8.影響

 エマール領領主シーザー・J・エマールの捕縛。これを目的に徒党を組んだのが、”反乱軍”である。
 この”反乱軍”には、領内の各地から有志が集まっているという。
 ”隠された村”の面々以外にも、横暴とも言える課税や徴兵制に我慢できなくなった村々や、リモンの”労働街”からも武器を手に『エマール領解放』を志すものが集っている。
 が、みんながみんな、エヴァルトやシスのように戦いに慣れているというわけではないらしく……。

「現状、戦士といえるのは徴兵されてエマール領の兵士として働いていた者しかいない。あとは、”徴税班”と抗争していた者たちくらいだろう」
「”徴税班”……?」
「どういうわけだか、エマールにも一定のシンパがいる。忠誠心が高く腕の立つものはエマールの周りに配置され、そこそこの戦士は領内の村々を回って税金を回収しているんだ。前者を”エマール直属騎士”、後者を”徴税班”というふうに、我々は呼んでいる」
「腕の立つもの……」

 そう聞いて真っ先に思い出すのは、リモンの門番だった。
 リモンには”貴族街”と”労働街”があり、二つの区域は”境界壁”という壁で区切られていた。
 ”貴族街”へ入るには、”境界壁”に設けられた”境界門”をぬける必要があり……その門番として、リリィも一定の評価をするほどの騎士が配置されていた。
 銀白のフルプレートアーマーを着込み、金糸で縁取られた黄色いマントを右肩にかけた特徴的な姿は、今でも鮮明に思い出すことが出来た。

「”反乱軍”とエマール側。それぞれの戦力を整理すると、や」
 エヴァルトが独特な訛りでニコラの続きを引き継ぐ。
「反旗を翻す元エマール領兵士と、各村の反”徴税班”戦士。あとエマールの傭兵団から引き抜いたんが何人か。で、俺とシスとキラ。合わせてざっと五百人くらいか」
「多く見積もってもそのくらいだろう」
「で、対するエマール側が……。”エマール直属騎士”に”徴税班”、加えて奴らが金で雇い編成した傭兵団。この数が三千いうとったか?」

 あまりの数の差に、キラは思わず唖然とした気持ちを口にした。
「そんなに差があるの?」
 この問いかけに答えたのは、ニコラの方だった。
「さっきも言ったが、エマールにはシンパがいる。”貴族街”はそういった人間が集まってできたものでな……総人口は約二万人。”労働街”が七千人という話だから、エマールの影響力が計り知れないものらしい」
「エマールにシンパ……信じられませんね」
「エマールが傭兵として雇い入れたのが約千人。ということは残り二千人は、エマールのために戦うことを決意した戦士となる。本当に腕の立つ者は二百人ほどしかいないようだが……それでも恐ろしい数だ」

 キラは今更ながらに知ったエマールの求心力に唖然とする一方で、合点の行くこともあった。
 エリックと戦うことになった舞台は、元々”貴族街”に向けて整えられたものだった。
 エマール領傭兵を目指す者たちに殺し合いをさせ、一方の死を望む……あのおぞましい熱狂ぶりは、今でも脳裏に焼き付いている。
 さながら人の死に様に魅入られた宗教のようで……キラは重い溜息をついて、頭を振って考えるのを止めた。

「つまるところ、俺らは五百の兵力で三千かそこらを相手にせなあかん」
 ここで、シスが口をはさんだ。彼はいつもの丁寧な口調で、ぼそぼそと自分の考えを展開させた。
「実力者という観点で考えれば、相手の数はかなり減ります。それこそ、”エマール直属騎士”二百人程度と、”古狼”や”狂刃”など有名な傭兵が五人……」
「ま、こっちも俺とシスとキラしかおらへんけどな。対多数に対応できるもんは」
「ですから、僕たち”反乱軍”としては戦い方を工夫しなければならなかったのですが……。その前に、キラさん、”古狼”と”狂刃”は? 仕留めましたか?」

 シスに鋭く問われ、キラは少し考えた後、首を振った。
「いや。多分、まだ動けると思う。”雷”で無理やり戦線離脱しただけだから。戦争が終わってすぐにこっちに来たから、そんなに威力が出なかったし」
「”雷”で……? なるほど……ずいぶんな無茶をされたようで」
 エヴァルトもニコラも不思議そうに首を傾げていたが、シスは特に彼らに詳細を伝えようとはしなかった。
 そこでキラは、二人には”神力”のことを伝えていないことに思い至った。あとで説明をしなければと思いつつ、シスの言葉に耳を傾ける。

「戦い方に工夫をこらすとは言いましたが、要はゲリラ戦法です。手勢五百程度では、相手方の約三千には到底敵いません。僕やキラさんやエヴァルトさんがどれだけ頑張っても、あっという間に削られてしまいますからね」
「だから、全面的に衝突する前に、相手の数を減らしていた……ってこと?」
「そういうことです。標的は”徴税班”および”エマール傭兵団”。彼らはリモンを離れて、何人かのグループでエマール領内を巡回しますから、そこを狙ったのです。これが、”反乱作戦”の第一段階でした」
「第一段階……?」
「無作為、とまではいきませんが、こちらから積極的に奇襲を仕掛けていく段階です。タイミングがタイミングでしたので、なかなかうまくことが運びました」

「タイミング? あれ……そういえば、いつからその”反乱作戦”の第一段階が始まったの?」
「エマールが王都へ仕掛ける前ですね。僕も竜ノ騎士団の一員ですし、襲撃のタイミングは把握していましたので、王都の陥落を防ぐ意味合いもありました」
「そういえば、傭兵の数が少なくって想定以上に持ちこたえたって、リリィが言ってた気がする……。けどさ、王都の陥落も作戦のうちだったんだし、王都襲撃の後に仕掛ければよかったんじゃ? 傭兵の数も減るだろうし」
「あはは……それはそうなんですがね。僕も、まさか王都を敵国に明け渡すとは思いもしませんでしたからね」
 シスが苦笑いし、エヴァルトとニコラがぎょっとする。三者三様の反応を目にして、キラは今更ながらに『王都陥落』が突拍子もない作戦であることを実感した。

「それに……”預かり傭兵”のこともあります」
「”預かり傭兵”……あの気味の悪い傭兵のことか……」
「騎士団からの情報では、それほど手間もなく戦争中に全滅させたそうですが……。”反乱軍”にとっては、”預かり傭兵”もまた脅威には違いありません。というより、エマールのどの戦力よりも厄介でしょう。キラさんも身に染みているかと」
「うん……。気が滅入る相手だよ」
「ええ、死体に鞭打つようなものですからね。――そういうこともあって、”反乱軍”としては”預かり傭兵”を相手にしたくなかったのです」

「それで、第一段階目はどうなったの?」
「先程も言ったとおり、うまくいきました。具体的には、各グループ撃破を順調に繰り返していき、戦争に影響をもたらすほどに数を減らせました」
「じゃあ……第二段階目は……。傭兵や”徴税班”の数が減っていることに気づかないはずがないし、そうなれば、何が起こったか調査する……そこを叩いていく、って感じ?」
「おや、意外とこういうことには鋭いんですね。ある意味、第一段階目はその布石でもありました。奇襲を仕掛け、その異変に気づいたところで、また奇襲をかける――傭兵の中でも特に注意をしなければならなかった”古狼”と”狂刃”を引きずり出したことで、第二段階目も成功したといってもいいでしょう」
「ちょっと聞きたいんだけど、あれはどういう状況だったの? エリックは一人で戦ってたのに、エヴァルトとかセドリックは固まって動いてたみたいだし」

 キラが聞くと、エヴァルトが言いづらそうにしながら答えた。
「あー、まあ……。なんちゅうか……エリックの暴走気味なとこを甘く見とったというか……。あいつも、闘技場から村に戻った直後は、みんなにしこたま叱られたっちゅうこともあって大人しくてな? 第一段階目の作戦はパスしたんよ。けど……」
「……けど?」
「みなまで言わんでもわかるやろ。第二段階目からしゃしゃりだしたんや。で、仕方なくルイーズとエミリーっちゅう遠距離主体の二人と一緒に、索敵と伝達を主にやらせとったんやが……」

 次に大きくため息を付いたのは、ニコラだった。
「聞けば、想定外の場所で敵を見つけ、自分から仕掛けていったらしい。ルイーズとエミリーに報告を急がせ、時間稼ぎになればと……」
「けど、すぐにジャックが現れましたし、あれじゃあ……」
「ああ。おそらく、見つけた傭兵たちは囮だったんだろう。引っかかるべきではなかった」

 二コラがため息をつきながら言っていたが、キラはエリックの行動自体は間違っていないと思った。それが罠であっても、脅威となるならばすべてを排除しなければならない。
 だが。
 セドリックの剣の腕に劣等感を持ち、ドミニクの魔法の才能に気後れしていたのならば……。そして、それらが早まった判断を後押ししてしまったのだとしたら……。

 眉間にシワが寄るのを感じ、キラは一度深呼吸をしてから、話を前へ進めた。
「第二段階が成功したってことは、次は第三段階ってことだよね」
「そうやけど……なんや、ごっつい顔しとるな」
「別に……。それで?」
「こっからが本番、いよいよ大詰めっちゅうところやな。――エマール領リモン”貴族街”へ攻め込み、エマールの身柄を確保する。まさに最終局面よ」
「具体的には?」
「まあ、まあ。そう早まりなさんな。こっから先は会議でや。もうちょい辛抱しとき」

 キラはいつの間にやら強張っていた身体を解し、ふうと息をつく。
 すると、シスもエヴァルトもニコラも、一様に緊張から解放されたかのように胸をなでおろしていた。
「どうしたの?」
「どーしたもこーしたも。おまえさん、前とはホンマ別人やで。気迫も迫力も」
「……そう?」
「自覚がないと来た! かなんわ〜」
 肩をすくめたエヴァルトは、ばたりと力尽きたように横になる。
 その様子にニコラが苦笑し……ふと緩んだ口元を引き締めた。

「シス殿は竜ノ騎士団に所属しているという旨を、この”反乱作戦”に参加してくれた際に聞いている。そんなシス殿と、キラ殿は顔見知りであることも、今までの雰囲気でわかった。そしてキラ殿は、あのリリィ・エルトリアと繋がりがある」
 キラはシスと顔を合わせた。黒フードの優男が、どうぞと言わんばかりに肩をすくめたのを見て、先んじて口を開く。

「まあ、シスとはリモンで初めて顔を合わせた程度ですけど。それが、なにか……?」
「戦争が終わったと聞いて。そして、シス殿とキラ殿がそれぞれ竜ノ騎士団と深い関係にあると知って。もしかしたら……”反乱軍”にあの騎士団が力を貸してくれるのではないかと、思ったのだ」
「ああ……! その手がありましたね」

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