20.ただなか

  ○   ○   ○

 時は戻り、現在。
 結局キラは、シスの作ったであろう大穴へ飛び降りることなく、”貴族街”へ向かった。
 身体に受けた傷は、もう痛みが引いている。
 否。
 そんなことに構ってられる状況では、すでになくなっていた。

「侵入者を許すな!」
「城へは近づかせるな!」
「ハッ、殺しあいだ、皆殺しだ!」
 右を向けば、エマール直属騎士や傭兵がいきりたち。

「我らがクロスの意思を受け継ぐのだ!」
「邪魔者は排除せよ! 我らが主神の名のもとに!」
 左を向けば、クロス一派とでも言うべき戦士が雄叫びを上げ。

 誰と誰が味方で敵なのかも分からない戦場に、キラは巻き込まれてしまっていた。背後から襲いかかってきた傭兵を避け、すれ違いざまにその腹をかっさばく。
「さっきの声のした方に――早く教会に……!」
 行き先は教会……”貴族街”の南東の”境界壁”沿い。
 襲いかかる魔法や剣や斧や槍に、”センゴの刀”一本で対処しつつ、混沌とした戦場を見渡す。

「でも……」
 少し経って気づいたのは、クロス一派の正体だった。彼らは楔帷子や革鎧を身にまとってはいたが、決して万全の装備ではなかった。
 その格好は市井で生活するそれであり……つまるところ、”労働街”市民なのである。
「”労働街”にクロス一派が紛れてたってことは、反乱軍にも……。ってことは、ほんとにカオスじゃないか――味方討ちもありうる」

 目の前から降りかかる剣を刀でいなし、首に刃を押し当て、引き裂く。
 崩れ行く騎士のその手から剣を奪って、左手から迫る敵へ向ける。斧を剣で受け止め、その柄を刀で斬り裂き、二つの刃で首を切り落とす。
 倒れゆく身体の隣を通り過ぎ、キラは戦場を駆けた。

「ユニィを先に行かせてよかった……! エリックを見つけたらすぐにセドリックたちのところへ――もうエマールの確保どころじゃない」
 反射的に攻撃を繰り出す戦士の脇をかいくぐり。あるいは迎撃して的確に命を刈り取り。時折人の影に入って魔法をやり過ごす。
「にしても、どっからどうやって”貴族街”に――」

 雑然とする戦場でも、ついに狙って奇襲を仕掛ける者も出てきた。キラは舌打ちをして走る足を止め、今に斧を振り下ろさんとする大男へ向き直る。
 しかし、動きを止めたのは一瞬のみ。
 大男が確信を持って前のめりになったのを見計らい、さっと横へ避ける。
 石畳を砕き地面にめり込む戦斧を冷静に見届け、”センゴの刀”を握りしめる。

 大男の着込んでいるのは革鎧――使い古されて所々がすり減っている――一気にケリをつけたい。
 キラは、グンッ、と一気に踏み込みつつ、考えると同時に動いていた。
 先程奪った剣を男の腕に突き刺し。
 地面に釘付けにしたところで接近。
 うろたえ悶ている間に、刀で一閃。

「貴様ッ!」
 亡骸となって地面に突っ伏した大男を目にして、その仲間が目をひん剥いた。
 しゃにむに飛び出して、ほとんど考えのない攻撃を繰り出す。
 キラはきらめく刃を”センゴの刀”で受け止めた。

「なぜそんな惨いことが出来る!」
「……は?」
 敵から投げつけられた言葉に、キラは思わず間の抜けた空気を吐いた。
 すると力が抜けてしまい、その隙をついて押し込まれる。
 うめきつつ、ざっと周囲を見渡して、肝を冷やした。
 大男はよほど慕われていたのか、エマール直属騎士や傭兵たちに向いていた敵意が、一気に方向転換したのだ。

「この聖戦! 多くの血が流れる――それは承知の上! しかし、貴様の行いには目に余るものがある!」
「何を……ッ」
「無感情に、ただ淡々と――慈悲はないのかと問うているのだ!」

 困惑に困惑を重ねられ、キラは言葉をつまらせた。
 確かに、息荒く剣を押し込んでくる男の言うとおりに、命へ向けて刀を振るうことに一切の迷いもなかった。
 そういう意味では、無慈悲で非情ではあるが……。
 キラの頭の中で、怒りがグルリグルリとつのり始めていた。

「人の始めた戦いに便乗して、混乱招き入れて……!」
「我らには――」
「死が恐いなら、最初っから引っ込んどきなよ! そんな腑抜けが戦場に出て――何が守れるって言うのさ!」
 キラは怒りのままに剣を弾いた。一瞬刀を引いて、その隙間を勢いよく振り払う。 
 いきなりのことに相手がよろめいているうちに、懐へ踏み入りつつ、突きを撃ち放つ。
 ”センゴの刀”の鋭い刃は、少しばかり鎧に阻まれながらも、深々と喉へ切り込んだ。

「カッ、は……ッ」
 キラは、男が後ろ向きに倒れていく姿から目を離さず……ドサリと横倒しになったところで、あたりへ目を走らせた。
 状況は最悪だった。
 いきり立つクロス一派の包囲網は厚い。二人の仲間の死に動揺し、誰も彼もがピクリとも動かないでいるものの、それも時間の問題。
「全員相手にしてる暇はない――」
 キラは刀を納め、一目散に駆け出した。

 宗教騎士のような戦士たちの合間をすり抜けていく。降りかかる剣撃や魔法は最低限の対処で済ませ、可能な限り避けていく。
 それでも行く手を阻む者は、奇襲的に抜刀術で無力化した。
 恨みつらみの罵倒を背中に受け、しかし立ち止まることなく追手を振り切ろうとして……。

「こんなタイミングで――ッ」
 戦場でただひとり右往左往している少年――エリックを見つけた。
 黄色いマントの騎士たちや、野蛮な傭兵たち、宗教騎士な戦士たち……もはや誰が味方化もわからないような中に取り残されている。
 間の悪さにキラは毒づき、しかし、迷うことなく突き進んだ。

「エリック!」
「え――あっ、お前!」

 気が抜けたような、それでいてムッとしたような。
 なんとも言えない間抜けな顔つきに、キラはイラッとしながら戦況を確認した。
 いつの間にやら、”境界壁”が視界に入っていた。壁には何やら大きな亀裂が入っており、そこからクロス一派が押し押せてきている。

 対するエマール側は、エマール直属騎士たちを中心に集まっていた。指揮官の命令のもと、亀裂から湧いてくる敵を抑えようとする。
 二つの勢力のぶつかり合いは、広いともいえない道で勃発していた。
 戦火は脇道へと溢れ出て――エリックは、振りかかる火の粉を避けようと、慌てて細道へ姿を消してしまった。

「追わなきゃ――っと」
 背後から空気を引き裂くような音が近づき、キラは反射的に飛び退った。
 ごろりと転がって家屋を背にして立ち上がり、急接近してきた敵と相対する。
 槍を脇に構えて突撃する男。その背後には、今に魔法を放とうとする魔法使い。
 そこでキラは、抜刀することなく、グンッと飛び出した。高速の勢いで迫りくる槍をすれすれのところで避け、体当たりをかます。

「ぐ、何を――っ」
「ああ、危ないっ」
 体勢を崩した男は、そのまま味方の放った魔法に飲み込まれた。
 黒焦げになり前のめりになる身体を、キラは思いっきり突き飛ばした。悲鳴と怒号が連なる中、あえてすぐそばで広がる戦火に飛び込む。

 飛び交う喧騒と衝突と魔法。
 絶えず視線を巡らせては危険を察知し、最小限の動きで避けていく。
 脇道めがけて戦場をかき分け――、
「――っ!」
 キラは大きく踏み出した足で急制動をかけた。

 いきなり、目の前に男が立ちふさがったのだ。がりがりと靴底で石畳をこすって、何とか突っ込むのを回避する。
 ひやりとしながら、ぱっと背後へ飛び退って臨戦態勢に入り、
「……?」
 攻撃に対処しようと相手をみて、思わず首を傾げた。

 さながら、上流階級に住まう若い紳士が戦場に迷い込んでいるかのようだった。
 栗色の頭に乗っかる山高帽に、蝶ネクタイの目立つ礼服、真っ白な手袋をしてステッキを持っている。戦塵により泥まみれになっているが、どれも一級品ということがわかる。
 異質な存在感に、キラは逆に警戒を強め……。

「少年よ! このステッキを見たまえ」
「?」
 割れ顎が特徴的な男の呼びかけに、再び首を傾げた。
 紳士な男は手に持っていたステッキを横にして掲げると、柄と石突を力強く握った。
「これにはとある仕掛けが施されていてね……」
 キュッ、とステッキの石突をひねる仕草は、大道芸人のようでもあった。

 大げさながらも、なにか人を惹きつける雰囲気がある。
 事実。背後では炎による爆発が家屋を吹き飛ばし、その余波に巻き込まれたクロス一派が悲鳴を上げている……というのに、キラは目の前の動きから視線を動かせなかった。
 だが、決して油断はしない。そっと左手を刀に添えて、チキリと鯉口を切る。

「普通のステッキではないのだよ……」
「……仕込み杖?」
 キラは自分のつぶやいた言葉に、危機感を覚えた。
 何が起きても対処できるよう神経をとがらせる。
 その警戒を知ってか知らずか、割れ顎紳士はゆっくりとした動作で石突をステッキから取り外した。

「……あれ、そういえば……」
 ゆっくり、ゆっくり。石突を引き離す手を見て、キラははたと思い起こした。
 仕込み杖であるならば、普通は柄を取り外すことになる。杖に隠した刃を扱わねばならないのだから、石突のほうに隠していては握りがあまりに小さくて意味がない。
 ナイフか、はたまた短剣なのか。

 キラが三度注目したところ、
「布……?」
 ステッキの中から現れたのは、白い布だった。
 随分とギュウギュウに詰め込んでいたようで、顎割れ男が腕いっぱいに広げて、ようやくその全貌が明らかになった。
 白い布地の中央には、達筆な文字が綴られているが……。

「読めない……」
 キラがつぶやくと、顎な紳士はズンッと落ち込んだ。
「まさか……! 我輩、一生の不覚……!」
 その落ち込みようと言ったら。
 ここが戦場であることを感じさせないような、見事な崩れっぷりだった。せっかくの紳士服が汚れるのも構わず膝を付き、バンッ、と平手で石畳を叩く。
 しばらくの間悔しそうに震え……何に思い至ったのか、キラの困惑を置き去りにして、颯爽と立ち直った。
 すくりと立ち上がり、少々汚れた白い布を広げて、声を張り上げる。

「ここに書かれているのは、『我輩は”平和の味方”ローラン! 疾く、戦いをやめよ!』である」
「はあ……」
「すなわち! 人類みな兄弟――我々は決して敵ではない! 少年よ、仲良くやろうではないかっ」

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