リリィとレーヴァの前からロキが”闇の神力”で姿を消した時。
その”闇の神力”を扱うブラックは、通称”エマール城”の庭園に居た。
長い白髪をゆるりと凪ぐ風に弄ばれつつ、真っ黒なロングコートのポケットに手を入れ、ぽそりとつぶやいた。
「……いつもながら、不気味な光景だ」
ブラックの冷徹な赤い瞳に映るのは、”預かり傭兵”たちだった。
整った芝生をそれぞれが無遠慮に踏みしめ、整列している。
不格好なことに、誰一人として同じ格好をしていない。ある者はくたびれた革鎧を着ていたり、ある者は薄っぺらい甲冑を着ていたり、またある者は防具すら身に着けていない有様だ。
およそ軍隊とは言えない見た目ではあったが、二百を超える数が揃っているにも関わらず、誰一人としてピクリともしなかった。
「あの崩落に巻き込まれて……よくこれだけ『使える』ヤツが残っていたものだ。いっそ全部潰れていれば、ベルゼの吠え面も拝めただろうに」
フン、と鼻を鳴らし、目をそらす。
次に視線をやったのは、自らの腰だった。コートを絞るように巻いた剣帯には、いつもの通り自分の剣が収められている他に、もう一本ぶら下がっていた。
抜身のままのそれ――”ペンドラゴンの剣”を手に取る。
一切の歪みも傷もない白銀の刃をかかげ、月明かりに照らす。
「諸刃の剣とはよく言うが、これこそ最たるものだな……。只者であれば、自傷覚悟で扱わねばならんが……」
ブラックは目を閉じ、少しばかり思い返した。
闘技場で”試験”と称した見世物の戦いで……。黒髪の剣士キラは、少年エリックの剣をいとも簡単に断ち切り勝利した。
少年の剣がなまくらだったのかもしれないといえば、それまでだ。
だがキラという剣士は、激しい怒りを見せた後、斬りにいって斬った。切り結んだ結果として偶然折ったのとは、まるでわけが違う。
何より、”闇の神力”を込めて鋭さも威力も増した剣を、キラは”神力”もなくいなしていたのだ。その突出した技量は、認めざるを得ない。
「ヤツとは、また必ず相まみえる……」
ゆっくりと目を開いたブラックは、もとから持っていた剣も引き抜いた。左手で持って平行に寝かせ、右手の”ペンドラゴンの剣”を構える。
血のような赤い瞳をまぶたで引き絞り――振り下ろす。
確かな手応えと響き渡る金属音、そして舞い散る火花。
”ペンドラゴンの剣”は、己に一つとして傷をつけることなく、剣をへし折った。
「——ホォ? 剣士は剣に魂を捧げるものと思っていたがなァ」
いきなり聞こえてきた声に、ブラックは左手の剣を投げ捨てつつ、警戒度を最大限にまで引き上げた。
常日頃から、”闇の神力”によって暗がりに注意をしている。
だと言うのに。月明かりに照らされ姿を現した褐色の男を、今の今まで察知できていなかった。
「ガイア……といったか。なぜここにいる」
ブラックは瞬時に考えを巡らせた。
現在、”王都襲撃”の第二陣として”預かり傭兵”約二百名を送るために、時間まで待機しているところである。その場所として指定されたのが、エマール城の庭だ。
帝国”軍部”から王国侵攻への一切を任されているブラックからしたら、時間も場所もほとんど重要ではなかった。なにせ、”闇の神力”で思うままに出来るのだ。
ただ、現状、この第二陣の作戦内容は一部の人間しか知らない。
それというのも、ベルゼが干渉したからである。『いまや貴重となった”預かり傭兵”を捨て駒同然に使うのはありえない』。
加えて、『戦場へ送りたくば、きっちり揃えて確認してから送るべきだ』とも。
「……なにもかも、ヤツの望まぬ事態が起きているようだな」
「あァ? ボソボソと……ンだって?」
「質問に答えろ。なぜここにいる」
ガイアが姿を現したのは、エマール城の外からだった。
エマール城の敷地内に足を踏み入れるには正門をくぐるしかなく、庭園には回り込む形でしか入ってくることができない。他にも地下通路を使う方法があるものの、城内に出入り口が設けられている。
つまるところ。
ふらりと立ち寄る程度で入り込める場所ではないのだ。そして、”預かり傭兵”が何やら集まっているらしいと、外から見えることもない。
今回の”第二陣”作戦の内容を知る者が、ガイアに情報を提供したに違いなかった。
「用があるのはソイツら”預かり傭”だ。オレぁもっと強くなりてェのよ……よこしてもらうぞ」
「それがなぜ”預かり傭兵”につながるかはわからんが――なるほど。至極単純な話だな」
ブラックは”ペンドラゴンの剣”を強く握り、”闇の神力”を流した。
すると、ズズッ、と今までにないくらいに抵抗なく力が染み込んでいく。
絹のような触り心地に口元を歪め――赤い瞳の焦点を褐色の男の背後にあてる。足元から”闇の神力”を流し込み、地面を這わせる。
点と点をつなぐように。一点に”力”を収束させる。
瞬間、移動。
身体がぐんと引っ張られる感覚の直後、ガイアの背後に躍り出る。
漆黒に染まった”ペンドラゴンの剣”で、その太い首を狙う。
が、
「チッ……!」
筋肉な首に刃が通ることはなく、逆に弾き返された。
手首に掛かる衝撃に顔を歪め、ブラックは着地とともに大きく後退する。
「異様に”硬い肌”とは知っていたが……傷一つつかないとはな」
「あァ、だがさすがに響いたぜ? ちょっとヒヤッとしたくれェだ」
そうは言いながらも、振り返ったガイアは不敵な笑みを浮かべていた。
斬られた首に手を当て、わざとらしく頭を左右に振って無事を確認し……すると、途端に凶暴な顔つきとなる。
「イイよなァ。羨ましい限りだァ……”闇の神力”。無限の使い方が出来るだろ」
「……何の話だ」
「格好良くて、しかも強えときた。オレの”神力”――見てくれよ、なァ」
ガイアは首に当てていた手を離し、だらりとぶら下げた。
そして、その反対側の手を持ち上げ――次の瞬間、ブラックは目を見開いた。
「”炎の神力”さ。つまんねェと思わねェか、なあ!」
掌から”青い炎”が漏れ出るや、またたく間にガイアの身体を包み込んだのだ。
魔法ではないと、すぐにブラックは肌で感じた。”神力”が発する特有の”波動”が、じりじりと刺激している。
”硬い肌”は”神力”ではなかったのか。それとも”神力”を二つ有しているのか。はたしてそんなことがありうるのか。
すぐにいろいろな疑問が頭の中を駆け巡ったが――ブラックはそれらをすべて飲み込んだ。
「俺も、どうやら貴様に用ができたらしい。その絡繰り……教えてもらおう」
「ハッ、やってみろよ三流!」
暗く塗りつぶす闇と、昏く燃え盛る青。
二つの”力”はまたたく間に膨れ上がり――大規模な衝突を生み出した。