93.雷VS闇

 自ら意図して”雷”を放ったわけではなかった。内側に潜む”誰か”が手を貸したわけでもない。
 単なる暴走だった。
 おそらくは”覇”が”力”を乱し、引き出したのだ。
 それでも良かった。どれだけ身体が悲鳴をあげようとも、怒りを抑えられそうにはなかった。
 いっそのこと、そのまま”闇”を消し去りたかった。

 が……。
「この短期間で”神力”を身につけるとは――だが」
 ”雷”が消し去るよりも早く、そして大きく。
 ”闇”は増殖し、拡散し、膨れ上がっていた。

「夜は俺の領域だ」

 なすすべもなく。
 ”力”が”力”に抑え込まれ、飲み込まれてしまう。
 黒い奔流に押し流され――気がつけば、街の外にまで追いやられていた。

「ハァ、ハァ……何が……」
 キラは雪積もる平地で、膝をついていた。
 ”闇”に押しつぶされたかとも思ったが、全く平気だった。両肩の怪我はあれど、”力”によって傷つけられたところはどこにもない。
 呆然として立ち上がり……そこで、漆柄を握る手にも”雷”が巻き付いているのを見た。

 無意識なのか、それとも”誰か”のせいか。”雷”で全身を包み込み、”闇”に潰されるのを防いだらしかった。
 それがなければ、どうなっていたことか。
 帝都の防壁が崩れているのを見て、ひやりとしたものが背筋を張った。

「貴様のしつこさには毎度目をみはる!」
 キラはハッとして刀を握り直し、素早く振り向いた。
 暗闇を渡って瞬間的な移動を果たしたブラックが、白銀の剣を振り構えている。
 速く、鋭く、正確な一撃。だからこそ受け止めやすいと、レオナルドとの修業を経たから知っていた。
 受け止め、威力をいなし、鍔迫り合いへ持っていく。
 ブラックの表情が驚きにわずかに歪む。

「チッ……そうやって、あの老いた英雄にも凌がれた……!」

 ぎりぎりと刃と刃が震え合う中、キラは相対する剣に目を奪われた。
 ”ペンドラゴンの剣”。平凡な見た目で、”闇”によって黒く塗り固められていたが、見間違えるはずもなかった。
 ギリッ、と歯を食いしばる。

「だったらそれは、君こそが傲慢だったってことさ!」
「何だとッ……!」

 鍔迫り合いのまま身体を押し込み、体勢を変えさせる。
 ブラックがたまらず半歩引いたところで、刀で剣を弾き――脇腹めがけて腕を振り抜く。
 鍔迫り合いから開放された速い一振りを、しかしブラックは、”闇”にまぎれて回避した。
 幻と戦ったときと同じ反応――、
「大体、君は何なんだ! レオナルドのもとにいたから知ってるぞ――」
 キラは流れるように動き、死角から現れたブラックに振り向いた。

 鋭く繰り出される刺突を、上半身の動きだけでかわす。
 怒りに気が狂いそうになりながらも、思考はクリアだった。即座に、無防備なブラックの腹めがけて峰打ちを試みる。
 予想通り。身動きの取れないブラックは、”闇”を使って脱出した。
 空を切った刀の重さを利用し、今度はステップを踏んで、死角から離れる。

「あの人に師事しておいて、なんでそう身勝手になれる!」

 寸前までいた場所に、黒剣の強烈な振り下ろしが叩き込まれた。
 ピシリと地面がひび割れ、直後、白い雪の合間から黒い”闇”が噴出する。
 顔面めがけて突進してくる黒棘を、頭をそらして避け――続けて、瞬間移動で背後へ回ったブラックの剣を見極める。
 狙いは胸元。左手に握り直した刀で、大きく振り払って対処した。

「あんなに優しい人が、何も教えてくれなかったわけがない――君は、過去すら見ようとしてないじゃないか!」

 剣を弾かれたブラックは、それを見越していたようだった。
 素早い身のこなしで崩れかけた体勢を持ち直す。
 剣を後ろへ退いて、左手を突き出す。
 掌には、”闇”が凝縮されていた。

 キラも、遅れて右手を構えた。
 パチリと”雷”が腕に巻き付き、放出。
 身体は、すでに限界を迎えている。びきびきと神経がつり、しかしそれでも、”強靭な体”は耐えきった。
 飲み込まれる寸前で”闇”を打ち払い――視界が晴れたところで、キラは唇を噛み締めた。
 反動で動けなくなった一瞬を、ブラックは見逃さなかったのだ。

「もう、黙れ……!」
 たった。
 その一手で。
 すべてをひっくり返された。

 胸元へ迫りくる掌には真っ黒な渦が巻き起こり、ほぼゼロ距離で噴出した。
 まともな反応も受け身も取れず……ただただ、キラは空中へと放り出されて墜落した。
「こうしていれば、幾分楽だった……。腹立たしいことに、近接戦闘においては貴様のほうが秀でている」
 ブラックが何か言っていたが、キラには遠く聞こえた。

「何を吹き込まれたかは知らないがな。優しくとも、”奇才”などと呼ばれていても、やつにも不可能なことがある。――知ったような口をきくな」
 感じるのは、突っ伏す地面の冷たさのみ。ブラックに対して言い返すどころか、身体を動かすこともできない。
 視界はぼやけ始め……そこで、ブラック以外の人影が動くのをぼんやりと見て取った。

「チッ、一足遅かったか……! 黒いの、そいつァワシに寄越せ! この手で締めてやらねば腹の虫が収まらんッ!」
 一つの影が、低くしわがれた声で叫んだ。
 そんな荒々しい翁に対して、もう一つの影が静かに諭す。
「トーマス・マキシマ……耳障りだ。商人風情に遅れを取る貴様の失態よ――おかげで、ロジャーの術中に嵌った。恥を知れ」
「マキシマと! そう呼べ、マルトフ!」
「普通の名前ではないか、トーマス」
「貴様ァ……!」

 トーマス・マキシマとボリス・マルトフ。
 ぼんやりとする頭に浮かんできたその名前が”五傑”二人のものだと、キラはしばらくたってから気がついた。

「喧嘩するならー、もらっていい? それ」
 バサリとはためく音と、インコ特有の甲高い声。
 それを聞いたのと同時に、ドグリと心臓が跳ねた。さながら拒絶反応でも起こしたかのように――一気に、体の中を”血”が駆け巡る。
 水中に引っ張り込まれたのかと思うほどに、一瞬にして視界が暗くなっていく。

「ロキ、手を出すなと言ったはずだ――ドラゴンに乗ってくるな。それと〝五傑〟二人――ことと次第によっては、貴様らも処罰は免れんからな」
「えー、やだー」
「小童が! ワシに命令するな!」
「こればかりはトーマスに賛同しよう。若輩者が判断を下すなど、笑止千万」
「マキシマと呼べ!」
 場違いな喧騒も、やがて消えていき……。
 キラの意識は、体の奥底へと押し込められた。

 一つ、思い出したことがあった。
 レオナルドに別れを告げ、港町ガヴァンの東の森で”人形”と戦った後。すなわち、海賊船”コルベール号”で目を覚ます前。
 キラは、夢の中で説教を受けていた。
 それが誰なのかは分からない。しかし、”女の声”ではっきりと、こう告げたのだ。

〈今まで生き残ってきたのは幸運だからよ〉
 そう切り出すや、彼女は容赦なく続けた。
〈あなたの戦いには、常に誰かがそばにいた。ドラゴンと戦ったときも、ガイアという傭兵と戦ったときも――運良く誰かに助けられて、生き延びたに過ぎないのよ〉

 反論の余地もなかった。
 ドラゴンと戦ったときは、ヴァンが横入りしてくれたおかげで、その場を逃げることができた。ガイアの”硬い肌”と対峙したとき、セドリックのおかげで窮地を脱した。
 ブラックと戦ったときなどは、ランディがその生命を賭して逃してくれた。
 ピンチを前に立ち向かったはいいものの、結局は誰かに助けられたのだ。

〈戦場において、戦いは一つとは限らない。一人孤立することもある。――そんな時に、魔法も使えないあなたが、どうやって生き残るというの?〉
 突きつけられた問いかけに、キラは言葉をつまらせた。
〈それでも襲いかかる不条理に、どうするというの?〉
 だが、選択肢を思い浮かべるほど器用ではない。
 ましてや、逃げることなどもってのほか。
 今持つ力を最大限に引き出し、戦い続けるのみ。
 そう答えたところ、彼女は仕方がなさそうにため息を付き、こう言った。
〈なら、私の言うことを聞きなさい。危ないときは、素直に身体を明け渡すのよ〉

 ひどく不思議な感覚だった。
 先程までとは違い、意識がはっきりとしている。痛みに支配されていたのが嘘だったかのように、キレイサッパリに消え去っている。
 だからこそ、ひどい違和感が襲ってきた。

 突っ伏していた地面に手を突き立てる感覚。掌にくっついた土と雪の感触。ゆっくりと立ち上がり、少しばかり揺れる様子。潮の香りから、靴が地面で擦れる音、ブラックや”五傑”たちが注目しているさまなど、全てをいつもどおりに感じていた。

 キラが指の一つも動かしていないというのに。
 ひとりでに体が動き、感じ、そして、
「いやあ……慣れてないなあ、”覇”を使うの。防いだと思ったんだけど……結構痛い」
 勝手に口が開いて、少し高めの声でそうつぶやいた。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次