74.ヒミツ

 エグバート城は、王都の中心に人工的に盛り上げられた丘の上に位置している。まるで断崖絶壁に立っているかのようであり、足元はぐるりと円状に水路で囲まれている。
 その荘厳さと雄大さは、街のどんな場所からでも目にすることができ、”象徴としての王”を肌で感じられるほどだった。

 ところで、そんな王城の主たるエグバート王家には、”七不思議”がある。
 市井の人々から歴史学者に至るまで。あらゆる人が研究し、調べ上げようとしているが、一つとして真実が浮かび上がらない”謎”である。
 そのうちの二つが、王城の正門”ウラキ門”に隠されている。

 一つは、石造りの城門上部の中心に据えられた”王家の紋章”にある。”王家の紋章”といえば『バラとリンドウの二輪の花』が並んだものなのであるが、”ウラキ門”に設置された紋章には三つの線で傷つけられているのだ。
 まるで獣に引っかかれたかのような傷は、明らかに意図的につけられたものであり、事実『”ウラキ門”の紋章はあれこそ正式なもの』とされている。

 そして二つ目が、”ウラキ門”の向きそのものである。
 南西に向かって石造りの城門が顔を向け、そこから水路をまたがる橋がのび、”正門前広場”につながっている。
 しかし、王国の歴史を紐解いてみると、”ウラキ門”も”正門前広場”も元々は存在していなかった。王城の正門は、王城とともに南を向いていたのである。
 つまるところ、”ウラキ門”は後で設置されたものであり、王城そのものの向きも後で変えられたということだった。記録によれば、百年以上の歳月をかけて、王城とその周辺をまるごと改築したものとされている。

 約、千年。
 王国が王国として在り続けてきたからこそ、湧き上がる”謎”である。
 そして、これもまた”七不思議”の一つとして数えられるのだが……何かに守られるかのように、あるいは何かに導かれるかのように、エグバート王家は揺るがずに国の頂点として君臨していた。
 だからこそ……。
 ”ウラキ門”前に設置された処刑台は、エグバート王国にとって異様な光景だった。

「今すぐに飛び出てでも壊しておきたいところね……」
「早まってはなりません、リリィ様。今は待たねば」
 無事に、そして静かにセレナとユニィと合流できたリリィは、ともに”正門前広場”にいた。
 ナタリーから荷馬車やら粉袋やらマントやらを拝借し、すっかりと『配送中の召使い』として変装したのだが……リリィは早くも我慢ができなくなっていた。

 公示人が王都各地で布告した影響で、予定時刻の十分前には、すでに”正門広場”は人で埋め尽くされていた。式典やパレードも催されるほどの広さを誇る広場ではあったが、今や窮屈な印象が否めなくなっている。
 不安な表情を隠しきれない人々が注目するのは、もちろん”ウラキ門”前の処刑台だ。城門と広場をつなぐ橋の真ん中に設置され、あたかもそれが神聖なものかのように、五人の帝国兵が警護についていた。
 他にも、不埒者を取り締まろうと何人もの帝国兵が”正門前広場”にまぎれている。
 彼らの目つきや顔つきは鋭く、”パン屋通り”で見かけた兵士たちとは全く違う人種のようにも思えた。

「あんな処刑台、炎で吹き飛ばせば一発なのに……!」
「ですから、いけません」
 そこでセレナは口をつぐんだ。あたかもそれが癖のように、外套をポンポンと払いつつ、フードを目深に被り直す。
 リリィもうつむき気味に息をこらし……かちゃりかちゃりと、目の前を帝国兵士がゆっくりと通り過ぎていった。

「リンク・イヤリングでエマと話したとおりに事を運ばねばなりません」
「ラザラス様の命が絶たれるギリギリまで待って奇襲。僅かな混乱の隙にラザラス様を確保、すばやくユニィへ乗せて逃亡させ……わたくしたちは城内を舞台にして戦う。だったかしら?」
「はい。もはやためらうことも許されません。街に被害が出るならば、王城を潰したほうが良いと、今や現国王のローラ様の厳命があります」
「幼い王の英断に応えはしたいものだけど……やっぱり、抵抗があるわね。このお城は、国の象徴――何かあってはならないのに」
「しかし、これ以上の手立てはありません。被害が出たとしても、数百年前の”王都王城改築計画”よりかは、随分マシな工事になるはずですよ」

 冗談めかしたセレナの物言いにリリィは頬を緩め……ふと、視界に入ったものに目を向けた。
 ”正門前広場”から臨むエグバート王城は、天にも届きそうなほど迫力がある。だからこそ、分かっていても一度は空を見上げてしまう。
 設計者はそんな人々の視線の動きを完璧に把握していたらしい。”ウラキ門”にかぶさるようにして、バルコニーが見える。
 いつもはにぎやかな催しのときに王家が姿を表すそこに、別の人影があった。

「ブラック……!」
「気づかれましたか。私も先程」
 遠目からでも、白髪血眼に漆黒のコートの姿は嫌でも目立つ。わざと姿を見せたのであろうということは、その冷たい威圧感にざわつく民衆たちで容易に想像がついた。
 白馬のユニィも漆黒の姿を認めたらしく、興奮で鼻息を荒くしていた。
 当然というべきなのか、白馬による幻聴が頭の中に響くことはなく、その心の内を知ることはできない。

 リリィはユニィの首をなでつつ、そらそうとした視線をパッと元に戻した。
「あれは……”ペンドラゴンの剣”……?」
 ブラックの左腰には、抜身の剣がぶら下がっていた。
 陽の光によって白くまばゆく輝くそれは、どう考えてもブラックが以前に使っていた剣とは思えなかった。
「やはり……あの剣は、キラ様が持っていたものですよね。対敵したときになんとなくそう感じていましたが……」
「一体、なぜ――ッ」

 段階的に、そして、瞬間的に。
 己の内側からタガが外れていったような気がした。
 何故と考えずとも。何があったのかと思案せずとも。その事実に行き当たった。
 ぎりりと歯を食いしばる。セレナが、小さくも焦りを含んだ声で語りかけてくるが、もはや耳に届かなかった。
 と。

 ――勝手に殺してんじゃねえよ

 振り返った白馬が白い歯をむき出しにしてカチカチと鳴らし、フンッ、と勢いよく鼻息を噴き出した。
 リリィははっとしてフードを抑えた。
 そのときには、すでに毒が抜けたかのように怒りがどこかへ消え去っていた。代わりに頭の中を満たしたのは、困惑だった。
 その言葉の真意を聞こうにも、うかつに馬に喋りかけることはできず。かといって、ユニィはすでに口を閉ざしたままそっぽを向き、続きを話そうともしない。
 そうこうしているうちに、セレナの焦りの声が耳をついた。

「まずいですよ……! 上手く怒りを沈めてくれたのは良いですが、目をつけられました」
 直後、ぞわりとした感覚が首筋を伝う。
 はっとして顔を向けると、遠くにいるはずのブラックと目があった。その血のような眼は、明確な敵対心を宿し、爛々と輝いているように見えた。
 リリィもセレナと一緒に身構え――ふと力を抜いた。
 今にも飛び出そうとしていたブラックが、背後を振り向いたのだ。すると、何やら血相を変え、バルコニーから姿を消してしまった。
 文字通り、黒い靄を残して……。

「一体、どういうことでしょうか……?」
「とりあえず、助かったみたいね。――って」
 消え去ったブラックのあとを継ぐように、別の人物が現れた。
 セレナは見覚えのない人物に首を傾げていたが、リリィには覚えがあった。

 エマール領リモン”貴族街”。その闘技場での大乱闘の末に逃走を図った際――ユニィの前に立ちふさがり、さらにはその破滅的な威力の蹴りを生身で受け止めた人間がいた。
 色黒で野獣のような笑みを浮かべるその男は、”授かりし者”ガイアであった。

「あの褐色の……。何者か、ご存知なのですか?」
「ガイアという”授かりし者”よ。ユニィの一撃をも防ぐ”硬い肌”を持つ強者、なんだけど……。掃討したエマールの傭兵団には居なかったって報告があったのに、なぜ今更ここに……? てっきり、もうエマール領から離れたものと思っていたのに」
「あれが……不気味な人物ですね。私達に気づいて、なお仕掛けてこないとは。なにか考えがあるのでしょうか」
「あるいは、エマールにはさほど思い入れはないか……。確か、シスの報告の中にガイアの名前もあったわよね」
「はい。何やら問題を起こしたとか。先の戦いに加わっていないのを考えると、エマール側としても扱いづらい存在なのでしょうが……。しかし、ならばなおさら、なぜここに……?」

 二人してガイアの動向に気を取られていると、”ウラキ門”前で動きがあった。
 敵からの侵入を拒むはずの鉄柵が、敵の手によって開かれていく。現れたのは、球体のような体つきのエマールと、ソレに引きずられるラザラスだった。
 いつもの国王然とした堂々たる姿も、国の象徴であると指し示すきらびやかさもない。

 深くうつむき、首からつながる鎖に引っ張られるさまは、奴隷に身をやつした老人そのものだった。
 皆が注目する処刑台にまで引きずられ、囚人服を着た老人は膝立ちになり……エマールの手によって、額を床に押し付けられた。

「ご機嫌麗しゅう、皆々様!」

 ざわりざわりと広がる動揺と敵意……それらすべてを、エマールは賛美歌のごとく心地よさそうに受け止めた。
 ラザラスにはなにか考えがある。そう分かっているリリィも、そしてセレナでさえも、処刑台に引きずられるさまを目の当たりにしては、感情の抑制が効きそうになかった。

「突然の事態に困惑しておられるかとは思いますが、どうぞご安心を! 何も私は、この王都を戦乱の只中に放り込むつもりなど毛頭ない――故に、帝国軍には『民には決して手を出さぬように』とお願いをしているのですからな」
 何の茶番を見せられているのかと、リリィは唇を噛み締めた。
 ”正門前広場”に、エマールの言葉を真に受け、そうだったのかとハッとする者はほとんど居ない。
 広場にいる帝国兵をひと目見れば、エマールの”お願い”とやらを守るつもりは毛頭ないのだと、すぐに分かる。何か騒ぎを起こそうものならば、たちまち切り伏せられるだろう。

「我らが宿敵は、このエグバート城にあり! 約千年もの間、民を騙し続けていたこの大嘘つきこそが、諸悪の根源!」
 リリィもセレナも、眉をひそめた。
 エマールの物言いにもそうであるが……処刑台に膝立ちになってうつむくラザラスが、にやりとして笑った気がしたのだ。
「皆々様の視線を集めるこの男は、王族の血を継いでなどはいない!」
 晴れやかに、そして高らかに言い放つエマール。
 その言葉には、少なからず揺さぶられる者がいた。動揺が別の動揺を招き入れ、敵意が困惑と混乱へとすり替わっていく。

「そう――初代国王エゼルバルド・エグバートには、子など居なかった!」

 不本意ながら。
 リリィも、己の心がざわめくのを感じていた。
 なぜなら、その言葉はいやに耳につく甲高い声ではなく、豪快かつ快活な野太い男の声――ラザラスその人の発言だったのだ。
「すなわち! この男の行動には、ある程度の正義はある! 志がどうであれ――正しい行いとも捉えることができよう!」
 むくりむくりと、老人の……ラザラス・エゼルバルド・エグバートの筋肉が膨れ上がる。囚人服がはちきれそうなほどに。

 ラザラスの頭を踏みつけていたエマールは、動揺を隠せないようだった。よたよたと後退し、傍に控えていた帝国兵士たちに何事かを喚く。
 その間にもラザラスは体を起こし――手枷も足枷も、己の力のみで引きちぎった。
 隣で球体なエマールが杖を差し向け、帝国兵士たちが剣を抜き放ち……そんな状況などには目もくれてやらず、ラザラスは腕を組んで言い放った。

「だが! このラザラス・エゼルバルド・エグバートが誓って言う――我らにこそ、正義が在ると! この魂に初代の正義を刻んでいるのだと!」
 なぜだか。
 リリィの目には、ラザラスの姿ではなく、城門上部で輝く”三本傷の残る王家の紋章”が、太陽を携え堂々とした姿で映っていた。
「もう秘密にすることもあるまい――今ここに解き明かそう、エグバート王家の秘密を! 初代の名を紡ぐ我らは、一体誰の末裔であるのかを!」

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