28.傷

 医療の知識があるわけでも、怪我のなんたるかに詳しいわけでもない。
 むしろそういうことはエリックの得意分野であり、捻挫をしただとか打撲しただとか言った場合は、必ず何らかの処置を施してくれた。
 そういう姿を人よりも見てきたからこそ、エリックの行動の真意が掴めなくなっていたのだが……。

 徐々に募るモヤモヤを振り払って、セドリックはドミニクの手伝いに徹する。
 ”治癒の魔法”を習ってから、小柄な恋人は医療について熱心に勉強するようになった。
 ”労働街”で出入りするミテリア・カンパニーの商人から古い本を譲ってもらったり、魔法で手伝いをする代わりにこそこそ教えてもらったり。
 その努力の甲斐あって、小さな切り傷程度なら傷跡も残らないくらいに治癒できるようになった。

 だが、剣や槍や魔法で受けた傷には、とても対処できない。
 だからといってドミニクは諦めることなく、自分の手の届く限りの治療を施していく。
 そんな姿に、セドリックも感化されていた。ドミニクの指示通りに包帯やガーゼを当て、時には患者を抑えつけながら……彼女の懸命な姿に、勇気をもらい続けていたのだった。

「――おつかれ、ドミニク。俺もほかに何かできればよかったんだけどな」
「大丈夫、気にしないで。私も、セドリックがいなきゃもっと何もできなかった」
「……お見通しってことかよ」
「難しい顔してたから」

 そういうと、ふらりと恋人の体が傾き、セドリックは慌てて受け止めた。
 小柄で軽い体を支えつつ、地面に腰を下ろして、膝に頭を乗っけてやる。すると、少しばかり顔色を悪くしていたドミニクが、嬉しそうに微笑んだ。
「ありがと」
「これくらいできねえとな」

 きめ細やかな茶髪を撫でてやりながら、セドリックは周りに目をやった。
 誰も彼もが、草原に腰を下ろしたり、横たわったりしていた。重く陰鬱な空気が垂れ込んではいたが、ようやくひと段落ついたところで、少しばかり和らいでいる気もする。
 だが、それも束の間の休息だった。

 文字通り、空から何かが降ってきたのである。散らばって各々休んでいる反乱軍のど真ん中に、どんっ、と着地する。
 最初は白馬のユニィが戻ってきたのかと、ドミニクと一緒に飛び起きたが、
「マッタク……世話ノやける……」
 そこにいたのは、ゾッとするような低い声を垂れ流す白い何かだった。

 世に聞く幽霊の如く、白いマントだけがゆらりゆらりと揺れる様に、緊張が走った。みな、パッと体を起こして臨戦態勢を取る。
 セドリックも全身の毛が逆立つのを感じ、腰に携えた剣を握る。
 が……そうではない人が一人だけいた。

「シス殿……! 無事だったか、よかった」
 ニコラが、ホッとして揺れる白マントに駆け寄ったのである。
「シス……って、シスさんっ?」
 セドリックがギョッとして叫ぶと、白マントなシスが振り向いた。とはいっても、真っ白なフードの内側は不自然なくらいに影で塗りつぶされていて、顔つきが見えない。

「不満ソウだな」
「信じられないってだけっすよ……。――って、抱えてるのって、もしかして」
 セドリックは白シスの両腕に注目した。白マントに隠れて判然としないが、大人と少年を一人ずつ抱えているようだった。
 シスは、乱暴にも二人を地面へ放り出し……ぼふん、と突如として立ち込める煙に包まれた。
 またもいきなりの事態に目を丸くしていると、いつもの黒マントにフードを被ったシスが煙を払って姿を表した。

「少しばかり乱暴でしたが、まあ、許してください。なにぶん、こちらも急いでいたもので」
「いや、礼を言う。一時はどうなるかと思ったが……よかった……!」
 ニコラが、すぐさま地面に突っ伏した少年の方……エリックの元へ駆け寄る。
 父親に抱えられたエリックは、泥だらけの傷だらけで気絶もしていたが、目立った大怪我はないようだった。

「それで、シス殿……この尻丸出しの紳士は?」
「さあ。少年を庇いながら走っていたので、敵ではないとは思います。が――失礼、こちらもあまり悠長にはしていられないようなので」
 シスは自ら話の腰を折って、反乱軍の隅々へ目をくばりながら言った。

「応急処置の準備をお願いします。ありったけのタオルと包帯と、傷薬と軟膏。服も予備があれば。それから、すみませんがドミニクさん、”治癒の魔法”を」
 テキパキと指示を飛ばすシスに各々困惑していたが、ニコラが先んじて動いたおかげで、その場が滞るということはなかった。救護班を中心として、いろんなところへ散らかったものをかき集める。

 ただ、名指しで呼ばれたドミニクだけは、どうしていいか分からずにセドリックの影に隠れたままでいた。
「私……?」
「ええ、そうです。反乱軍、ひいては”隠された村”や”労働街”で一番まともな”治癒の魔法”を使えますからね。僕は、あいにく不得手なので――自分にならば、荒療治で済ませるのですが」
「でも、ほとんどの治癒を使えない。それに、もう魔力も尽きてる」
「そこは僕がフォローしますよ。それに――彼にはあまり効果がありませんからね」
「彼……?」
「……ええ。道中、合流したので。あまり急かすのも酷な状態でした――ショックかもしれませんが、気をしっかり持っていてください。セドリックさんも」

 慌ただしいながらも、受け入れ態勢が何とか整いつつあった。
 そこへ、鳴り響く馬蹄の音が風に乗って届いてきた。エヴァルトが白馬のユニィを操り、猛スピードで近づいてきていた。
 少ししてその姿がくっきりと確認でき、彼が尋常でない怪我を負っているのがわかる。額から流れる血で顔半分を真っ赤に染め、片腕だけでなんとか手綱を握っている。

 しかし、大変なのはエヴァルトだけではなかった。
 白馬が到着して、ようやくもう一人がその背中に乗っていたことに気づいたのである。
「今回ばかりは誉めたるで……はよ処置したらんと、まずいからな。間違っても殺してくれるなよ……!」
「ええ、わかってますよ。あなたは別なところで治療を受けてください。――ニコラさん、手を貸してください」

 最初はなんのことだか分からずに戸惑うばかりだったニコラだが、さっと顔色を変えた。
 白馬にうつ伏せになって、彼が……キラが乗せられていたのだ。
 その様子は、見るも無惨。セドリックもドミニクも、恐怖で奇妙な声が喉をついて出ていた。駆けつけたオーウェン達も、言葉を失っている。

 キラは、上半身を焼かれていた。服もマントも跡形もなく消え去り、そのせいで一つとして無事なところのない箇所が曝け出されている。
 それだけでなく、両足からどくどく流れ出る血が止まらず……苦しそうに呼吸をしているのが信じられないほどの惨状だった。

「”不可視の魔法”で浮かします。ただ、こっちの状態ではあまり繊細なコントロールはできないので。ニコラ殿、地面近くにまで近づけますから、キラさんの頭を持ってあげてください。幸い頭部にやけどはありませんが、ゆっくり、丁寧に、慎重に」
「わ、わかった……」
 シスはじっとしている白馬の背中に掌を向け、ふわりとキラの体を浮かした。

「ドミニクさん。浮遊状態が定まったら、キラさんの喉近くに手を添えてください。気道もダメージを受けているようですから、一番に治癒しなければ」
「わかった……!」
 ニコラとドミニクが指示通りに動き、シスが汗を流しながら、慎重にキラの体を”見えない手”で操る。
 その一連の流れを目にして、セドリックはいてもたってもいられなくなった。

「なあ、俺にできることがあれば……!」
「いい覚悟です。では、キラさんの足を持ってあげてください。”不可視の魔法”を解きはしませんが、ドミニクさんのフォローに回るので、ちょっと体重がかかりますよ」
「了解っす……っ」
「くれぐれもやけど箇所には手を触れないように」

 それから、キラにとっては永遠の地獄だろう時間が過ぎていった。
 ドミニクが喉にかけた”治癒の魔法”は、驚くほどに効果を見せることはなく、ひゅうひゅうとした苦しそうな呼吸が延々と続いていた。
 いつ息が止まってもおかしくない状態に、幾度も最悪な事態を想像してしまいながらも、セドリックはニコラとともにシスの”不可視の魔法”の補助をし続けた。

 キラの呼吸がようやく安定したところで、上半身の治癒に入った。ドミニクも魔力がほとんどない状態だったが……。
「魔法とは、つまりは”魔素”を供給源とした”魔法現象”。暖炉で燃え盛る炎と同じ……”魔素”をかき集めれば燃料の足しにもなるのですよ。これこそ、”不可視の魔法”の得意分野です」

 セドリックにはさっぱりだったが、ドミニクはそれだけで理解したらしい。
 シスも驚く『超低出力』で”治癒の魔法”を維持し、やけどにより破壊されていた体を少しずつ再生させていった。
 ようやく軟膏を塗れる段階に至るまで、六時間という時間が経ち……包帯で隙なくぐるぐる巻いてひと段落終わった頃には、日がどっぷりと暮れていた。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次