71.ローラ

「王都陥落の知らせが届いた以上、こちらの思惑通りに王都で事が動いていると信じるしかありませんが……。しかし、こちらではいくつか想定外の事態が発生していますわ。ランディ殿とキラの行方不明に、ロキと名乗る”授かりし者”の騎士団支部襲撃……」

 事態の変化を知らないクロエとローラが、わずかに顔色を変えてソワソワとしはじめた。すると、ステーキを切り分けていた手を止めたセレナが、そそくさと二人の元へ向かい、こそこそと説明を始める。
 エマはその様子を見つつ、ゆったりとした口調で続けた。

「痛いとこだよね~……。なんといっても、それで人手も戦力も、ゴリッと削られたわけだから。とくに、英雄の力に頼れないのはね……」
「正面突破が、当初の予定でしたわよね?」
「そ。”不死身の英雄”は、帝国軍にとってはもはや恐怖の象徴だろうからね。それと、噂のキラくん――彼は、君のお母さんにも劣らない腕前なんでしょ?」
「ええ……そうですわ」
「おう、意外。ちょっと浮かないね?」
「そうではありませんわよ。彼の身を案じているだけで……。それで?」
「”王国一の剣士”の再来ってことで、帝国軍を揺さぶれる。相手側に”授かりし者”がいるけど、こっちにもいるから五分五分……だからこんな無茶も通せたんだけど。なかなかうまく行かないよね~」

 ローラと一緒にセレナからざっと話を聞いたクロエは、すぐにその聡明な頭を働かせた。
「であるならば、今回の目標は『王都奪還』というよりも『王城奪還』でしょう。現段階で、帝国は城を占拠しているはず。となれば、少数精鋭の編成で地下通路を通り、城を奪取する他ありません」
「んだね~。っていっても、あちらさんもそれを想定していることは間違いないわけで。ってことは、こっちとしても無理やりあっちの手数を減らすしかないわけさ」
「……というと?」
「セレナ元帥とクロエちゃん、そして私。この三人でそれぞれ分散して、王都外部から襲撃をかけるわけさ。きっと、防壁付近には帝国軍かエマールの手下の見張りが付いてるだろうし」

「なるほど……。三つの地点で同時多発的に仕掛け、軍を動かさざるを得ない状況に引き込むというわけですか」
「そ。で、揺さぶっている間にリリィ元帥に王城に接近してもらう。ただ、直接城に乗り込むのは割と不可能に近い。なんといっても、”闇”を操る”授かりし者”がいるからね~。シスの報告だと、暗闇がある限り居場所を察知してくるそうだから」
「王都襲撃のあの時、空を”闇”が覆っていました……。あの力の強大さを見る限り、その程度のこと造作も無いでしょうね」

「しかも、察知されたらひとたまりもない。なんと言っても地下通路……暗闇の中で、さらにはほぼ一方通行。前後を抑えられたら、身動きが取れなくなる」
「ということは……太陽ののぼる真昼間に、地上から侵入を試みるほかありませんね」
「うん。最善なのは、地下通路を一瞬だけ使うこと。敵の監視があるであろう防壁を超えた先で、地下通路から抜け出られたら最高なんだけど……ローラ女王、地下通路にそういう抜け道的なとこってある?」
 いきなり話題を振られたローラは、少し驚きながらも、残念そうに首を振った。
「私の使った地下通路は、王家の脱出口。これを使うということは緊急事態ということですから、他との接触が極力ないよう、出口は一つしか設けていないものと聞いております」

 エマは納得しながらも悔しそうにうなり……食事を終えたリリィは、ふと頭に浮かんだ言葉を並べ立てた。
「誰の目にもつかず防壁を越える……その意図は、防壁付近で監視をしているであろう帝国軍に見つかり、追いかけられて街中での戦闘が始まるのを避けるためですわよね」
「まあね」
「ということは、なにも地下通路を使わずとも、混乱に乗じて王都へはいりこめばよいのでは?」
「それって、防壁を攻撃して、とかなんとかでしょ? でも、どんなに上手く取り繕っても、防壁を超えていかなきゃいけない時点で、絶対に人目についちゃうと思うんだけど」

「多少手荒ですが……ユニィならば可能では?」
「ユニィ……。うん? 誰?」
「ランディ殿の愛馬ですわよ」
「馬ぁ? 馬が……なに、どうするの?」
「ですから、防壁を派手に破壊してもらうのですわ。何もかもを粉々にすれば……」
「待って、待って。馬でしょ。何いってんの?」

 そこで初めて、リリィは皆の様子に気がついた。
 一人、クロエだけが顔を輝かせて凄い勢いで頷いているものの、エマもアンもローラも、セレナでさえも疑わしげに頭を傾けている。

「だって、あのユニィですわよ。ドラゴンを一撃で撃ち落としたり、闘技場を崩落させたり、空だって飛んだり。防壁の一つや二つ、落とせないはずもございません」
「ドラゴン? 崩落? ……嘘でしょ」
 一つとして信じようとしないエマにリリィがやきもきとしていたところ、クロエという救世主が現れた。
「素晴らしい! やはりかの英雄の愛馬っ……数々の逸話をこうして目撃談として聞けるとは、何たる幸運!」
「クロエちゃん? 英雄マニアなのは分かってるけど……馬だよ? そんなことが出来るとは到底……」
「では、エマさん、リリィさんがとんでもない嘘つきというのですか?」

 クロエの援護に合わせて、リリィはムッとした表情をしてみせた。
 実際には、クロエの興奮を目の当たりにして、逆に冷静になってしまっていたが……それでも、あの白馬のもたらした衝撃の数々は夢などではないとはっきりと言える。
 きっと、ユニィは一縷の望みをつないでくれる。そう信じたからこそ、心にもない表情を仲間に見せることができた。

「……わかったよ。でも、もう少し確証が欲しいんだよ。大体、馬に言葉が通じる? いや、そりゃ賢い生き物だけどさ……ここをこうして破壊して、っていって分かるかな?」
「お馬さん、喋りましたよ……。寂しそうに『よろしくな』って」
 控えめに言ったのは、ローラだった。

 クロエでさえもぎょっとする中、リリィには脳裏に蘇るものがあった。
 リモンの闘技場の戦いにて……。キラの様子がおかしくなったところで、頭の中に響く男の声があったのだ。
 声を届けろだの何だの、色々と一方的にアドバイスした上で、途端に消えてしまったが……その後に、危機を察知したかのようにユニィが登場した。
 あの声がユニィのものだとしたら……。

「その一度以来、あの声は聞こえていませんが……私やクロエさんの言葉を、まるで全部理解したかのような動きをしていたのは確かです。止まってといえば止まってくれましたし、お水を飲みますかって聞いたら首を振りました」
「むぅ……。リリィ元帥は? 旅をしていてそういう事はあった?」
「わたくしも、一度だけ。ユニィが近くに居ないときに声が……。それに、思い返してみれば、たしかにわたくしたちの言葉をよく理解していたように思えますわ。よくランディ殿と喧嘩していましたし」

 すると、眉を歪めて首を傾げていたクロエが、徐々に顔を晴れやかにしていった。
「なるほど……! かの英雄の愛馬がしゃべるのだと逸話に残されていなかったのは、限られた人間にしか聞こえていなかったから……! ということは、私はもしや――とんでもない伝説の証言を聞いているのでは……ッ?」
 なにやら熱を込めてぶつぶつと呟き始め、その不気味さにローラも引いていた。
 エマもセレナもアンも、そろりと視線を外して彼女の言葉には一切触れようとせず、話を運んでいく。

「まだ信じ切ることはできないんだけど……お二人さんがウソを付くとも思えないし、こんな場で何かの見間違いやら勘違いやらを口走ったりすることもないだろうし。セレナ元帥とアンちゃんはどう? 馬に任せていいと思う?」
「良いかと思います。私も、短い間ですがユニィと触れ合ってみて、普通の馬とは違う行動を体験していますから。ゴブリンを自ら潰しに行ったり」
「私も……。みなさまが良しとされるならば。どのみち、他に方法はないみたいですから」
 セレナの言葉やアンの指摘はエマに突き刺さったらしく、彼女は仕方がなさそうにため息を付いていた。
「わかった。じゃあ、その方向性で。だけど――クロエちゃん」

 興奮気味にずっとブツブツとつぶやいていたクロエは、エマの声ではたと我を取り戻した。
「はい?」
「白馬のユニィを防壁突破のカギとするってことは、サーベラス騎士団にも王国騎士軍にも伝えないでね。正気かって思われて、作戦への信頼性が少しでも下がると、この状況じゃ取り返しのつかないことに繋がりかねないから」
「む、そこは……」
「いいね?」
「わかりました……。しかし、それでは『王城奪還』という役目を担えるのがリリィさんのみとなってしまいますが」
「そこは少し煮詰めていかないとだよね~。……ちょっと思ったんだけどさ、リリィ元帥。ユニィに乗って一直線に王城までってのは?」

 リリィはエマの問いかけとクロエのキラキラとした視線に、首を横に振った。
「あまり考えないほうがよろしいかと。ユニィが何を出来るか、全てを把握しているわけではありませんし……仮に王城を取り戻すため、あの破壊力を向けようものなら、城はおろか王都に住む民にまで被害が出かねませんわ。取り戻すべきものを潰しかねません」
「じゃあ、元帥一人で王城奪還は可能そう?」
「正直、現実的ではないでしょうね。報告を受けているかもしれませんが、ブラックという帝国軍のリーダーは、得体のしれない強さを持っています。わたくしも負けるつもりは毛頭ありませんが、正面切っての戦闘はあまり望むところではありません。こと、奪還という目的がある以上は」
「う~ん……じゃあ~……。……あ! ローラ女王、ちょっと確かめたいことがあるんだけど」

 それからの議論は、思いついては首をかしげる、ということが続いた。
 エマやセレナを中心として、リリィとクロエとアン、ローラも加わり……ああだこうだと具体的に配置を決めていく。
 その内に王国騎士軍も到着し、クロエが席を外し。その代理というように会議に参加したサーベラスの知恵も借りつつ。最終的には、王国騎士軍、サーベラス騎士団の将校を含め、『王都奪還』というゴールへ向けてすべてを煮詰めていった。

 そうして出来上がったのが、『ローラの号令』作戦である。
 王城を守ることに特化した王国騎士軍、サーベラス領を守るべく独自に発展したサーベラス騎士団。さらに王国全土を守る竜ノ騎士団。
 王国と関わりが深くも、互いに直接的に関与したことのなかった三つの騎士団が、王国史上初めて”女王”ローラの名と旗のもとに”王国軍”を結成したのであった。

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