかし、一瞬たりとも敵二人から目を離さない。
 ジャックは空中で体を捻ってうまく着地し、スプーナーは”炎の魔剣”に振り回されながらも一歩退く。

「少年! 待ってろ、今こそ我輩の――」
「来ちゃだめだ、”平和の味方”!」

 キラは声を喉から押し出しつつ、視線を巡らせた。
 ジャックとスプーナー。どちらかといえば、後者のほうがダメージが大きい――”炎の魔剣”は、どうやら彼には手に余るものらしい。

「エリックを連れて”労働街”に!」
「しかし――」
 それ以上ローランの反論は聞かなかった。

 否、聞けなかった。
 膝を伸ばしてグンッと勢いをつけてスプーナーとの距離を詰めようとしたところ、ジャックが間に割って入ったのだ。

「邪魔!」
「ツレねェじゃねぇか、エェッ?」
 ジャックも、今の炎の一振りを無事に乗り切れたわけではなかった。
 頭の半分を覆う火傷の痕がうつったかのように、右腕がひどく腫れている。

 ただ、短剣をしかと握っているあたり、それほど深手ではないようだった。むしろ、身に迫る危機に高揚したらしく、狂気の笑みを浮かべている。
 薄気味悪さにムッとしつつも、キラは”センゴの刀”を体の陰に隠し突っ込んだ。

「ハッ、上等!」
 ジャックが火傷痕でひきつる唇を釣り上げ、前のめりになる――その瞬間に、キラはためていた力を解き放った。
 下から上へ。真っ直ぐに振り上げる。

 正確に虚を突いたのだと、ジャックが僅かに目を見開いたことで分かった。
 だが、”狂刃”もそこで終わるはずもなく。瞬時の判断で”身体強化の魔法”を施し、一気に接近してきた。

 刀は盾のようにして構えられた短剣に防がれ、火花をちらしながら迫りくる。
「く、ゥ――ッ!」
 そこでキラは、サイドへステップした。
 そうすることで、ジャックの捨て身のような突進から逃れつつ、短剣を流す。

 だが、
「隙、有り」
 ジャックに気を取られたその一瞬を、スプーナーが狙ってきた。

 目がそれた僅かな間に距離を詰め、腰にためた”炎の魔剣”を解き放つ。
 振り払われる灼熱色の剣が横薙ぎに迫り。
 キラが右手を突き出し”雷”をためる。
 ――そんなタイミングで。

「ええ判断しよるで、少年!」
 ほとばしる稲妻とともに、エヴァルトが現れた。
 その手に持つ剣は、さしずめ”雷の魔剣”――絶えずうごめく雷を覆った刃が、灼熱の剣を食い止めた。

「我が最強の魔法が――ッ」
 僅かな拮抗。
 雷と炎が、互いを喰らい。
 衝撃を撒き散らして、ともに散る。
 キラもエヴァルトも、ジャックもスプーナーも、一緒くたに吹き飛ばされた。

「ほんま、割に合わん魔法や――しかもなんや威力落ちとるし。仕留めそこなった……大丈夫か、キラ」
「まあね。そっちは?」
「ちぃとばかし芯に響いたくらいや」

 衝撃波で脳を揺らされクラリとしたが、キラは素早く立ち上がった。そばで膝をつくエヴァルトの様子を気にしつつも、油断なく状況を確認する。
 ”魔剣術”の疲労もあってか、スプーナーはすでに昏倒していた。
 ジャックにしても、衝撃波に吹っ飛ばされたらしく、家屋の壁に埋もれるようにして意識を失っていた。

「それよか、あのクソガキ、ケツ丸出しの変態に抱えられよったが……」
「ああ、うん、それね……。またあとで説明するよ」
「うん? なんやねん、もったいぶってからに」
 エヴァルトが怪訝そうにするのも、よく分かった。

 すでに、混沌とした戦場は消えていた。”魔剣術”の衝突は強敵二人を無力化しただけでなく、エマール直属騎士もクロス一派ももろとも気絶させてしまった。
 まだ戦いの音はあちこちから聞こえるが、少なくとも、この細道の戦場は消えたのだ。

 だが……。
「まあ、気にする必要ないなら別にええか。問題は――お前さん、随分むちゃしよったな。怪我だらけやんけ。今動けても、一度倒れたらもう疲れで動けんくなるで」
 キラは生返事をしつつ、あたりを見回した。
 確かに脅威は去ったはずなのだが、なにか胸騒ぎがするのだ。

 視線を巡らせながらその感覚の正体を探り――一気に肌を貫いてくる違和感に、キラははっとして右腕を振り向けた。
「エヴァルト、屈んで!」
 腕を振り向けるのは、壁のような家屋。

 体の中のエネルギーを引っ張り上げ、ドグドグッと痛いほどに心臓が唸りを上げるのも構わず、一気に右腕から放出させる。
 ”雷”が蛇のごくのたうち回る――その直前に、家を突き破り、キラの第六感の正体が現れた。

 ”青い炎”だった。
 レンガ調の家をものの見事に食い破り、衰えない勢いとともに迫りくる。
 今に飲み込もうとのしかかる”炎”に、キラの”雷”が喰らいつく。

 が――。
「押される……ッ?」
 右腕から飛び出した”雷”は、あいも変わらず凶暴だった。その表面から飛び出す”力”のかけらで壁を砕き、地面を削り、空気を揺らす。
 だと言うのに、”青い炎”に押さえつけられた。
 徐々に、徐々に。昏い青色が侵食する。

 キラは奥歯を噛み締め――とっさに上空へ”力”を向けた。
 未だ”雷の神力”は露ほどもコントロールできなかったが、力いっぱいに腕を傾けることはできた。
 ”雷”は”青い炎”を巻き込んで空へ舞い上がり――晴天を突いて消え去った。

「ハァ、ハァ……ッ! 危なかった……!」
 肩で息をして必死に空気を取り込み、狭まりそうな視界をこじ開け前を見据える。
 何層にも連なっていた家々が、”青い炎”によって食い荒らされていた。災害にでも遭ったかのように、家は崩れ、火が燃え移り、パチリパチリと黒煙を漏らしている。

 そして、奥の方で、
「ヨォ、また会ったな」
 ガイアがニヤリと笑って立っていた。

 キラは一瞬にして理解したような気になって、しかしその事実に混乱した。
 ”青い炎”は明らかにガイアが放ったもの――”授かりし者”だから在り得ることだ――しかしガイアは”硬い肌”という別の”力”を持っていたはず。
 そこまで行き当たり、キラはうめき声を漏らした。

「そうか、”覇術”……!」
「ホォ――気づいたか」
 グンッ、と。さながら、全速力を出す白馬と並走していたランディのように。
 遠くにいたはずのガイアが、すぐ目の前にまで接近していた。

 キラは息を呑み、一歩後ろへ引き、”センゴの刀”を引き寄せ――しかし、ガイアの正面からは逃げなかった。
 腰に拳をためる褐色肌の男は、何やら逸っているように見えた。
 だからこそ、前にあったときのようなフェイントはないと一瞬にして見抜き、さらに拳の軌道も簡単に読み取れた。
 空気を撃ち抜くがごとく放たれる拳を、刀独特の反り返る刃でそらす。

「チッ……!」
「くっ……!」
 万全の体勢で対処し、受け流したはずだった。
 が、”覇術”を伴う拳は想像以上に速く、そして重かった。

 ぐらりと簡単に身体が傾き、転倒を防ごうとして無意識に足が動く――それが、致命的な隙を生んだ。
 ガイアがニィッと牙をむき出しにし、拳を戻して、次のステップを踏む。

 そうして、再び凶悪な砲弾が放たれようとした時、
「こンのアホンダラ! 俺ガン無視かい!」
 褐色の男へ”雷の魔法”が横殴りに降り掛かった。

 エヴァルトの的確な援護に感謝しつつ、キラは即座に体勢を立て直す。
 たまらずガードに入るガイアへ一歩踏み込み、”センゴの刀”を納刀する。
 思い起こすのは、”瞬間移動”を使う”人形”と決着をつけた時だった。刹那の居合斬りを放つさなか、そこに在ったのは静寂だった。
 トクントクンと早まる鼓動とともに、もう一歩。
 そうして、抜刀――。

「ハッ、見様見真似たァ、舐められたもんだなッ!」
 雷をも切り裂く瞬速の居合斬りは、しかし、ガイアの肌を撫でるだけに終わった。
「マジなんやねん、このバケモン……!」
 ついにはエヴァルトの援護も途切れ。

 ”雷の魔法”にも屈しなかったガイアが、再び動き出す。
「好きにはさせない――ッ」
 そこでキラも打って出た。
 エヴァルトの前へ足を運び、右手を突き出して、”雷”を解き放つ。
 ガイアの至近距離で、唸る心臓が暴力を吐き出す――。

「良いじゃねェか!」
 それと同等の凶暴さを、ガイアもはじき出した。
 再びぶつかる、”雷”と”青い炎”。

「ぐ、ぁぁぁああッ!」
 キラは、思わず叫び声を上げた。
 今度は簡単に押し込まれるようなことはなかった――が、威力の薄い箇所から突き抜けた”青い炎”が、左肩をかすめたのだ。
 たった、それだけで。これまでどんな痛みも噛み締めてきたというのに、あまりにもあっけなく苦痛に悶えた。

「まずい、まずいで、これ!」
 一瞬、キラは意識を手放しそうになり。
 その僅かな間に”青い炎”が”雷”を破り。
 エヴァルトが今に”炎”に飲まれそうな身体を引っ張り。
 そして――。

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