25.鋼の

「あァ。やっぱり、オレの思い違いじゃなかったらしいなァ」
 褐色の男が牙をむき出しにして喜び――すると、それに感化されたように、背後にいた傭兵たちのうちの一人が飛び出した。
 その動きは驚くほど俊敏で、近くにいたニコラも反応できずに見逃すだけだった。
「なっ……!」
「あン? おいおい、まだ命令してねェだろうが」

 うつろな傭兵は、一直線にキラのもとに向かっていた。
 ――手首狙ってけよ。いざとなったら乱戦だ。武器を握らせるな
 キラは言葉なく頷き、”ペンドラゴンの剣”を引き抜いた。
 正眼に構え……相手の剣に合わせて振るう。

 拮抗。その直後、
「ん……!」
 全身に、嫌な感覚が流れた。
 心臓発作の予兆ではない。転移で負った傷やドラゴンの引っかき傷が、痛いほどに痺れ出したのだ。
「長引いたら不利、だけど……っ」
 キラは剣を押し付け、ぱっと後ろへ退いた。

 相対する傭兵は、それまでのうつろな表情をどこかに捨てていた。まるで別人のように狂気に満ちた顔つきとなり、その目は恐ろしいほどに爛々と輝いている。
 空いた距離に噛みつくようにして詰め、剣を振りかぶる。
 速い。
 だが、およそリリィと比べ物にならないほど、動きに無駄があった。

「ふ――ッ」
 その隙に潜り込むようにして。
 正確に傭兵の両の手首を切り裂き、脇を通り抜ける。
 キラはちらと振り返って、唖然とした。男は地面に剣を落とし……しかし、一切の悲鳴もあげていなかった。
 剣を拾おうとするも、満足に握ることは出来ず。
 それでも男は、何度も繰り返していた。その横顔は苦痛に引きつっているが、歪んで釣り上げられた口元はどこか楽しそうにも見えた。

「痛みを感じてない……?」
 なおも剣を諦めない狂った傭兵――それを、ユニが後ろ足で思い切り蹴飛ばした。
 綺麗に宙を舞い、どうっと地面に崩れ落ちる。その腹には風穴があいていた。赤黒い液体で、地面が染まっていく。

 ――やりにくい相手だ。足首裂いて、動けなくしちまえ
 キラは、すぐに白馬の言葉の意味を飲み込んだ。
 ユニィに蹴られてもなお、ジタバタともがく狂った傭兵。次第に力が入らなくなり、ぱたりと動かなくなってしまう。
 その狂気に満ちた表情は、死の恐怖におののいてはいたが、ほんの少しだけ緊張が溶けていた。目をゆっくりと閉じる様子は、まるで安らかな眠りに興じるかのようでもあった。

「キラ殿!」
 ――ぼうっとしてんじゃねえぞ!
 ニコラの声と幻聴が重なり――キラは、その前に向き直っていた。

 一直線に突進してくる褐色の男へ、同じようにして踏み込む。
 牙をむく獰猛な顔つきを真正面から受け止め、”ペンドラゴンの剣”で斬りつけた。
 それに対して。

「剣を使わない……ッ?」

 男は腰に携えた獲物ではなく、自らの拳を体全体でグンッと突き出した。
 まるで鋼にでも打ち込んだかのように。硬い感触が、刃を通して手に伝わる。
 相手は生身の身体。というのに、血はおろか、傷すらつけられなかった。
「ハッ。こんなモン、ただの飾りよ」
 キラは剣を押し込み、ぎりりと歯を食いしばった。

 ちらりと周囲の状況に目をやると、すでに乱戦になりかけていた。
 ニコラが護衛五人たちに指示を飛ばし、それを見計らったかのように狂った傭兵たちも動き出す。

 彼らは見事な連携で、敵をいなしていた。
 オーウェンとベルが大立ち回りをして、メアリが素早い動きで補佐をする。仲の悪いルイーズとエミリーは馬に相乗りをして、弓でその場をコントロールしていた。
 ニコラ自身も二人の傭兵を抑え……逆を言えば、その場を動けなかった。
 決して劣勢ではない。だが、人数の差はどうあっても覆せない――このままでは、セドリックとドミニクとミレーヌに危険が及ぶのは目に見えていた。

「よォ、随分余裕だなァ。ちったあオレの方も見てくれよ!」

 男は、どうやら一切本気ではなかったらしい。
 褐色の拳との均衡はあっという間に崩れ――キラはたまらず飛び退いた。
 直後、褐色の拳が地面を穿つ。轟音とともに大量の土塊と砂が宙を舞い……陥没した地面に男が釘付けにされていた。
「あァ……埋まった。うまくいなすもんだ――ちっ」

 膝をつきそうなのを、キラは必死で堪えた。
 濁流のように襲いかかる力の奔流から逃れるだけで、息も絶え絶えになる。
 身体も、拳から受けた衝撃で、一気に限界を迎えていた。至るところで傷口が開き、ズグズグと痛む。

「三人とも! ユニィに乗って!」
「でも……!」
 ドミニクとミレーヌが腰を抜かす中、セドリックが駆け寄ろうとしていた。

 その時、褐色の男が拳を地面から引き抜いた。ニヤリと、睨んでくる。
 キラは歯を食いしばって獰猛な視線を受け止め、
「邪魔!」
 セドリックにそう吐き捨て、駆け出す。

 ゆらりと立ち上がる男に、一閃振り抜く。
 過たず首元を狙った太刀筋は、しかし生身の腕で受け止められた。
 剣から伝わる感触は、やはり鋼鉄を叩きつけたようであり……キラは無意識のうちにつぶやいた。

「魔法――じゃない……!」
「ホォ、分かるか」

 男は歯をむき出しにして笑い、左の拳をぐっとひいた。
 強大な脅威が降りかかる。キラはすんでのところで飛び退く。
 しかしその一発は見せかけだった。溢れ出る殺気に、まんまと動かされたのだ。

 一歩、深く。男が踏み込み――腰にためた拳を解き放つ。
 ほぼ、ゼロ距離。避けられない。

「――ッ」
 キラは集中した。
 みる、見る、視る。
 一瞬の合間の活路を、見出す。
 すり足で、横へ。体を動かしつつ――剣の切っ先で男の目を狙う。

「チッ――!」
 男はたまらず顔をそらし、すると拳の軌道も大きくずれた。
 脇腹スレスレを通り過ぎる。
「ん、わっ」
 しかしそれだけでも吹き飛ばされた。拳が生み出した突風に押しのけられ倒れ込む。

 キラはすぐさま後転して体勢を立て直し……膝をついた。
 身体が限界を迎えていた。忘れていた痛みが、全身を蝕み食い荒らす。
「偶然にしちゃア、できすぎてるとは思わねェか」
 倒れ込みたいのをぐっと我慢して、キラは男をにらみ続けた。
 褐色の男は、何やら頬を拭っていた。頬には一条の傷がつき……たらりと血がたれている。

「オレの身体はよォ。そう簡単に傷つきゃしねェんだ。やる気やら覚悟やらで……理屈がなきゃ傷つかねえんだよ。それが、どうだ……なア」
 男は口の端を歪め、笑った。息を吸い込み、大声で笑った。
 それと同時に、飽くなき闘争心が膨れ上がった。

「イイ! イイなァ、おい! 小僧、名は!」
「……キラ」
「オレァ、ガイアだ。安心しろ。誰にもいいやしねえし、それに――あの”結界”はそうやすやすと壊れやしねェ」
「……! 知ってるの?」
「波動を感じるだけだ。あのいけ好かねえ野郎の波動をなァ……」

 傭兵、否、”流浪の民”ガイアの雰囲気がガラリと変わった。
 忌々しそうに歯を食いしばり、溢れる闘争心に憎悪の念が混じっていく。
 キラはごくりとつばを飲み、焦燥感をつのらせ――するとそこで、体が宙に浮いた。

「悪い! 強引だけど、引っ張り上げるぞ!」
「セドリック……!」
 びっくりするほどの力で、キラは馬上に引き上げられた。すとんとセドリックの後ろに座り、ドミニクが背後から支えてくれる。
「ニコラおじさん! ボロボロだけど――大丈夫だ!」

 傭兵たちと交戦していた護衛六人は、皆すでに馬に乗っていた。
 ニコラの怒号により、皆一斉に馬を駆り出す。
「よし、俺たちも。ユニィ、だっけ――頼むぞ!」
 白馬はセドリックの合図どおりに駆け出した。

 グン、と一気にスピードを上げ、ニコラの馬と並走する。
「ああ、キラさん! ご無事で良かったです!」
 ニコラの後ろにはミレーヌが乗っていた。顔を真っ青にしながら、目に涙をため、声を震わせる。
「安堵している暇はないぞ! ミレーヌ、ドミニク、魔法を! 煙幕だ!」
 ミレーヌは溢れる涙を拭い払い、ドミニクと顔を合わせてうなずいた。
 ともに杖を背後に向けて、唱える。

「”白煙よ、立ち上れ”」

 二つの杖から放たれた白い塊は、地面に当たるやいなや、ボンッと一気に膨れ上がる。
 白煙が傭兵たちの視界を遮り、その追手を拒む。
 ニコラとセドリックはその隙に馬たちに離れるように命令し……なんとか窮地を脱した。
 先を言っていた護衛五人の馬に追いつき、皆が口々に無事を確認する中、キラはじっと背後をにらみ続けていた。
 ずっと、背中にガイアの視線が張り付いていたような気がしたのだ。

 ”隠された村”に到着し、皆、あらためて無事を喜んだ。
 すでに歩くことさえままならなくなったキラは、ユニィの背中でぐったりとのびて、皆の称賛を浴びた。
「すごかったなあ、少年!」
「騎士団にも入れるんじゃないか、あの腕だったら」
 わいわいと騒ぐ皆につられ、村人たちも野次馬根性を見せ始める。

 いつの間にやらキラは人だかりに囲まれ……そこでニコラが人一倍声を張っていった。
「ほら、みんな! 彼もぐったりしているんだ。あまり騒がしくしないでやってくれ」
 彼の人徳ゆえか、潮が引くように皆離れていく。未だに興奮冷めやらぬ護衛たちも、口々にガイアとの戦いの凄さを言い合いつつ、その場をあとにする。

 そんな中でも残っていたのは、
「リ……」
 外套ですっぽりと姿を隠した”超恥ずかしがり屋”のリリィだった。
 ――お怒りだな
 しばらく黙っていた幻聴が、ここぞとばかりにからかう。
 キラはムッとしつつも、ピクリとも体が動かなかった。身体中の傷が開いたせいもあったが、何よりリリィの怒気に気圧されていた。
 彼女はつかつかと近寄るやいなや、白馬の手綱を掴み、ぐいぐい引っ張っていく。

 ――おいおい、勘弁してくれ。俺が怒られてるみてえじゃねえか!
 そう言いながらもユニィは暴れることなく、リリィの誘導に従った。
 朝日で起き出しにぎやかになりつつある村を、ただの一言もなく横断する。
 やがて行商馬車にたどり着き……ぐったりとしていたキラは、抵抗する間もなくリリィに連れ込まれた。

「あ、あの、リリィ……」
 押し倒されて、馬乗りにのしかかられ……そこでキラは、はじめてフードの下のリリィの表情を目の当たりにした。
 彼女の青い瞳から大粒の涙が溢れ出て、ぽたりぽたりと垂れている。
 頬でぴちゃりとはね、キラは弁明を飲み込んだ。
 じっと、リリィの言葉を待つ。

「わ……わたくしの母は、心臓を患っていました」
 リリィは力尽きたように、キラの隣にストンと腰を下ろした。
 震える手で、血の滲んだ包帯でいっぱいの左腕を撫でてくる。ずきりと痛みが走ったが、治癒魔法を使っているらしく、じんわりと痛みが鈍くなっていく。
「大丈夫、平気だと……母は言い続け、わたくしもそれを信じていました。でも、日を追うごとに症状は悪化していき……」
 抑えきれない感情が声となり、言葉を殺す。
 彼女の頬には濡れた道ができ、それを伝って涙が流れていた。

「ある日、顔を真っ青にして寝込んでいた母が、急に飛び起きて外へ向かいました。……それが、わたくしの”王都防衛戦”の始まりでしたわ」
 リリィは話を続けようとして、しかしその口から声は出なかった。
 声は言葉にならず、そればかりか嗚咽となりはて……キラは、右手を動かし、涙に濡れる頬を撫でた。

「あなたは、母に似通っています」
「前も……聞いた」
「あなたを初めて目にしたとき、オーガと戦い、膝をついていました」
 キラは、なぜだかその瞬間を克明に思い出した。
 あと一歩というところまで大鬼を追い詰めたが、心臓の発作で手元がくるい、とどめを刺すことが出来ず膝をついたのだ。

「その後ろ姿が……母の最期と、よく似ていました」
「最期……」
「ええ。ですから……どうしてもあなたを放っておけないんです。お願いですから、もうこんな無茶は……傷ついた身体に鞭打つのは、おやめくださいな」
 止まらない涙は頬からキラの右手へと伝わり、手首から肘まで流れて、ぽたりとしずくを落とす。
 そのむずがゆさに頬を緩めていると、リリィがむっとして睨んでくる。
 キラは、眉間によった皺やつり上がった目つきに、ポツリと呟いた。

「じゃあ、もっと頑張ろうかな」
「え……?」
「君にそう言われても、いざとなったら忘れちゃうから。君に心配されないくらい、強くなるしかない。……って思ったんだよ」
「――もう! そういう事を言っているんじゃありませんのにっ」
「えっ。けど、誰よりも強くなれば……」
「わたくしが! 他の誰でもない、このわたくしが! もうあなたに無茶無謀はさせないといっているのですっ。あなたの支えになると……!」
「だから、僕が――」

 言い合っている間に、リリィの頬は乾いていた。興奮のあまり紅潮し、そればかりか、ボッと”紅の炎”が頭を包み込む。
 しかし不思議と頬に触れていた手は熱くはなく……キラがそっと手を離すと、リリィの”紅の炎”も急激にしぼんでいった。

「ともかく。今回のようなことはもうおやめくださいな」
「それは……悪かったよ」
 ぶつぶつとぼやくように言うと、リリィはホッとして頬を緩めた。
 それから糸を手繰り寄せるようにぐいぐいと体を引き寄せ、背後から抱きしめてくる。

「包帯、新しく変えないといけませんわね。その前に、少しでも出血を抑えておかないと。治癒魔法をかけますから、動かないでくださいな」
「……ありがと」
「全くです。けど……一体、何がありましたの? ”治癒の魔法”で体の調子は良さそうでしたのに。ただ戦っただけではこうはならないでしょう」
「傭兵に”流浪の民”が居たんだよ。”結界”のことも知ってた。ガイアって名前」
「ということは、”授かりし者”……。エマールに与しているとは思いもよりませんでしたわね。どのような力でしたか?」
「肌が鋼鉄みたいだった。まるで刃が立たなかったんだけど……」

「けど?」
「一回だけ。頬に傷がついたんだ。偶然じゃあり得ないみたいなこと言ってたけど、正直どうやって傷つけたのかさっぱりで」
「なにか特別なことはなかったのですか?」
「うん。目を狙って避けられたってだけで」
「あ、相変わらずの戦闘センスですわね。――ニコラ殿にその詳細を伝えておいたほうが良いでしょう。
「んー……。そうなんだけど、なんというか、ガイアにはそういう感じは一切なかったんだけどな……」
「しかしエマールを相手取るとなると、敵対する可能性も高いですから……」

 リリィは尻すぼみの言葉を震えながら飲み込んだ。
 葛藤しているのだと、キラは悟った。エマール領内の実情を知りつつ、無視して王都へ向かうことに。
 しかし、彼女は帝国軍を迎え撃つためにも、王都へ向かわねばならない。
 もがき苦しんでいるのは、エマール領民だけではないのだ。戦争により大切な母を失い嘆いた彼女こそ……立ち止まってはならないのだ。

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