66.第二師団支部

 その一報が入ったのは、ケーキの程よい甘さに頬を緩めつつ食べ終え、そろそろ本格的に議論に入ろうかというときだった。
 第二師団支部からエマに対し、リンク・イヤリングを通じて緊急の援助要請が入ったのだ。

「怪しい人影……直後に巨大ゴーレム。今、レーヴァが交戦中なんだね?」

 エマの口から漏れるボソボソとした声に、リリィは機敏に反応した。
 その動きとアイコンタクトにセレナも素早く応え、主が立ち上がると同時にそそくさと部屋の隅のクローゼットへ向かう。
 メイドのアンも、慌ただしく部屋を出ていった。

「エマ! 第二師団支部へはわたくしが赴きますわ。絶対に見失わないよう指示を」
「分かってるよ。――うん。まあ、大方の予想通り。リリィ元帥がそっち行くから……」
「セレナ。あなたはここに。ほかの支部からも術者らしき目撃情報があれば、迷わずその真偽を確認しなさい」
「了解しました」

 セレナに手伝ってもらいながらワンピースを脱ぎ、戦闘準備を整えていく。
 体にピッタリと張り付くような紅のインナーをきて、その上から甲冑を装着していく。脚と腰、胸当て、肘当てにガントレット。
 左腰に剣を引っさげ、黄金色のつややかな髪の毛をポニーテールにして縛る。
 金属特有の音が重なる中、準備を完了し、するとちょうどよくアンが戻ってきた。

「サーベラス様に許可をいただきました。いつでも出立できますよ」
「ありがとう。――セレナ、留守を頼むわよ」
「はい。どうぞ、お気をつけて」
 アンに案内されて、リリィは部屋を出た。
 サーベラス家の邸宅内に広がる絨毯を、金属音と一緒に踏み歩いていく。長い廊下を渡りきり、突き当りの螺旋階段で下へ下へと降りてゆく。

 サーベラス邸は広い屋敷だった。尖塔で成り立っているかのような外観は城そのもので、実際、遠い過去に王城とされていたほどだった。
 が、その広さと荘厳さのある屋敷には、一人として召使いがいない。注意して見れば、隅の方では埃っぽさが目立ち、小さな蜘蛛が窓を這っている。
 掃除のプロであるメイドでなくとも、例えばサーベラス領を囲うサーベラス騎士団に週に一回でも掃除をさせればまだマシだが……それすらも嫌うのが、しきたりと伝統と秩序を重んじるルベル・サーベラスという人物だった。
 何から何まで変わったことだらけのサーベラス家。
 そのすべての原因が、リリィとアンの向かう先に詰まっていた。

「”転移の石版”……いつ見ても、不思議なものですわね」
「正確には、”記憶の石版”の〝転移の碑〟にございます」
 ひどく暗い地下室のその真ん中。地面に生えたかのように直立するのは、高さ三メートルはある巨大な石碑だった。
 つるりとした表面には、何百人という学者が八百年もかけてようやく解読できた、意味不明の文字列が刻まれている。

 ”天変地異”以降、世界各地で出土した”旧世界の遺物”。
 その中でも、文字と一緒に魔法を埋め込まれた石版が各地で確認され、これを”記憶の石版”とした。
 そしてそのうち、エグバート王国内で発見された”転移の碑”。これを守ることが、サーベラス家の使命なのである。

「一応、使い方を。石版に手を触れ、魔力をつなげてください。詠唱は要りません。ただ強く、明確な場所のイメージが必要です。地形、建物、その場所の名前……ありとあらゆる情報を頭に思い浮かべてください」
「本当に、何から何まで例外的ですわね。単なる”モノ”が、人と同じく魔力を有しているだなんて。実は人が入っているんじゃないかと、エマが疑っているんですのよ」
「面白い冗談です。しかし――そう疑ってしまう気持ちが分かってしまう自分が居ます。調べれば調べるほどに興味深いものです」

「もしかしたら”旧世界の遺物”と呼ぶべきものではないと、セレナに熱弁されたことがありますが……」
「”転移の碑”を有するサーベラス領には、サーベラス家の人間以外の滞在を禁ずる……と定められておりますが、私としても、あれほど”旧世界の遺物”に熱心になる方の来訪を断るのは、胸が引き裂かれる思いがします」
「セレナが一番ここに来たかったでしょうけどね。『熱意に引っ張られてしまってはいけない』と、絶対に来ようとはしないんですもの。――まあ、今回のように緊急も緊急な場合では、そうも言ってられないでしょうけど」
「ええ。しかし、この”転移の碑”も活躍の場を与えられて、大喜びでしょう。――では、ご武運を」

 
 王都の上空を闇が多い、獣たちの咆哮が風にのって届いた開戦時、リリィはキラのことをすっかりと忘れていた。
 あ! と実際に声を出し、胸が焦燥感でくすみ始めたときには、すでに父シリウスによって”転移の魔法陣”に押し込められたところだった。エマもセレナもアンも、一緒くたに飛ばされたのである。
 それからも、キラのことはなるべく考えないようにしていた。
 不思議なことに、自分でもその理由が分からなかった。ただ、自然と、これが当然だというように、『戦争を終わらせてから行方を探す』と決断していたのである。

 しかし、改めて思い返すと……。
 彼の強さに甘えていたのかもしれないと、痛感した。
 少年と出会った時、彼の洗練された剣に嫉妬した。そうして直接手合わせした時、彼の技量に屈服し、屈辱をも味わった。
 第一師団支部でドラゴンと、エマール領近くで土ゴブリンの群れと、リモン”貴族街”でブラックと。決してブレることなく立ち向かい続けるその背中を、いつの間にか見ることしかできなくなっていた。

 負けたことへの屈辱からか、彼の剣への敗北感からか。
 放っておけないと言いながら、無茶はやめろと泣きついておきながら――『支え』程度にしかなろうとしていなかったのだ。
 本当は、その隣に立っていたいのに。最初から諦めてしまっていた。

「何という体たらく……!」

 何より。キラという少年は記憶喪失から立ち直ろうとしているところであり、決して孤独にしてはいけない脆さを抱えているのだ。
 その弱さを目の当たりにしたというのに、嫉妬のあまり視野が狭くなった自分に対し、リリィは腹が立って仕方がなかった。

「あ、あの……その、自分たちも、一生懸命なわけでして……」
 その弱々しく反論する声に、リリィははっとした。
 今いる場所は第二師団支部の会議室であり、今やるべきことは素早い情報交換――それらを頭の中で繰り返し、気合を入れ直した。
「申し訳ありませんわ。少し、わたくしの不甲斐なさを痛感していました」

 こぶりな会議室を支配する広めのテーブルを囲むのは、第二師団の副師団長を務めるアレルに、上級騎士が四人に下級騎士が二人。
 それまで少しばかりピリついた雰囲気に気を張っていた面々だが、陳謝を耳にするやいなや、一様に深く頷いた。

「そのお気持ち、お察しいたします。自分も痛感する毎日でございます。……しかし折れてはなりませんよ。我らの魂が天に昇るその時まで、全力あるのみですゆえ」
 静かながらも熱のこもったアルレの言葉に、各々再び深く頷く。
 独特な空気感をもつ彼ら第二師団は、その大半が”聖母教”を信仰している。前まではそうでもなかったのだが、師団長レーヴァの影響が大きいのだろう。

 ”神足”と呼ばれることもある彼女こそが、骨の髄まで”聖母教”信者なのである。
 『やるなら徹底的に』を信条とする彼女の根底にあるのが、『どうせ神様に天国に連れてってもらえるんだから、全力出さなきゃ失礼だろ!』という考えだ。
 実際に、レーヴァは何事にも真っ直ぐにぶつかっていく。
 正直者過ぎて、頭の痛くなる事態に陥るのが玉に瑕ではあるが……彼女の声と背中についていく者たちが集まるのが、竜ノ騎士団”第二師団”であった。

 そんなお手本のような光景を目の当たりにして、リリィは少し苦笑しつつ、礼を言った。
「ええ、そうですわね。ありがとう。――それで、レーヴァは巨大ゴーレムと交戦中なのですわよね。度々、音が響いていますが」
「はい。現在、レーヴァ殿が戦いの余波の及んでも良い場所で引きつけております。そうはいっても、なかなか周囲の状況を考えるのは厳しいらしく、上級騎士の大多数がそのサポートに向かっております」

「珍しいですわね。あのレーヴァが、そういう指示を出したということなのでしょう?」
「はい、ゴーレムの再生速度が尋常ではないのです。魔法使いであったとすれば、神にも匹敵する化け物でしょう」
「となれば、やはり”授かりし者”の仕業……。王都を襲った魔獣の群れ、各騎士団支部を襲った魔獣の群れ……一体どこまで操っているのか、検討も付きませんわね」
「現状、我々としても守りに入ることしかできず……。そんなときに、”リボンの森”に不審人物を発見したのです。――こちらの地形図を御覧ください」

 アルレはテーブルに広げられた地図に指を伸ばした。
 地図の中央では、フム山とアル山という二つの山が対面している。その狭間の”マーネン峡”を中心として、二つの山の麓では均等に森が広がっている。
 地図で見れば、さながらリボンだった。だからこそ、”マーネン峡”は『リボンの結び目』、フム山とアル山の裾野の森は『リボンの森』と呼ばれているのだ。
 第二師団支部は『リボンの森』の南側に、”リボンの管理者”として築かれていた。

「不審人物が目撃されたのは、『リボンの森』北部――ここからでは、フム山とアル山を超えた先となります。そして、レーヴァ殿が戦っているのは『リボンの結び目』。フム山から突如としてゴーレムが”生えた”ために、このような形となりました」
「となれば、どちらにしろレーヴァを手助けしたほうが良いですわね。不審人物を探そうにも『リボンの森』は雄大……人手をかけたほうがいいでしょう」

 リリィが断言すると、それに賛同するように会議室に集まった騎士たちは一様に頷いた。
「では、リリィ様」
「ええ。わたくしがレーヴァの助けに入ります。その後、サポートに入っている騎士たちも連れて『リボンの森』北部に。副師団長たるアルレは、支部を中心として警戒態勢を。何かあれば、私とレーヴァ、どちらにもリンク・イヤリングで連絡を」
「はい。では、どうか、お気をつけて」

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