18.片っ端から

  ○   ○   ○

 ほぼ同時刻。
 一方、キラはといえば、
「やっぱ読み書きはできたほうが良いよね……」
 ずっと頭の片隅に引っかかっていたコンプレックスを、またがる白馬に向けて吐露していた。

「レオナルドのところじゃ、なんだかんだ言って訓練しかしてなかったし。前に、リリィに図書館につれてってもらうって約束したし」
 ――なんなら、俺が教えてやろうか
「……? 馬なのに?」
 ――あ? 喧嘩売ってんのかっ! 文字教えるぐらい何でもねえっての!
「や、キレられても意味分かんないよ! なんで馬なのに人の文字を理解できるのっ」
 ――ああっ? 話せるからに決まってるだろうが!
「謎理論!」

 こうして馬上で一人ぎゃあぎゃあと騒いでいたところで、空中を駆けるクロスの声が耳に届いたのである。
「うん……? 今のって、エヴァルトの声……じゃなかったよね」
 ——ああ。”貴族街”の方から聞こえたってことは、クロスってやつだろ
「何があったんだろ……。同胞よ、って言ってたよね。反乱軍のことかな? それにしちゃ、変な言い方というか……」
 ――ってか、いまので作戦の内容が漏れたんじゃねえか? 追い詰めろだの囲い込めだの
「んー……。なにか考えがあってのことだとしても、連絡手段もないし……。とりあえず、街に近づいてみよう」

 キラはユニィとともに、エマール領リモン全体を見渡せる場所で待機していた。
 中央に小高くそびえるエマール城や、その周囲を取り囲む”貴族街”、そして山の裾野のごとく広がる”労働街”が、一つにまとまって見える。
 ユニィの自慢の脚力があるからこその配置だったのだが……。

「っていうか、ユニィ。これ、流石に街と距離を置きすぎたんじゃない? 僕も目は悪くないけど、エマールたちが出てきても見えないと思う」
 ――ハッ、甘いな。こういうときこそ”術”を使うんだよ
「”覇術”……って、”覇”をつかう魔法みたいなもの?」
 ——ああ、そうだ。”覇”を操りさえすれば、体の一部を硬化することも、五感を鋭くすることも可能だ。そこに至るまで苦労するわけだがな
「……僕もできるかな」
 ――出来る出来ないじゃねえ。お前も”覇術”を身に着けなきゃなんねえんだよ

 ふと、体の内側で眠るエルトのことを思い起こす。
 彼女も、『いずれ身につけるときが来る』と言っていた。
 避けては通れない道なのだ。”覇”を有している以上、着実に身体が蝕まれ、何もしなければ堕ちてしまう。

「”覇術”を使えるようになれば……僕も、戦場で戦い抜けるかな?」
 ――何の話だ
「エルトに言われたんだ。これまでたくさん戦ってきたけど、いつも誰かがそばにいた――運良く助けられたに過ぎない、って」
 いつもよりゆったりと走る白馬が、わざとらしく鼻を鳴らす。

「笑うとこじゃないでしょ」
 ――馬鹿馬鹿しいから笑ってやったんだよ
「……何が?」
 ――お前、そう言われてどう返した
「どうもこうも……。事実だから、黙ってるしかないじゃん」
 ――聞き方が悪かった。運が良かったと言われて、お前はどう思った
「それでも全力で戦ってくしかない……って」
 ――ほら、馬鹿馬鹿しい
「だから、何が――」

 ――もう答えが出てるじゃねえか。お前みたいなやつは、人に言われたからってやり方変えられるほど器用じゃねえんだから、考え込むだけ無駄だ
「う……。貶されてるんだか、アドバイスされてるんだか……」
 ――それにな。不条理やら理不尽やらってのは、いつ何時降りかかるか分からねえんだ。片っ端からぶちのめしてくしかねえ
「物騒じゃん」
 キラは呆れながらも、胸の中が軽くなったのを感じた。
 しかし、素直に礼を言ってやるのは癪に障り、わざとらしくため息をつく以外には何も反応してやらなかった。

「それで? ”貴族街”とか”労働街”とかの様子って、”覇術”で分かったりしないの?」
 ――今探ってるとこだが……妙だな
「妙?」
 ――先に言っておくが、だいぶ反乱軍が劣勢に傾き始めてる。何がどうなってんのかは知らねえが、三つ巴だ。そのせいでかなりカオスな状況になってやがる
「三つ巴って……第三勢力みたいなのが出てきたって? ……どこから?」
 ――一つしかねえだろ
「じゃあ、さっきの声……クロスの言ってた”同胞”って……。反乱軍じゃなくって、クロス一派的な?」
 ――十中八九、そうだろうよ

 白馬は冷静にいいながらも、内心焦りを感じ始めているようだった。
 それまで大股にゆったりと走っていたというのに、徐々に歩幅を狭めて、スピードに乗り始めている。
 キラも手綱を握りしめて、かちりかちりと煩く鳴り始める”センゴの刀”を意識しつつ、声を大きくして言った。

「だったら、エマールのことはシスに任せて、反乱軍の助けに行かなきゃ。エマールを確保できたとしても、ニコラさんやセドリックたちが死んだら意味がない」
 ――それなんだが……あのヴァンパイア野郎、持ち場を離れてやがらぁ
 忌々しく響く幻聴に、キラはぽかんとした。

「へ……? なんで?」
 ――知ったこっちゃねえよ、くそヴァンパイアの考えることなんざな!
「前から思ってたけど、ほんとヴァンパイアのこと嫌いなんだ……」
 ――ったりめえだ、クソ忌々しい!
「わ、分かったから……。で、何が妙な感じがしたの?」
 ――ああ? ああ……。一つは、どうやらエマール直属の騎士どもが俺らの方に迫ってる。そら、今に見える

 白馬が鼻先で示したのは、エマール領リモンの”正門”だった。
 シスの仕業なのか、何やら砂煙がもうもうと立ち込めていた。しばらくすると、びゅう、と吹きすさぶ風で晴れ……”正門”はおろか”正門通り”の両端の壁も、粉々に崩れている。
 その惨状の中で、黄色いマントを右肩から垂らした騎士たちが右往左往をしていた――のだが、一人が指差してくるや、またたく間に集団となって迫ってきた。

「あの動き方……もしかして、元々シスを狙ってたのかな? あの辺りが持ち場だったよね」
 ――ケッ、気に入らねえ。ヴァンパイア野郎の尻拭いとはな!
 キラが苦笑していると、ユニィはブルルンッと大きく鼻を鳴らした。
 怒りで蹄を地面に食い込ませ、土塊を後方へ蹴っ飛ばし、エマール直属騎士の集団へと突っ込んでいく。

 ユニィならば、大した苦労もなく彼らを一網打尽にできる。
 半ばそう確信していたが……。
「ユニィ、君は一刻も早く反乱軍の方へ。三つ巴なんて最悪な状況、変えてきてほしい」
 ――あ? あいつらはどうすんだよ
「もちろん、僕が引きつけておくよ。合流なんかさせやしない」
 ――ほう? だが、多勢に無勢だ。魔法だって使ってきやがる……やれんのかよ

 本当のところ、何も考えてはなかった。屈強な騎士たちを相手に勝ち抜くイメージが、全くといっていいほど浮かばない。
 それでも、彼らを避けるという選択肢は、キラには毛頭なかった。
「出来ることをやるだけさ――片っ端からぶちのめす」
 ――カッ、いいじゃねえか!
 嬉しそうに白馬が言い、甲高くいななく。
 ――先手打って鼻っ柱を折ってやる。その隙に暴れまわれ!

 白馬は一段とスピードを上げ、そのさまを脅威に感じ取ったらしいエマール直属騎士たちは魔法を唱え始めた。
 しかし、ユニィの速力はもの凄まじく――魔法が放たれる前に、敵の懐へと潜り込む。
「なんだこの馬!」
「敵襲!」
「絶対に通してはならん!」

 四方八方、騎士たちの警戒した声が降りかかる。
 そんな中でユニィは高らかに足を振り上げ、その蹄を地面に叩きつけた。
 あいも変わらず。暴虐なまでの破壊力が大地を穿ち、あたりに衝撃波を撒き散らした。
 想定の斜め上をいく襲撃に、騎士たちの連携に乱れが生じ――キラはこれに乗じて、白馬から飛び降りた。
 膝を曲げて着地して、手近な騎士へ狙いを定め、抜刀。
「ぐぁ……!」

 一人が血しぶきと一緒になって地面へ転がる前に、もうひとり、足を切り裂いて押し倒す。
 ――その調子だ!
 快活な幻聴が頭の中に響き、白馬の再度いなないて戦線を離脱する。
 ――気ぃ抜くんじゃねえぞ! 城のほうから”神力”を二つ感じる!
 その詳細を問いただしかったものの、素早く攻め寄ってくる騎士を相手にしていては、それも叶わなかった。

 敵意むき出しの騎士たちに囲まれ。剣と魔法の脅威にさらされて。キラはいくつか分かったことがあった。
 詠唱の有無により、天と地ほどに対処のしやすさが変わってくる。
 『魔法が先か言葉が先か』という格言があるように、魔法と言葉は表裏一体をなしているのだ。
 つまるところ、ぶつぶつと呟かれる詠唱に注意を払ってさえいれば、簡単に対応できる。

 問題は、詠唱のない魔法だった。リリィの”紅の炎”のごとく、突発的に魔法現象が迫り、瞬間的な判断を余儀なくされる。
 どんな原理が働いているか考える間もなかったが――それでも戦い続けられたのは、どれも単調になりがちだったためである。
 炎は直線的に飛び。氷は直線上に発生し。土塊は数も少ない。術者の目線でその軌道を読み取れた。

「”大地よ、彼奴の足元を――”」
「”風よ、地を這い――”」
「”炎よ、渦巻いて――”」

 しかし何より厄介だったのが、騎士たちの連携の仕方だった。
 日頃の訓練の成果か、三十という数の人間が襲いかかってくるというのに、それぞれくっきりと役割を分けている。
 半分が剣を持って接近戦を仕掛け、ときに無詠唱の魔法を放ち。もう半分が長々とした詠唱をブツブツと口にして、強力な魔法を解き放つ。
 味方を巻き込もうとも、一切の躊躇なく。それでも近接戦闘を仕掛けてくる騎士たちには、”預かり傭兵”を前にしたときと同種の気持ち悪さがあった。

「――ッ」
 キラは草はらの合間から突き出る土の棘を避け、その瞬間を狙ってきた騎士に対処する。
 胴体を薙ごうとする剣を刀で受け――火花をちらしつつ凶刃を弾き――ざっと周囲の状況に視線を巡らせる。襲いかかってきた剣士は一人。援護に駆けつけようとしているのが二人。

 しかし、その三人の後方に、今に魔法を放とうとするのが二人いる。
 そのうち一方が、地面を削る鋭い風の刃を放ってきた。
 さらにもう一人が放出する炎が、逃げ道を塞ぐかのように凄まじい勢いで囲い込んでくる。大地すら焦がす輪の中に、近接騎士たち三人とともに取り残される。

「ふ、ンッ……!」
 キラは手近にいる剣士を、思いっきり蹴りつけた。
 もちろんそれだけでは少し体制を崩すだけで、倒れてはくれない――だがそのおかげで、蹴った勢いと反動を利用して間一髪で逃れられた。
 よろめく味方の前に躍り出た二人の騎士が、黄色いマントをはためかせ、それぞれに襲いかかってくる。

「もう逃げられんぞ!」
「観念しろ、”悪魔”め!」
 背後に炎の壁のプレッシャーを感じながらも、キラは謂われなき罵倒に眉をしかめた。
「悪魔……?」

 つぶやくうちにも、一人が躍りかかる。
 上から降りかかる、真っ直ぐでさばきやすい剣筋。
 だが。騎士の体から見え隠れするもうひとりの存在や、背後で燃え盛る壁、輪の外の様子が見えないことも相まって、選択肢が狭くなっていた。

 キラは刀で受け止め――思わず舌打ちをした。
 刃と刃がぶつかるそのタイミングで、まばゆい光が走ったのだ。
「くぅ……っ」
 とっさに目をつむり、なおもまぶたに突き刺さる眩しさに呻く。

 それでも隙を見せてはならないのだと、キラは半ば無理やり身体を動かした。
 一瞬前の残像と刀から伝わる感触を頼りに、対峙する騎士を攻める。
 交わった刃を弾きあげ、手首を返して、鋭く振り抜く。

 うめき声、のちに、金属音。
 狙い通り、寸分違わず、甲冑の隙間を縫って脇を引き裂いたらしかった。
 このチャンスを逃さず、キラは一気に畳み掛けた。大きく踏み込んで懐へ入り込み、思い切ったタックルをかます。
 一緒になって地面へ倒れ込んだところで、ようやく目を開けられるようになった。

 そこへ、
「忌々しい”悪魔”がッ!」
 剣を振りかぶる影が一つ。
 キラは目を細めながら剣先を見上げ、ピタリと静止する。
 敵が迷いなく腕を振り下ろし――ぎりぎりのタイミングで、ぱっと横っ飛びに避けた。
 勢いのある凶刃が、気味の悪い音を伴って、仲間であるはずの騎士の顔面を叩き潰す。

「悪魔め……!」
「そんな戦い方するから――ッ!」
 身軽に立ち上がり、キラは相手の動揺につけ込んだ。
 無駄も躊躇も、一切を省いて、一刀両断。
 ごとりと、地面に跳ねる音がした。

「貴様ァァァッ!」
 炎の輪の中に残されているのは、あと一人だけ。
 怒りと憎しみで激高し、動きの単調になっていては、敵ではなかった。
 ”センゴの刀”を振り切った背後でぱたりと倒れ、同時に、あたりを囲んでいた炎の壁も勢いが弱まっていく。

 陽炎の向こう側で、エマール直属の騎士たちが輪の中の惨状にどよめき……、
「あと七人……」
 否が応でも実力差を実感したのか、先程までの鬼気迫る連携は崩れていった。

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