18.エグバート王国

「ほいで? もうちょい詳しゅう聞きたいんやけど。ほら、俺、行商人も兼ねとるわけやん。荷物の検閲とか、どないなっとるか知りたいねん」
「まさか、あなたの行き先はエマール領なのですか? よりによって?」
「ほんま、嫌っとるなあ。またどえらい額の報酬で傭兵を集めとるらしくてな。今回は、そっちがメインなんよ」
「傭兵を……? 資産は凍結されたのに、一体どういうことでしょうか……?」
「そこよ! さっきの話聞く限り、どうもきな臭いよなあ。……どう思う?」
「知りませんわよ。ただ、積み荷は覚悟しておいたほうが良いでしょう」

 リリィがそう言い、キラはちらりと荷馬車の中を見回した。
 車の中には、いくつもの木箱が御者席から順に詰め込まれていた。どれも手入れの行き渡った質の良いもので、中には宝箱のような豪奢な装飾をされたものもある。
「国からの通行証がなければ、最悪の場合、突き返されるどころか、積荷を没収されることもあるそうですわよ」
「ずいぶん横暴やんけ。内戦の火種でもばらまいとるんか?」
「ないとも、言い切れませんわ」

「はっ。――なら”傭兵の証”はどや? 傭兵を集めとるんや、無視はできひんやろ」
「”傭兵の証”……?」
「おん? ……そういや、王国やと傭兵そのものの意味合いが違うんやったな。貴族の私兵を指して言うことが大半なんやろ?」
「よくご存知で。王国内では騎士団の新設は違法――というより、そもそも貴族たちは領地を持たないわけですから、必要がないのです」
「領地を持たん貴族とは、他の国からしたらたまげるわ」
「貴族を貴族たらしめるのは、血のみ。故に、私兵団とかこつけて傭兵を雇い、自らを着飾るのですわ」

「特殊やのう。けど、金は? 領地持たんかったら、収入はどうしとんねん」
「王国は貴族にのみ参政権を認めていますから、大抵の収入は議会での発言に左右されますわ。あとはお城に務めるか、王国騎士軍あるいは竜ノ騎士団に所属するか……くらいでしょうか」
「は〜……ある意味、完璧な実力主義っちゅうことか。国に有益でなければ、優雅な暮らしは保証されん……そういうこっちゃろ?」
「平民には、その参加資格すら与えられていませんが」
「ちくりと言うなあ。で……で? なんの話やったっけ?」
「……あらあら?」

 二人して首を傾げてしまい、キラは噴いてしまった。
「ふふ……! ”傭兵の証”についてだよ」
「ああ、そうそう! 傭兵は、言ってみれば名乗ったもん勝ちなんよ。せやから共通した証みたいなんはないけど……報酬を受け取る時に明細書も一緒にもらう。この明細書が、何より傭兵である証なんや」
「へえ。誰でも傭兵になれるんだ」
「ある程度の読み書きも計算も必要とされる上、当然のように命の危険にさらされるからなあ……あんまりおすすめせんで。んで……これでエマール領には入れるんか?」

 これにはリリィが首を振ってこたえた。
「分かりません。エマールが何を考えているか、薄気味悪いほど知りませんもの」
「そうか。まあ、なんとかなるやろ。で――どうするんやっけ? あんたらは急ぎの用で王都へ向かっとるんやろ?」
「そうですわね……」
 リリィが思案げにつぶやき、キラは皆の所在について思いを巡らした。

 転移の失敗により、ランディやグリューンやセレナとは離れ離れになってしまった。
 ランディは問題ないだろう。巨人とも思えるゴーレムを切り飛ばした老人は、その腕力ではなく”再生の神力”が強みなのだ。
 気がかりなのは、グリューンだ。最後に見たのは、ふらつきながら天井から降る瓦礫に対処していた姿だ。毒をもられたその小柄な身体で……。
 セレナにしても、”転移の魔法”を一人で発動させたのだ。失敗の代償が、彼女にも降り掛かっていなければいいが……。

 そこまで考えて、キラははたとした。極限にまで声を抑えて、リリィに問いかける。
「リリィのしてるイヤリングで、セレナと連絡をとることはできないの?」
「おそらく不可能でしょう。出来ないこともありませんが、セレナは転移の影響で二日間はまともに魔法を使えない状況にあるはず……計画通りに行っていれば、そんなことにはならなかったのですが」
「じゃあ、他の人は?」
「一応、連絡は取りましたが……捜索隊が動くかどうか。少しでも王都の防衛に注力していたい時に、貴重な人員を動かしたくはありませんから……」
「そっか……」
「セレナならば、大丈夫ですわよ。クォーターながらも他のエルフも圧倒していますからね。魔法なしの体術も、師団長たちを倒せるほどの実力がありますし……」

 リリィの声は、言葉が紡がれるたびに消え入るように小さくなる。
 彼女の気持ちが痛いほどに突き刺さり……キラは言った。
「エマール領を突っ切ろう。リリィが早く王都に戻れば、みんなを探すことが出来る。それが、今出来る最善だと思うんだ」
 すると、生首状態のユニィが幻聴を挟み込む。
 ――俺だったら、二人ぐらい乗せたってひとっ飛びよ
「……ユニィで王都まで突っ走ることも出来ると思うけど」
「ドラゴンをも足蹴にしましたからね。それも良い案ではありますが……キラの身体が心配です。痛みは引いても、弱っていることには変わりありませんから」
 リリィの口調からは、すでに迷いが消えていた。

「内緒の相談事は終わったんかいな?」
「ええ。わたくしたちもエマール領まで同行いたしますわ」
「ほうか。んならさ、ちょいと面白いこと考えついたんやが――」
 エヴァルトが何かを続けようとしたところ、キラの頭の中で幻聴が叫んだ。

 ――来るぞ、備えろ!

 白馬の生首が消えると同時に、ぐらぐらと馬車が揺れだす。
 キラはとっさにリリィをかばおうとして……しかし、一瞬早く行動を起こした彼女に、逆にかばわれてしまう。
 ともに幌を突き破り、草原に転がり出る。キラが下敷きになる形でリリィを抱きとめ……不意に、その豊かで柔らかな胸が、胸でひしゃげているのが気になった。

「リ、リリィ、大丈夫?」
「もちろん。キラこそ、お体は? 傷がまた開いたりとか……」
 リリィの今にも泣き出しそうに歪んだ表情を間近にして、キラは自分が恥ずかしくなった。煩悩を振り払って、大きく頷いてみせる。
「今のは……おそらく土ゴブリンですわね」
「土――なに?」
「そう呼ばれている地中からの奇襲を得意とするゴブリンですわ」

 横倒しにされ、木箱が派手に散らばる馬車の近くで、五匹のゴブリンがギャッギャと騒いでいた。
 森にいたゴブリンとは違って土にまみれたような色をし、その体つきは筋肉質だった。遠くからでも分かるほど爪が長く鋭く、それ故か何も獲物を持っていない。

 五匹ともが一斉に狙いをつけてきた。小さな体を思い切り縮めて、弾かれたように走り出す。
 そこへ、突っ込む影が一つ。
 ――オラァ! きったねえ色しやがって!
 白馬が走り込み、その勢いを使って反転――後ろ足で蹴り飛ばす。

 犠牲となったゴブリンは宙を舞い、左手が緑の鮮血とともに吹っ飛んだ。が、土小鬼はなんとか着地すると、地中へ逃げようとする。
 右手で必死に穴を彫り、姿を隠し……そこへ白馬が追撃を駆ける。
 空を飛ぶように駆けたユニィが、地面を踏み抜く。さながら、ドラゴンの額を割るように――衝撃で飛び出たゴブリンは、すでに絶命していた。

 数秒のうちに仲間を葬られたゴブリンたちは、わずかばかりに足を緩めていた。
 そして、再びギャッギャと耳障りな声で騒ぎ出す。
 すると、地中に隠れていたらしい三匹のゴブリンが飛び出し、白馬に向かって飛びかかっていった。
 ――上等だ、クソども! 生まれてきたこと後悔しやがれ!

 ドラゴンをも圧倒するユニィに、たかがゴブリンが敵うはずもなく。
 不利な戦況であることを察したのか、最初の四匹のゴブリンは動きを止めつつあった。
「キラは下がっていてくださいな!」
 ゴブリンたちの戸惑いと混乱に乗じ、リリィが駆けた。はらりとフードが取れる。

 キラも揺れるポニーテールに追従しようとしたが、肝心の剣が左腰になかった。
 ハッとしてユニィを見る。白馬の鞍に、”ペンドラゴンの剣”が取り付けてあった。
「こんな時に……!」
 焦りと悔やみと苛立ちに歯を食いしばり、リリィの戦闘に注意する。
 彼女の動きは素早く、ゴブリン四匹相手でも圧倒していた。

 だが、キラは眉をひそめた。いつものキレがないように感じたのだ。
 その予感は悪いことに的中し――小さなズレが積み重なり、大きな隙を生んでいた。リリィの太刀筋が、精度を欠いていく。
 焦りが焦りを生み、”紅の炎”で取り戻そうとするも、時既に遅し。
 リリィの乱れた調子は戻らず、ゴブリン四匹による攻撃から身を守るほかなかった。

「いけない――ユニィ!」
 ――おいこら! 剣士のくせに剣のこと忘れてんじゃねえ!
 悪かったよ。そう言い返すのも忘れて、キラは歯を食いしばり、気合を入れて重い足を動かした。

 白馬がリリィとゴブリンたちの間に割って入り、その隙にキラも走り寄る。
 ユニィの鞍から剣を手に取り、ついでリリィを抱えて後退。剣の鞘を左越しのベルトに通し……そこで、キラは膝をついた。
 ”治癒の魔法”が効いていたからか、どこにも痛みはない。
 ただ、自分でも驚くほどに疲れていた。目が回るような、けだるげな感覚が体を支配している。

「ふう……リリィ、大丈夫? 動きが変だったけど、どこか怪我とかした?」
 リリィは、応えることはなかった。深くうつむいて美しい黄金色の髪で表情を隠し、自分の胸を抱くようにして腕を組んでいる。
「とにかく、あとは僕とユニィに」
「わたくしも……」
「え?」
「わたくしも、男でしたら。そうすれば、こんなものに悩まずにすむのに……」

 キラは眉をひそめて少し考え、ようやくリリィの不可解な動きに合点がいった。
 彼女の高速の動きは、胸当てがあってこそ成り立つものなのだ。女性としてどうかはともかく、騎士としてソレはズレを生む弱点でしかない。

「僕も、僕じゃなかったら、っておもうことがあったよ」
「え……?」
「でも、ランディさんに教わったんだよ。完ぺきな人はいないんだから、たとえ僕が僕じゃなくなっても、不満が出る。だから、周りの人に助けてもらうんだって」
「キラ……」
「だから。いつも、リリィに世話になってるから。今は、僕が君を助ける」

 キラは剣を引き抜き、
 ――ぬぁああ! きたねえ手でケツ触んな、ボケクソがぁ! 
 素早く駆け寄り、白馬にまとわりついた一匹を切り飛ばした。
 ユニィがぷりぷり怒りつつ離脱し、キラはその姿にため息を付いた。
「なんでドラゴンよりもゴブリンに手間取るんだか……」
 そうはいっても、見下せない相手なのは承知していた。
 女性特有の問題に振り回されたとはいえ、リリィですら手こずる連携と機敏さ……。
 キラは、鋭く睨みつけてくる三匹のゴブリンを相手にして、気合を入れ直した。

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