72.潜入開始

 そして、五日後の真昼。
 リリィはセレナと相乗りをして、遠くに広がる王都を見渡せる丘陵にいた。
「ざっと見たところ、帝国軍による破壊活動は行われていませんわね」
 望遠鏡から目を離し、前側にまたがるセレナに手渡す。
「しかし……皆、こんな無茶な作戦をよく頷いてくれたものです」
「ええ。わたくしも、なぜこんな無茶を許諾してしまったか……疲れてたからかしら」

 エマによって最終的に採決された作戦は、こうだ。
 なにはともあれ、全軍が王都につかないことには、『王都奪還』という目的へ向かってスタートも切れない。
 ”王国軍”は千人を切る少数精鋭の軍ではあるものの、それでも千人という人数が一斉に動く。王都までの道のりは最低でも一週間と時間がかかり、どれだけ切り詰めても食料が必要となる。
 のそのそとしている間に、取り戻すべきものがなくなってしまう可能性もある。

 そこで、『かの英雄の愛馬は、歴史上最速の駿馬である』という言葉を聞いたエマが、いち早くスタートを切るという手段を提案したのである。
 つまり。リリィとセレナがユニィに乗って、一足早く王都にたどり着き。ユニィに王都の防壁を壊しまくってもらい。その混乱に乗じてリリィが乗り込むというものだった。
 そうして帝国軍の警戒度を最大にまで引き上げ、かつ、セレナとユニィが連携で攻撃を続けることにより、『王国軍』の到着までの時間を稼ぐのだ。

「絶対……お父様なら採用しない策ね」
「シリウス様は堅実派ですから。今回の『一旦王都を陥落させる』という案を飲んだのも、私としては衝撃でした」
「なら、今回のは卒倒ものね。馬が作戦の主軸だもの」

 すると、リリィの言葉にユニィが反論した。
 王都ではないあらぬ方向をじっと見ていたのだが、首をぐいと曲げて、真ん丸な黒目でじっと見つめてきたのである。フンフンと鼻を鳴らすさまは、ひどく憤慨しているようだった。
 セレナがその人間らしさに珍しくも声を漏らして笑い……リリィは、こっそりとまた幻聴が聞こえてくるのではないだろうかと期待していた。
 が、結局頭に響くものはなく、ユニィは再び前を見つめ直してしまった。

「シリウス様もアラン様も……大丈夫でしょうか」
 代わりに聞こえたのは、ここに来て初めてつぶやかれたセレナの不安だった。
 リリィもその不安に煽られそうになった。だが、それを唇を噛んでぐっとこらえ、セレナの手綱を握っている手に触れる。
「大丈夫。父もアランも、やわな人間じゃないもの」
「……そうですね。半日おきの”使い魔手紙”でも、処刑の確認はされていませんし」
「だからこそ、ここからは迅速にことをなすわよ。予定では二日後に軍が到着するけど、あの雰囲気からして、皆無理を押してすぐにでも来るはず」
「そうなれば、本来の力を出せる騎士はごくわずか。いかに帝国軍に混乱をもたらすか……その連携にほころびを作るか。ということですね」
「ええ。わたくしも、隙をみて連携の起点となる人物を排除していくわ」
「はい。――では」
「いきましょう」

 やはり白馬は、自分が何をすべきかきちんと分かっているようだった。やる気を声に出すかのように甲高く嘶き、走る。
 そのスピードたるや。
 この五日間の疾走で分かってはいたが……二人の人間を乗せ、荷物を鞍にひっさげ、さらには五日分の疲労もあるはずなのに、これまでで一番速かった。

 ぐんぐんと王都へと近づき、あっというまに防壁に立つ見張りの様子を見て取れるようになる。
 常ならば竜ノ騎士団の管理下に在るそこには、帝国の軍服を着た兵士が立っている。
 そんな様子を憎たらしく思う余裕すらない。リリィはセレナと一緒になって白馬の背中に、なんとか飛ばされないように張り付く。

 そして、異変に気づいたらしい兵士たちが動きを見せるが、ユニィ相手にはひどく緩慢な対応だった。
「警戒――」
 ――いくぞオラァ!
 高ぶったらしい白馬の幻聴が、今更ながらに頭の中に響く。

 いきなりのことにびっくりする暇もない。
 空をかけるように高く跳躍した白馬が、防壁めがけて強烈な蹴りを振り下ろしたのだ。
 砂の城を踏み壊すがごとく。白馬の蹄が堅牢な石造りにめり込み、いともたやすくひび割れさせる。
 亀裂は一帯の防壁へ瞬時につたい――崩壊。帝国軍兵士たちは、異常事態に対応しようと動き出した瞬間の体勢のまま、防壁の崩落に飲み込まれた。
 ――まだ飛び出すんじゃねえぞ! とびっきりのが残ってっからな!
 ユニィは崩落する防壁に目もくれず、すぐさま走り出した。

「これは……さすがに……!」
「なぜ五日も走り続けて――今までにない速さを……っ」
 ――ハッハァ! そりゃ鍛え方がちげえんだよ!
 リリィの頭の中に響く幻聴は、ひどく楽しそうだった。その声音には、一切の疲れも鈍りもない。

 白馬は高笑いしながらも、きちんと手はず通りに動いた。
 防壁に沿うようにして走り、帝国兵士を見つけては跳躍、そして破壊を繰り返す。
 しかし、その威力には何やら大きな差があり、防壁を地面ごとえぐるかのような爆発力もあれば、一部瓦解させるだけの小規模に抑えた一撃もあった。
 ただ、どちらにしろ考えられないほどの威力であることには違いなく、飛び退るたびに帝国兵士の悲鳴や混乱の声が多く耳に届いていた。

 ――いいか、次だ! 次は防壁じゃなく地面をえぐってやるから、魔法で土埃を巻き起こせ! そしたら王都に入り込めよ!
 耳元で唸る風をかき消すように、頭の中で白馬の声が鳴り響く。
 リリィはもはやその不可思議さに気にかけることもできず、ただそれに負けないくらいに声を張り上げた。

「セレナ、この次――次の攻撃に合わせて風の魔法を!」
「わかりました……!」
 セレナが息を切らしつつも、ぶつぶつと呪文を唱え始める。その声はかすれるほどに小さなもので、白馬が轟々と走り風を突っ切っていくせいで、一つたりともその意味を汲み取れない。
 どのタイミングで白馬の背中から離れるべきか。
 迷っている暇もなく、ユニィは地面へ向けて降下を始めていた。

 目にも止まらぬ高速の勢いで地面へ突撃し、その蹄で思いっきりぶち抜く。
 もはや、セレナの補助はいらないのではないかと思うほどに。大地が割れると同時に、土埃が一斉に上空へと湧き上がる。
 更にそこへ突き上げるような突風が発生し、
 ――今だ! 上から屋根へ向かって跳べ!
 ユニィの合図とともに、リリィはその背中を蹴った。

 セレナの魔法の勢いも相まって、身体はふわりと空中に浮く。上手くバランスを取りつつ、真っ茶色に視界がくすむ中、”紅の炎”で空を踏む。
 そうして土埃の竜巻から抜け出たときには、すでに防壁を越えていた。
 眼下の王都へ、さっと視線を巡らせる。そこは、西に位置するエルトリア邸とは真逆の場所……セレナがよく買い物に出かける王都東側の商業地区だった。

 いつもと変わらぬ――いや、それ以上の賑わいが、足元に見える商店街にはあった。
 リリィは眉をひそめつつ、人々の目が茶色い竜巻に向けられているのを察知し、”紅の炎”とともに家屋の屋根へと着地する。
「一体どういうこと……?」
 身をかがめ、屋根の端にまで移動して、眼下の商店街を覗き見る。

 幅広な道の両側に多くのパン屋が軒を並べる商店の一角……通称”パン屋通り”には、見間違いようもないほど、人で一杯になっていた。
 突如として発生した竜巻に一様に怯える中、身構える姿がちらほらある。帝国軍の証である黒染めの鎧を着た兵士たちが、何人も商店街を行き交いする人通りに紛れていたのだ。

 すると、竜巻に恐れをなしたのか、一人の兵士が奇声を発した。そうして、近くにいる青年の胸ぐらをひっつかみ、何事か騒ぎ立てる。
 そうして、近くにいたもう一人の兵士が急いで駆け寄ったかと思うと、仲間を思いっきりぶん殴った。地面に倒れ込む兵士には目もくれず、青年を気にかける。
 リリィが頭に血を上らせる間もなかった。
「帝国軍が王都民を気にかけてる……? ほんと……王都を離れていた間に何が?」
 ことはそれだけに収まらなかった。
 なんと、仲間に殴られ地面にうずくまったままでいる兵士に、王都民がかけよったのである。一人だけでなく、若い男も老婆も、助け起こしてやっている。

「おやまあ! 屋根で物音がしたと思ったら……エルトリアのお嬢様じゃない!」
 背中にかけられた声に、リリィはびくりと肩を震わせた。
 振り返った先には、屋根裏からひょこりと顔を出す中年女性がいた。頭に頭巾を巻き、ふっくらとした顔つきをしたその人物は、リリィにとっても馴染みのある人物だった。
「ナタリーさん……無事で何よりですわ。しかし――もう少し声を落としてくださいますか?」
「おっと、こりゃ失敬。……騎士団のみんなは捕まったもんだと思ってびっくりして!」

 あっはっは! と嵐も吹き飛ばすような笑い声にヒヤリとし、リリィは慌てて屋根の端から飛び退った。その勢いのまま、天窓から顔を出すナタリーのそばにまで近寄る。
「ともかく、少しばかり匿っていただけませんか? 事情も説明いたしますので」
「そりゃかまわないよ。ほら、おいで」
 どこまでもマイペースに言うナタリーに肩を落としつつ、その手招きに従う。
 うっかり落ちてしまわないように注意しつつ、屋根裏から伸びるはしごに足をかけ、しっかりと確認しながら降りていく。

 天窓を閉めて、はしごから体を離し、すとんと床に着地する。
「流石! あたしだったらすっ転んで頭打つのがオチさね」
「こういうことには慣れているというだけですわ」
 屋根裏は、どうやら召使いの少女の部屋となっているようだった。調度品のきれいに整えられた部屋の中でも、特に気を使っているらしい化粧台の近くで、呆然として立ち尽くしている。
「ミリー! あんた、幸運だね! 昨日『憧れの騎士様に会いたい!』って言ってたそばからこれだよ。固まって挨拶もできなくっちゃあ、あとで後悔してもしきれないよ?」
「あ……! あの、はじめまっ……!」

 緊張のあまりか、小さな背を目いっぱいにピンと伸ばした少女は、見てて分かるほどに思いっきり舌を噛んだ。
 ガッ、という生々しい音も聞こえた気がして、リリィは一瞬息を呑んだ。
 なんとか表面上は取り繕い、少女に近寄りその頬に手を当ててやる。
「”光よ、癒やし給え”」
「温かい……魔法……。あ、舌、全然痛くない……! ありがとう、ございます!」
 親子でもないというのに、ミリーと呼ばれた少女がナタリーそっくりに見えた気がした。
 ニッコリと微笑んでうなずきその茶髪をなでつつ、リリィはナタリーに問いかけた。

「通りの様子を見る限りでは、いつもどおりと変わりないようですわね?」
「ええ、ええ。順調も順調――普段よりも忙しいくらいさ。一昨日なんか、パンもジャムも午前中で売れ切れちまってね。って言ってたら……」
 階下から、勢いのある「今日はもう店じまいさあ!」という男の声が突き上げてきた。
「客足が増えたのは良いけど、あたしも旦那もてんてこ舞いでね。ミリーもこの時間まで寝てるくらい、夜遅くまで無理させちまって……」
「あ、あの、私、もっと……」
「おだまり! 召使いが主人に口答えしないの! もっと寝て、もっと食べて、もっと遊んどきなさい!」
 どんな怒り方をしているんだろう、という疑問が口から出かけたが、リリィは何とか苦笑するだけにとどめた。

 すると、階下からどたどたと無粋なくらいの大きな足音が近づき、まもなくミリーの部屋の扉がノックもなく開け放たれた。
「今日も大儲け! がっぽがっぽ――おやっ、お嬢様、こりゃあどうも!」
「うるさいったらありゃしないね! 女の子の部屋を何のけなしに開けるんじゃないよ! ほら、さっさと店じめ!」
 姿を現して三秒とたたず。人の良さそうな恰幅のいい男の姿は、扉によって隠されてしまった。
 しゅんとして階段を降りていくのが、小さな足音でも如実に感じ取れる。

「相変わらずですわね」
「こんなところを人様にお見せするだなんて……!」
「まあ、まあ。今回はわたくしが悪い面もありましたから。――それで、現在の王都についてお話を聞かせてもらえませんこと? 先程帰ってきたばかりでして、状況を把握しきれていないのです」
「へえ! ああ、でも、なるほど! そういうことなら、二階のアタシの部屋で。ミリー、三人分の紅茶を」
 少女は嬉しそうに頷き……はてと首を傾げた?

「二人分、ではなくて?」
「あんたも話に混ざるの! 騎士になりたいんでしょ? だったら、堂々と同席しなさい!」
 またもよくわからない叱責にミリーは感激しながら背筋を伸ばし、小走りに部屋を出ていった。

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