19.はまる

 女の身であろうと、誇りを持って戦場に立つのは普通のことである。
 古来より細かな魔力コントロールに優れ、貴族として勉学に励み、魔法使いとして早くに頭角を現すのは大抵が女なのだ。
 筋力や体格差も、身体強化系統の魔法を使えば、ないに等しくなる。

 だが……。
 戦場に身を置く女が、女として悩むというのは誰もが通る道だった。
 ある者は自慢の長い髪の毛に、またある者は太陽に弱い肌に。周期的に訪れる女性特有の症状に悩む人も多い。

 リリィの場合は、豊かな胸だった。激しく駆け回る戦闘スタイルでは、微妙な重心の移動も致命的なズレを生みかねない。
 胸を締め付けるサラシではずれる可能性があり、かといって下着では話にならない。
 そのために体にあった甲冑の胸当てが最適なのだが、戦闘の最中に壊れてしまうこともある。
 そのたびに、リリィはどうすることも出来ずに後退してしまう。
 戦闘スタイルを変えられない以上、唯一にして最大の弱点であった。この事実は、これからも依然として変わらない。

「キラ……」
 戦いが溢れる戦場において、孤独に戦うことはままある。
 現に今も、リリィが離脱しユニィも離れたことで、キラは一人でゴブリン三匹と対峙している。

 そういう意味では、キラの言った言葉に意味はない。
 いつも誰かが助けてくれる保証はない。
 綺麗事で、詭弁だ。

 が……。
 今、一匹のゴブリンを切り飛ばしたキラは、身体がぼろぼろだ。ドラゴンに裂かれて焼かれ、さらに”転移の魔法”でも怪我を負った。
 天候に左右される不安定な心臓を持っているというのに。その身に”神力”という暴走しかねない力を宿しているというのに。
 キラは、そんなことに構うことなく、戦っている。
 彼は、そんな事を気にした様子もなく、助けてくれた。

「わたくしも……まだまだですわね」
 知識も教えも鍛錬も経験も。
 全てをひっくるめた上で戦う。
 戦場で女の身を憂うなど言語道断。
 そんなことは、剣を持った瞬間から自覚していた。

 沈んだ心を掻き立てるように。リリィは炎を燃やした。
 情けなくもおろしていた腰を持ち上げ、しっかりと両足で地面を踏みしめる。
「キラ、下がってくださいな!」
 ”紅の炎”を右手で練り上げ、タイミングを図って声をかける。
 二匹のゴブリンから挟撃を仕掛けられた少年は、すぐさま反応した。双方向から迫りくる爪をかいくぐり、魔獣たちから大きく離れる。

 リリィが呪文をつぶやきつつ、炎を解き放とうとしたところで、
「あっ……!」
 思わず魔法を中止した。
 それまでなんともない様子を見せていたキラが、体勢を崩したのだ。後ろ向きに飛び退るさなかに力が抜けたようで、足をつけて着地するとともに転んでしまう。

 リリィは迷わず駆け出し――、
「ええタイミングの後退や!」
 びくりとして足を止めてしまうほどの強烈な雷光が、視界を覆い尽くした。
 右から左へ。黄金色の雷が駆け抜け、ゴブリン二匹を消し炭にしてしまう。

「少年、強いな〜。おかげで一気に仕留められたで」
 その声は、横倒しになった馬車から聞こえてきた。
 どうやらエヴァルトもゴブリンと戦っていたらしく、その足元には六つの骸が真っ黒焦げになって転がっていた。
「いまのは……雷?」
「おう。派手やろ? やから好きやねん」

 リリィは再度、行商人兼傭兵であるエヴァルトを観察した。
 格好は至って普通だった。村人が着るような服に、冒険者が身につける簡素な革鎧。水筒もポーチも剣も、一緒くたにベルトに通す雑さは、傭兵を思わせる。
「まるで寄せ集めのような……」
 彼が額に巻いている赤いバンダナにしても……。
 ボサボサの長い銀髪を後ろへ流し、眉も隠すくらいに押し下げている。
 にかっとした快活な笑みが特徴的な顔つきは、彫りが深い。それだけに細く高い鼻梁が際立ち、唇の形や顎の形まで美しく彩る。

「なんや、お嬢さん。じっと見てからに。惚れた?」
「あら? そういうことには及びもしませんでしたわ」
「そ、その目と口調……突き刺さるようやで……」

 ショックで沈むエヴァルトをよそに、リリィはキラの方へ目をやり――その腰元に注目した。
「キラ……何やら、ぴかぴか光っていますわよ」
「え?」

 少年が腰に手をやり取ったのは、”旧世界の遺物”を入れたポーチだった。
 まるでキラの手のひらに吸い込まれるように。稲光のような光が明滅し……やがて、ぷつりと途絶える。
 キラが不思議そうにポーチを掲げ、興味深げに近寄った白馬と何やら視線をかわす。
 これまでに幾度か目にした不思議な光景をよそに、リリィは少年の側に寄った。
 手のひら全体で慎重に身体中を弄りつつ、なるべく密着して”治癒の魔法”をかける。

「リリィ、大丈夫だよ?」
 そういってポンポンと背中を叩いてくるキラを、リリィはじっと見上げた。
 見れば見るほど、不思議な少年だった。

 母に似ている、とは初めて会ったときから思っていた。
 だからこそ壁を感じず、だからこそ親身になり、だからこそ密着できた。
 剣の才能や戦いの中の動き方に嫉妬もしたが……それすらも、リリィは忘れていた。
 まるで泥沼にハマるかのように。ずぶずぶと、虜になっていく。キラの全てを肯定したくてたまらない。

 その感触が心地良い一方で、少しばかりの恐れもある。
 何か、ふとしたきっかけで、彼を嫌うようなことがあれば……。全てが憎しみに変わる気がした。
 なんとかしなければ、と思うも、
「リリィ、リリィ? ぼうっとして、どうしたの?」
 その優しく脳内に染み込むような声を前にすると、どうでも良くなるのだった。

   ○   ○   ○

「べつに、どうもいたしませんわよ」
 つっけんどんに言い放つような言い方だったが、リリィは決して離れようとしなかった。腕の中に潜り込むようにして、ひっしと抱きついてくる。
 そのさまはさながら母親に甘える子供のようで、キラは戸惑いつつその背中をなでておいた。柔らかな胸が胸を押し返し、どう反応したものか困ってしまうのだ。

 ――ヴァンパイアの真似事すんじゃねえよ
 幻聴の言葉に思わず声に出して問いかけようとしたが、リリィの僅かな吐息にハッとして、目で問いかける。
 すると白馬は、まん丸な目をぐりんとひん剥いて応えた。
 ――魅了だかなんだかの魔法で人を垂らし込めやがって……クソが!
 思い切りのよい罵倒に、過去に何があったのかと視線で問いかけてみる。ユニィは、そんな意図には気づかなかったように、何も応えることはなかった。

「あれや、ほんまもんの夫婦みたいな?」
 キラはエヴァルトの言葉に最初は首を傾げていたが、徐々に顔が熱くなった。
 腕の中にリリィが収まり、しかも彼女もぴとっと巻き付く様子……はたから見れば、仲睦まじいことこの上ない。
「や、や! これは、あの……リリィ、ほら、大丈夫だから離れてっ」
「や!」
「真似しないで!」

 引き剥がそうとするも、彼女の絡みつく腕はびくともせず。
 キラは赤い顔のまま、彼女の思うようにさせた。エヴァルトがからからと笑っているのを見て、恥ずかしさを苛立ちに変えて、ギッとにらみつける。

「そないに顔真っ赤にして睨まれても!」
「それで? ゴブリンたちが襲ってくる前、なにか言ってたでしょ。面白いこと考えたとか、なんとか」
 にやにやと目元が緩んでいたエヴァルトの精悍な顔つきが、さらににやつく。
「ええアイデアや。我ながら天才と思うんよな」
「だから、何が?」
「お二人さんがエマール領を突っ切って王都へ向かうとして。間違いなく、エマール領に入る検問で止められるやろ」
「……なんで?」
「お嬢さん、リリィ・エルトリアやろ」

 キラも驚きを隠せなかったが、腕の中にいるリリィの反応も凄まじかった。
 夢見心地から現実に引き戻されたようにハッとした顔つきになる。密着していた体を離し、しかし腕の中から出ることなく、器用に剣を解き放つ。
 恋人のような抱擁から一転して、キラは騎士に守られていた。

「おおっと! そないに敵意をむけんでも! さっき、”紅の炎”を使おうとしてたやろ。そんなもん見れば、誰でも分かるって」
「わたくしとしたことが……!」
「けど、見た瞬間から分かるで? 言葉遣いから姿勢から何から何まで……やんごとない身分のお方やと、普通は気づいてしまう。――エマールとエルトリアは水と油みたいなもんと思うとるんやが、違うか?」

「間違いではありませんが……。エマール領には入れない、とでも?」
「そうやない。なんにしても騒ぎが起きてしまう、っちゅう話や。――そこのぼろぼろになった少年と草原で立ち往生してたのを考えると、王都には一刻も早く向かいたいと違うか? なにがあったかは知らんが、なにかはあったんやろ?」
「ずいぶん頭の回るお方ですこと」
「おおきに。――したら、あんたら、少しでも足止めされとったらアカン。そこでや!」
 自信満々に続けようとしていたエヴァルトを、リリィが躊躇なく遮った。

「わたくしたちに、なおも協力すると? あなたに何の得があるのでしょうか?」
「うん? 俺はこの国が好きなんよ。それに、俺の商売道具も守れる……まあ、めちゃくちゃに散らばってしもうたけど」
「そうですか。それで、一体、何を考えついたので?」
「ソレはな……。二人が行商人夫婦になるんや!」

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