1.血筋

 エグバート王国の歴史において、”ローラ”という名前の王が誕生するのは、これで三度目のことだった。
 そのため、ローラは改めて”ローラ三世”と相成り、即位式も兼ねた”ローラ三世誕生パーティ”の開催が彼女にとっての初めての公務となる。
 異例ではあったが、実を言えば、歴代国王もろくなスタートを切ってはいない。

 例えば。
 今は先代となったラザラスは、顔を覚えてもらうためと称して、『今日から王様です』などと手を振りながら王都中で演説をして回った。
 その前の代ともなると。”聖母教”教皇も招いた社交パーティーにて、サプライズとして即位を公表したのである。皆が騒然とするのも構わず、パーティーは即位式へと変わり、更に戴冠式も続けて執り行われた。

 異例という言葉が意味を持たなくなるほど、王国における即位は突発的だった。
 もはや王国の七不思議として捉えられ……その当事者となってしまったローラとしては、歴代の王たちの気持ちを理解せざるを得なかった。
 王家に代々伝わる”使命”。
 この内容を聞かされてなくとも、”使命”のために王家が動いていることは間違いないのだ。
 王位継承順位を無視した即位も、何の告知もない王の世代交代も、王の座を守り切る姿勢も……。”使命”を繋がなければならないという固い意志によるものなのである。

 とはいっても。
「疲れました……」
 齢十四のローラにしてみれば、約千年分の思いを一夜にして受け止めたようなものであり、その重圧に押しつぶされそうになっていた。
 様々に挨拶を求めてくる貴族や高官たちと言葉をかわしながら、肩にかかる重さに気づき……ほとんど無意識にパーティ会場を離れて、自分用にあてがわれた寝室へ足を運んでいた。

 クロエに手伝ってもらいながらドレスを脱ぎ去り、化粧もきれいに落として、お気に入りの寝間着に身を包む。
 そうして一息ついたところで、ポンッ、とベッドへ飛び込んだ。
「あぁ……ずっとこうしていたいです……」
「それはなかなかに難しい問題かと。二時間後にはパレードが控えていますし、なによりここはエルトリア邸ですので」
「クロエさん……。そういうことではないのです」
「失礼致しました。……確かに、朝から忙しなかったですからね」

 即位パーティが開かれているのは、王城ではなくエルトリア邸だった。
 なんでも、”英雄の再来”と謳われている少年のために、父ラザラスが『よし、集合場所はエルトリア家だ!』と会場を変えてしまったのだ。
 おかげでエルトリア家も王城もてんやわんや。なんとなくラザラスの気代わりを察知していた王城の使用人たちはともかく、エルトリア家はそれはもう大変だったという。

 何しろ、言い出しっぺのラザラスが『わしも手伝おう!』と乗り出したのだ。
 これには流石にエルトリア当主”代理”のシリウス、それにリリィやセレナも一緒になって食い止め……しかし時間もないということで、ローラやクロエも駆り出されてパーティ会場づくりを進めたのである。

「楽しいは楽しいのですが……お父様の気分屋加減には参ってしまいます」
「ふふ、心中お察ししますよ。しかし、ラザラス様も皆の体調を慮ってのことなのです。王城地下に幽閉されていたシリウス殿やアラン殿は、まだパーティに参加できるほど快復されておりませんし。リリィさんたちも、上手に隠してはいますが、王都奪還へ向けた無茶な活動がたたっているみたいですからね」
「分かってますよ……。今回ほど自分の非力さを痛感したことはありません……旗を掲げて号令するだけの人間に、一体どれほどの価値があるのか……。お父様に口酸っぱく『強く在れ』と言われ続けた意味を、ようやく理解できました」
「そうかもしれませんが……少なくとも、ラザラス様はローラ様の心意気を誰よりも褒めてましたよ。『強さ』とは、単に戦えるだけの人間が持つものではないのです」
 ローラは納得できずに、ベッドのマットに顔をうずめた。

「……あのお父様が誰かを手放しに褒めるところ、初めてみました」
「……? キラ殿のことでしょうか? たしかに、ラザラス様もあれでいて――といっては失礼ですが――なかなか厳し目な方ですからね。ローラ様には甘い部分もありますが」
「私にも、あの方のような力があれば……」
「それは誰もが思うでしょう。帝都へ単身乗り込み、皇帝と話をつける……ざっくりと聞いた感じでも、ちょっと理解が及ばない凄まじさです。しかし――」

 そこで言葉を切り、なかなか続かないことにヤキモキしたローラは、ごろりとベッドの上で転がった。
 ベッドのそばに控えるクロエのその表情を見上げて、ぎょっとする。
 常に冷静沈着。ときに堅物と呼ばれようと、近衛騎士としての規律を重んじ、秩序を乱す一切を排除する。
 それらはすべて、過剰なほどの自身への信頼ゆえだった。
 培ってきた経験、ラザラスに買われた実力、鍛えてきた判断力と思考力。何があろうと揺るがない芯をもつことそのものが、クロエ・サーベラスの誇りだった。

 そんな彼女が……。
「真に注目すべきは、その迷いのなさです。友達のためなら、体調が悪くとも足を止めない意志の固さです。あの”貫く力”……かの英雄に”後継者”とされるはずです」
 キラという存在によって、揺れているように見えた。
 悔しそうであり、それでいて……。
「クロエさん……まさか」
 真相を追求しようと、ローラが緩みそうな言葉を引き締めて紡ごうとする。

 しかし、今まさしく問いかけようとしたとき、この世で最も無粋な登場の仕方に遮られてしまった。
 父ラザラスが、バンッ、とやたらと音を立てて入ってくる。
「ローラ女王! 会場におらんと思ったら、もうベッドに――む、何故睨む?」
 ローラは父の視線も問いかけも無視して、パッとクロエを見た。
 しかし、彼女は背中を向けたところで、その表情を再度伺うことはできなかった。部屋の隅の方で彫像のように控えたその時には、すでにいつもの冷静沈着さを取り戻していた。

「あぁ、辛い……。娘が冷たい……」
 ローラがじっとりと睨むと、王城を取り戻すため帝国兵全員を相手取ったという筋肉隆々なラザラスは、目に見えてしょげていた。
 姿勢も丸まり、そこへ、
「そういうものですわよ、ラザラス様」
 続けて姿を現した竜ノ騎士団”元帥”リリィが慰めにもならない慰めをする。

 華麗なお辞儀をする彼女にローラも深く会釈をしてから、父にもわかるようにたっぷりとため息を吐き出した。
「……はあ、もう分かりましたから。探していたみたいな口ぶりでしたが、何か用がありましたか?」
「うむ、まあな。ちょいと重要なことだ――誰も近寄ることのないこの部屋は、かえって好都合かもしれん」
「重要なこと……。――ああ、リリィさん、ごめんなさい。どうぞおかけになってください……と、リリィさんのお家で言うのも変な感じですが」

 紅のドレスを着た絶世の美女リリィは、これまた美しく微笑んだ。
「ローラ様がおられる場所が、いつでも王の間となります。ですから、何一つ気になさることはありませんわ」
 ローラがその言い回しにクスクスと笑っていると、リリィよりも先に父ラザラスが動き出した。
 ずかずかと大股で部屋に踏み込んで来るや、テラスに面した窓際まで直行する。エルトリア邸の豊かな森を堪能できる位置に配置されたテーブルと椅子を、おおざっぱに丸ごと移動させる。
 ローラの寝転ぶベッドの直ぐ側まで引きずり、どかりと椅子に腰を下ろす。

 そのさまを呆れて見ていると、いつの間にやら動き出したクロエが、ドレス姿のリリィをよどみなく着席までリードしていた。
「お父様……。もうちょっと紳士っぽくなりませんか」
「わっはっは! 面白い冗談だっ」
 豪快に笑うラザラスに、ローラはクロエと一緒になってため息を付いた。
 そのさまを見たリリィが、ひとりくすくすと笑い……彼女が満足したところで、ラザラスが話を切り出した。

「まあ、ワシとしては、”継承式”をとっとと済ませて”使命”を継いでおきたいのだが。その前に頭を使わねばならん事態に陥った」
「緊急事態、ということですよね。しかし、その前に”継承式”って……確か、”使命”について軽く聞いた時に似たようなことを言ってましたよね」
「さすがは我が娘! 覚えがいい上に物分りがすこぶる早い!」

 『明日から王様だ!』と物真似するクロエを通じて王位継承の事実を知った直後のこと……。
 何故このタイミングの継承なのかと問いかけたところ、このタイミングだからこその継承なのであると聞いた。
 エグバート王家は、約千年前から続く”使命”のために、”血”とともに生き延びねばならないのだと。

 クロエの方を見ると、彼女も腑に落ちたかのように納得した顔つきをしていた。
 ただ一人事情を知らないリリィは、難しい顔をしてなんとか話の流れをつかもうとしている。
 そこで、ふとローラは不思議に思った。
 何故、リリィ・エルトリアがここにいるのだろうと。
 何故、彼女がいるにもかかわらず、”使命”の話を切り出してしまったのかと。

 そのふとした疑問は、すぐに解消されることとなった。
「この際だからついでに伝えておこう。リリィよ、きみもエルトリアの血を継ぐ者として、”使命”を共有してもらう」
「……はい?」
「ま、本来なら直系ゆえにエルトリアも知るべきことだったのだが、色々あって百年ほど前から”継承式”は王家のみが受けるものとなったのだ。ああ、”使命”やら”継承式”やら詳しいことについては、またのちのちな。今はそれどころではないのだ」
「え? え? ……はあ」

 リリィが慌てふためき、チラリと視線を送ってくるも、ローラは頷くだけにとどめた。同じく、クロエも何も言わずに厳かに頷く。
 ラザラスとは、こういう人物なのだ。勝手に話を進めて、勝手に話を畳んでしまう。
 困惑と混乱が晴れないものの、リリィもそのことを感じ取ったのか、どうにか無理やり様々な疑問を飲み込んだ。

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