9.メイドで親友

 発作も落ち着き、幾分身体の自由を取り戻し、旅を再開し。
 そこでキラは、少しばかり後悔していた。
 あいのりまでしなくてもいいと。
 断ればよかったと。

「んふふ……キラ、温かいですわね」
「そ、そう? 暑くない?」
「全然」

 白馬にともにまたがったリリィは、なんの躊躇もなくぴっとり抱きついてきていた。
 まるで、おんぶをせがむ子どもだ。親に甘えるように、距離感も壁も感じることなく、全力でぶつかってきている。
 だからこそ、彼女の体温と匂いと柔らかさとがダイレクトに伝わり……それらが、彼女を突き放す気力を奪っていた。

「ところで、グリューンくん。君はこのあとどうするつもりかね?」
 老人と少年も、相変わらず一緒に栗毛の馬に乗っていた。
 残った青馬は、賢いことに、ユニィと並んで歩いていた。ただ、決して白馬の前には立とうとせず、並んで歩いているのも「ご主人のため」と決め込んでいるようだった。

「どうっていわれてもな……。馬も逃げちまったし、荷物もまるごとなくなった。ロットの村ってのは、旅支度が整えられるのか?」
「む? ……うむ、どうだろうね。食料はともかく、馬の調達は難しいだろう。このあたりは開拓されて見通しがいいとはいえ、森と山で外界から閉ざされている。商人も旅人も、まず立ち寄ることはない。騎士団支部もあるから、彼らを頼る必要もないんだよ」
「よそ者は歓迎しないってことか」
「村というのは、たいていそういうものさ」

「そりゃそうか。んじゃあ聞くが、あんたらはどこへ向かうつもりなんだ?」
「王都、だね」
「その田舎者の病弱を連れて、か?」
「もちろん」
「……よし。じゃあ、俺も王都へ向かうことにする。その道中で馬も手に入るだろうし。なんなら、俺がその病弱のおもりをしてやるよ」

 前方から湿った風が流れ、甲高い声を運ぶ。
 それにムッとしたのは、キラだけではなかった。リリィも、唸りはしなかったものの、いらだちを表すように鼻から息を抜いていた。
 そして、何かを言いかけて、
「おお、見えてきたぞ。ロットの村だ」
 ランディが振り向きながら前方を示したことで、彼女は口を閉じた。

 キラは、リリィの抱きつく力が強まったのを感じつつ、感想を漏らした。
「なんだか……大きいですね。グエストの村よりも」
「百人以上住んでいるし、何より畑も防壁で囲っているからね。ここらあたりは、見晴らしが良い反面、魔獣にも狙われやすいんだよ」
 ロットの村は、大きな壁で囲まれていた。丸太で組まれた壁は、グエストの村とは比較にならないほどに高く、そして左右に連なっていた。
 一面だけで何十本と必要な巨大な防壁は、真ん中に大きな門を構えていた。

「あ……。誰かいますね」
「ロットの村で出迎えとは珍しい。いつもは櫓にいる者に合図を送るんだが。……ほら、あそこだ」
 ランディは壁の左隅を指し示し、手をふった。
 防壁よりも一段と高い櫓がたちそびえ、そこには二人ほど周囲を監視する村人がいた。老人に気づくや、二人して嬉しそうに手を振り返す。

「あら。門の前にいるのはセレナですわね。わたくしの友人であり、メイドですわ」
「へえ……。……あれ?」
 リリィが門の前に立つ友人に向けて手を振り……そこでキラは、ふと気づいた。
 まずいのではなかろうか、と。
 現在、どんな馬より目立つ白馬に相乗りをしている。
 その上で、リリィは距離感を感じることなく、体を寄せている。
 この状況に至ったのには、キラの心臓発作やリリィの距離感のなさなど、様々理由がある。
 それでも、ひと目見て、事情を知らない人がどう思うか。

「……誰ですか、その方は」

 ロットの村の門で出迎えたメイド、セレナはリリィに負けず劣らず、美人だった。
 整った顔立ちなのはもちろんだったが、何よりも赤毛が映えていた。雲の募る不安定な空の下では、濃い紅にも鮮やかな赤色にも滑らかな茶色にも見えて、なんとも不思議な色合いをしている。

「なに怒ってるのよ。らしくないわね」
「当然です。我が主が、見知らぬ男性と相乗りの上、密着しているのですから。メイドとして、友人として……怒るのが当然です」

 キラはセレナの視線に戸惑っていた。
 何しろ、彼女が全く怒っているように見えない。
 無表情なのだ。整った顔立ちは、キラが顔を見た瞬間から、喜びにも怒りにも動揺にも染まることがない。
 口調も実に淡々とし……だからこそ、キラはどう反応すればいいのか分からなかった。

「ふぅん? じゃあ、このわたくしが、どこの馬の骨ともわからない殿方についていく節操なしな女性と同じだと思ってるの?」
「だから、心配をしていると言っているのです。それに、私にとってその方は”馬の骨”です。顔色が骨みたいに白いですし」
「……たまにとんでもない冗談を言うわよね、セレナ」
「突拍子もないリリィ様に似たのでございます」

 どうやら、話は平行線をたどっているようだった。
 ランディをちらりと見てみても、老人はどこか楽しそうにニコニコとしているだけだった。相乗りをしている少年は、興味なさげに顔を背けている。

「彼はキラ。”不死身の英雄”ランディ殿の後継者よ」
「後継者……?」
 そこでようやく、セレナにも表情に変化が訪れた。
 わずかに青い瞳を見張り、小さな唇に僅かな隙間を作る。

 そんなメイドの動揺に付け入るように、ランディが話に割って入った。馬を降り、メイドに向けて手を差し出す。
「彼女の言葉に嘘はないよ。リリィくんも、最初は疑っていた」
「それはそうでしょう……。お会いできて光栄です、”英雄”ランディ様」
 メイドは、おずおずと差し出された手を握った。

 表情に出して見せないものの、彼女もリリィと同じように感情豊かなのだ。
 その様子を見てとることができて、キラは思わず笑ってしまった。
 ――と、
「何がおかしいのですか」
 それをセレナに見咎められた。
 彼女の視線は鋭く、今に射抜かれそうだった。

「い、いや。あの……仕草とか挙動とかリリィに似てるな、って思っただけ、です」
 するとキラは、セレナの奇妙な変化を仔細に見て取った。
 無表情なのは変わらない。だというのに、ぽかんと唖然としているように感じる。
 動かない表情からなのか、ピタリと止まった挙動からなのか。
 僅かな変化で、その心の内が手にとるようにわかった。

「……なるほど。リリィ様を籠絡するだけの事はあるようです」
「ろーらく……?」
「しかし、ちゃんと説明はしてもらいます。なぜあなたがリリィ様とともにいて、これから何をするのか。――リリィ様も」
 未だに白馬から降りようとしないリリィに、厳しい視線を送るセレナ。

「おこりんぼ」
「わからずや」 
 主従関係ではなく、友人関係。
 そんな二人の有り様を、キラは少し羨ましく思った。

 門をくぐると、草原とは違う緑が広がっていた。
 腰ほどにまで成長した小麦畑が、視界を覆い尽くしているのだ。

「どうだ、圧巻だろう?」
「すごいですね。グエストの村じゃ考えられないというか……」
「もう少し経てば、これが全部黄金色に染まるんだ。収穫されれば”ロットの小麦”として王国各地にわたり、美味しいパンに早変わりさ」
 嬉しそうに話すランディに続き、リリィが言う。
「王都で評判のパン屋さんは、たいてい”ロットの小麦”を使用しているそうですわよ。特に食パン! もっちりしてて、何もつけなくてもほんのり甘くって!」
「美味しいお菓子屋さんも、最近使うところが増えているようです。ビスケットが流行りのようでして。ミルクティーにあうものが旬で……」

 白馬の隣を歩いて案内するメイドは、そこまで言って口を閉じた。
 一瞬ではあるが、ちらりと視線を送ってくる。キラが首を傾げていると、ともに白馬に乗るリリィが楽しそうに笑っていた。
「ね? 調子が狂うでしょう?」
「……確かに。なぜでしょうか?」
「いまに分かるわよ。これからずっと一緒なんだから」
「ずっと?」

 セレナはリリィを見上げ、質問を続けようとして躊躇していた。口を開いたのは、栗毛の馬に老人と相乗りをする少年に視線を送ってからだった。
「んだよ」
「あなたは誰でしょうか。自然とついてきていますが」
「グリューン。冒険者さ。王都まで同行することになったんだよ。馬も荷物もなくなったんでな」

 メイドは主にアイコンタクトで確認を取り、言葉を続けた。
「今後については、村の宿についてからにしましょう。村長とはすでに話がついております。空き家をひとつ貸してくださるそうです」
「おいおい。宿の一つもねえのかよ」
「不満であるのなら、あなた一人野宿でも構いませんが。――出立は明朝です。雲行きが怪しいゆえの判断なのですが……」
 セレナはグリューンの甲高い声を軽くあしらい、主に目を向けた。

「正しい判断ね。ランディ殿はどうでしょう?」
「私も賛成だよ。どうも、キラくんは天候の悪い日に、体調が急激に悪化する傾向にある。――ということだが、どうだね、グリューンくん」
「はっ、病弱に足引っ張られんのかよ。ま、べつにいいぜ」
 キラはその物言いにむっとして少年をにらみ――その視界の端で、メイドが思案げにしているのが映った。
 わずかに眉間にシワを寄せ、「病弱?」とつぶやいている。
「キラ。キラも、明日の出発で構いませんか?」
「ん? うん、いいよ。のんびりもしてられないだろうから」

 それからセレナの案内で、小麦畑に囲まれた村の中心についた。
 円状の広場を中心として、木造建ての家屋が乱雑に並んでいる。その数はグエストの村とは比にならず、新築も含め百軒以上あるようだった。
「村長のところへ挨拶をしてくるよ」
 そうしてランディと一時別れを告げ、キラたちは空き家に向かった。

 新築らしいその家の周りは、物々しい雰囲気だった。甲冑を着込んだ騎士十名が、ドラゴンの意匠をこらした紅の外套を羽織って待機していたのだ。
 小隊長らしき男は、騎士団の旗を持ち――リリィとセレナの姿を認めるやいなや、
「整列!」
 よく通る声で部下たちを律した。

 掛け声とともに二列に並ぶ騎士たち。その声や金属音や物音は、周囲の村人たちの視線をひきつけた。
 そして、騎士たちの視線もまた、一箇所に集中していた。

「どこを見ているのですか」
 そう淡々と問いかけたのは、赤毛のメイドだった。
 その声は普段どおりで、特別厳しいものではなかった。
 だが、だからこそなのか。騎士たちは緊張したように背筋を伸ばし、胸に拳を当てて敬礼する。こっそりとバイザーをおろして顔を隠す騎士もいた。

「……よろしい。任務の内容は理解していますね。王国各地の守衛任務は珍しいことではありませんが、今回は特別な緊張感を持ってあたってください。決して、騎士団の誇りを汚さぬように。――では、行きなさい」
 騎士たちは声を揃えて短く返事をし、歩幅も呼吸も合わせて行進を始めた。誰も振り返ることなく、竜ノ騎士団の旗を追うようにして歩みをすすめる。

「はあ……」
 キラはその姿を見送り、思わずため息を付いた。
 緊張が抜けて身体がぐったりとし、するとリリィが支えてくれる。

「なぜキラが緊張していますの?」
 楽しそうに笑うリリィに、キラはぼやいた。
「だって……みんな、一斉に僕の方を見たから。びっくりもするよ……」
「もっと堂々としていればいいのですよ?」
「や、だって、僕は騎士団じゃないし」
「あらあら? そうでしたわね」
 リリィはクスクスと笑いつつ、白馬を降りた。キラも彼女に習って地面に足をつけ、フラリとしたところを支えられる。

「先程、体調が優れないと聞きましたが……本当のようですね」
「いや、もう、大丈夫です。ちょっとふらついただけで……」
「そうですか。決して、無茶はなさらないように。何かあればお申し付けください――多少なりとも、医を心得ておりますので」
「え……? あ、ありがとう、ございます」

 少し意外な気遣いにキラが戸惑っていると、どてっ、と音がした。
 ユニィが強引に少年を栗毛の馬から引きずり落としたのだ。そうしておいて、二頭の馬に対して身振りでついてくるように促し、空き家の隣の厩へと向かう。 
「……驚きました。賢い馬ですね」
「ええ。ランディ殿の愛馬なの。見てて飽きないわよ」
「感心してる場合じゃねえだろ。ホントなんだよ、あの馬。人を馬鹿にすんのも程があんだろ。――んで。ちゃんと説明してくれるんだろうな。あんたら、竜ノ騎士団だったのかよ」
 グリューンの言葉に、リリィもセレナも首を傾げていた。二人は顔を見合わせ、やがてうなずき確認し合う。
「ランディ殿が合流する前に、その話は済ませてしまいましょうか」
「賛成です。では、中へ」

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