30.次

  ○   ○   ○

 ”隠された村”の強さに、エヴァルトは何度目かわからない感心のため息をついた。
 おそらくは最も見たくない形で帰ってきた反乱軍を目の当たりにして、一度は海の底にまで空気が沈み込んだ。誰かのすすり泣きや、喉が擦り切れるばかりの絶叫、諦めのため息すら聞こえた。

 とりわけ、強者の一人として数えられたキラの包帯姿には、誰もが絶句していた。どうやら、セドリックが時折口にする”水汲み”の際に、その勇姿が”隠された村”の人々を惹きつけたらしい。
 そういうことも相まって村に流れる空気は澱んでいたが……これを払拭したのもまた、彼ら自身だった。

「なら、次だ」
 誰が言い出したかはしらないが、その一言が次の言葉を呼んだ。
「どうすればいい?」
 その疑問はまた更なる疑問を呼び、大きな議論となってざわつき始めた。
 そこには、不安などという言葉はなかった。否、彼らにはそんなものを抱える余地はなかった。
 あるのは、転んででも明るい未来を掴んでやろうという、おぞましいほどの執念だった。

「たくましいこっちゃで」
「……聞いてます?」
「あん? ……なんの話やったっけ?」

 一度は沈みかけた村が奮起したところで、『まだ作戦が死んだわけではない』とニコラが発破をかけた。
 おそらくは、そうやって過去の困難も乗り越えてきたのだろう――詳しいことは何も聞かずに、皆、落ち込んでいる場合じゃないと奮起した。
 ただ、実際的な問題として、それだけではこれからを乗り越えられない。
 そういうわけで、ニコラやオーウェンやベルなど、作戦の中心メンバーが村中を回る間に、エヴァルトはシスと共に今後の対策を練っていた。

「エリック少年の話ですよ」
「おん。……で?」
「まったく……。クロスが裏切りともいえる行為を働いた――否、働けたのは、我々の責任という話です」
「せやかて仕方ないやろ。……まあ、言動のちょいとした矛盾を汲み取れんかったんは、落ち度やが」

 キラを含めた重傷者たちは、湖近くに緊急的に設けられたテントに隔離されている。
 ”花火の魔法”を特等席で満喫できるらしく、出入り口を湖に向けて、一列に並べられていた。
 端っこのテントではキラがぐうすかと寝ており、仲の悪さを象徴するかの如く、その反対の端にエリックが寝込んでいる。

 今は母親のミレーヌが看病しているのだが……話を聞いた限りでは、エリックが大した怪我もなく重傷者として数えられるのは、身体よりもむしろ精神的なダメージが大きいと判断したためだった。

「クロスの裏切り的行為の末に”協力者”の死を目の当たりにし、命からがら逃げ切ったところで、”イエロウ派”騎士とクロス一派の戦闘に巻き込まれた……言葉にして並べるだけでも、なかなかですよ。ああ……リリィ様になんと叱られるか」
「周り見ずに突っ走った報いやろ。元々、”追い立て組”にはそれ以上のリスクがあったわけやんけ。……まあ、それとは関係なしにお前は怒られとけ。そんで凹め」
「……あなたも同罪と巻き込みますからね」
 その返答の仕方に、エヴァルトは鼻を鳴らした。

「ほいで? さっき合流した時に話しとった”想定外の乱入者”っちゅうんは?」
「”五傑”のロキですよ。あの厄介者が、僕たちの敵に回りました」
「…………マジか」
 たっぷりと間をとってつぶやいた言葉は、エヴァルト自身にも重くのしかかった。
 帝国側のスパイとして王国にいる身としては、その想定外の登場の仕方がどれほどに厄介なものか……想像したくもなかった。

「流石に僕たちでは手に負えないと思うのですが……どう思われますか」
「まあ、せやな……」
 動揺で声が震えていることに気がついて、エヴァルトは即座に咳をして誤魔化した。
 頭の中でぐるぐると駆け巡る考えに気を取られつつも、しっかりとシスに応えてやる。

「そしたら、向こう側には”授かりし者”が二人おるっちゅうことになる。褐色肌のガイアっちゅう、これがまたどえらいやつでな。”青い炎”は強力やし、肌は鋼鉄みたいに硬いし」
「そんな人物を前にして、よく逃げられましたね?」
「まあ、キラのおかげでな。仕留めきれはせんかったが、相打ちにまで持ち込んだ。あいつも”授かりし者”なんやし、仮に次があったとしても満足な動きはできんはずや」
「ふむ」
「なんやねん、せっかく答えたったのにその生返事」
「いえ。ただ――あなた、帝国の人間ですよね?」

 エヴァルトは、眉を顰めて訝しんで見せた。
 だが、不意をつかれたこともあり、内心では焦っていた。いつもの調子を心がけて口を開こうとしたものの、言葉の詰まった一瞬の間に、シスにつけこまれた。

「”五傑”のロキ。その名前を聞いて、普通ならばどのような人物でどんな力を持つか、問い返すはずですよね。あなたなら、特に。なのに、この人物の危険度を前提としてガイアの名前を出しました。”授かりし者”であることも既に知っていましたし」
「キラといい、お前といい……ホンマ、なんやねん」
「おや、一度は否定するかとも思いましたが。すでにキラさんに見抜かれていたのですね」
「まあ、俺としても想定外の出会い方してしもうたからな。動揺しとった間の不自然さを見抜かれたわ。そいで、シス、お前はいつから気付いとったんや? まさか、今パッとひらめいて口にしたんと違うやろ――竜ノ騎士団所属とあろうもんが」

「ええ、結構前から。前に、闘技場での傭兵の登用試験の開始を”開演”と称しましたよね。開演……つまりは、観客がいて初めて成り立つ催し物であると、あなたは口にしたんです。そういう言い方は、試験の実態を知っている人しか知らないでしょう?」
「なんやい。洒落た言い方できたって、自画自賛しよったんに」
「それは残念。――で。僕の推察では、あなたは帝国が王国に送り込んだスパイとなりますが?」
「ほう、そこまで当てるんかいな?」
「なにせ、エマール領ですからね。外界からの干渉をひどく嫌うこの土地に詳しいということは、エマールに必要とされていた人物であるとしか考えられませんからね」

 エヴァルトは体の力を抜いて肩をすくめ、反対にシスは警戒を高めた。
 それもそのはず。王国にとって帝国は仇敵である。軍力の差は天と地ほどあれども、過去に二度も王都を襲撃されている相手だ。
 一緒に戦い、害がなかった……だけでは、到底信用してくれない。

 だが、それでは困るのだ。こうして危険を冒して自分の正体を晒したというのに、何か別の思惑があるのではないかと勘繰られては参ってしまう。
 帝国のために、真に動いているのだと知ってもらわねば。
 でなければ、せっかく見つけた貴重な”鍵”を取り逃がしてしまう。

「あのな――」
 エヴァルトが手を打とうと口を開いたところ……言葉と一緒に目が飛び出た。
 その唐突な形相に、警戒していたシスもフッと顔を緩め――同じく、ギョッとした。
 なぜなら……。

「おあ……シスにエヴァルト。何か話し声が聞こえると思ったら……どしたの」
 今起きました、とばかりにあくびを噛み締めつつ、キラがテントからでてきたのだ。
 エヴァルトは焦りのあまり、シスと目を合わせた。そこで、シスも同じような心境なのだと、僅かに揺れ動く黒い瞳から読み取れる。

 はっきりといってしまえば、キラの状態は絶望的だった。
 なにせ、”青い炎”により、上半身が真っ黒焦げになっていたのだ。しかも、無理に”神力”を使った影響か、体の至る所がひび割れ出血を起こしていた。
 生きているのが不思議なほど。生き延びたのが奇跡なほど。
 そういう状態だったというのに……ふらふらと揺れ、白馬のユニィに支えられつつも、しっかりと体を動かしている。

 もはや、体の丈夫さ云々の話ではない。
 これほどの異常さを見せられたら、どんな”治癒の魔法”も見劣りしてしまう。

「お、おう……俺らは、ちょいとな。今後のあれこれについて、みんなには聞かせれん話やし、こそこそっと……こう、な」
「そっか……」
「それよか、まだ眠そうやんけ。自分の体見たか? ひどいもんやで……起きんと横になっとれ」
「そう……。でもどうなったか知っておきたくて」

 あくびをしながらもテントへ戻らないキラの姿に、シスも話に入り込んだ。
「端的にいえば、まだ作戦は終わってません。色々と起こってしまいましたからね。竜ノ騎士団へ応援を呼ぼうかと思っていたところなのです」
「色々……? っていうか……何があって、あんな混乱したの?」
「あー……」

 エヴァルトは、パッとシスを見た。
 悪い予感はあたるというもので、優男は黒フードの中で微笑みつつ、さらりといった。
「そこらへんは、エヴァルトさんに。僕はちょっと騎士団と連絡を取らねばならないので」
 キラからの返事を聞くこともなく、シスはペコリと頭を下げて遠ざかり、
「言うだけ言って、俺に全部押し付けよった……!」
 エヴァルトは、唖然としてその背中を見送った。

 結局のところ、キラには何も伝えなかった。
 おそらくは、計画が失敗に終わったことは悟ってはいる。あれほどの混乱に巻き込まれて、なおも作戦の成功を信じるような阿呆ではない。

 だからこそ。エヴァルトは何も話さないという選択をした。
 エリックから伝え聞いたクロスの裏切り的行為も、エマールを狙う途中で現れた”五傑”のロキのことも。そして、戦闘不能に追い込みはしたものの、ガイアもまだ動けるであろうことも。
 それら全てを包み隠さず話してしまうと、キラはまた動いてしまう。

 エマール領の近くでたまたま出会った時からそうだったのだ。
 大怪我を負ってるはずなのに、土ゴブリン相手に突っ込んでいき。”隠された村”では、”水汲み”で無茶をして。闘技場では、マーカスにもブラックにも挑んでいった。
 何が原動力となっているか定かではないが……その異常にタフな体が、キラの無茶に応えているのは確かである。
 だから、話すわけにはいかなかった。

「――ともかく! 怪我人はテントで大人しゅうしとけ! 騎士団も来るらしいし、お前さんの出番はもうないんやから!」
 今からでも戦いに向かおうという気概を見せるキラを、エヴァルトはやっとの思いでテントに押し込んだ。

「見張っとけよ、馬!」
 冗談まじりだったというのに、本当にテントの出入り口を塞ぐようにしてたつ白馬にギョッとしつつ、エヴァルトはテントから離れた。
 少し離れた場所で、シスが湖に向かってぶつぶつ独り言を口にしていた。
 何をしているのかと訝しみ、気配を消して近づく……と、シスは最初から気づいていたかのように、独り言をやめて顔を向けてきた。

「連絡取るいうとったが、何しとんねん。手紙書くんちゃうんかいな」
 エヴァルトは内心どきどきとしながら、平常心を保って問いかけた。
「ええ、今しがた連絡をとっていましたよ」
「……どないして?」
「それは秘密です。ただ――騎士団に応援要請はしましたが、あなたが帝国のスパイであると言うことは伝えていません」
「ほう? どういうつもりや?」
「あなたの話をまだ聞いてませんでしたからね。それに……僕が騎士団へ連絡を取ると言っても、何も反応を示しませんでしたから。少しは信じても良いものかと思いまして――我々に危害を加えるつもりはないと」
「はんっ、そらどうも」

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