31.嵐のような

 店内は、想像以上に手狭だった。左右に”自慢の一品”と称された鎧が飾られているのもあるが、扉を入って三歩も歩かないうちにカウンターについてしまうのだ。

「いらっしゃい。”にっこり防具店”にようこそ」

 そう野太い声で告げるのは、禿頭の大男だった。
 組んだ腕は太く、腰から下も相当に鍛えているだろうことが、上半身の体つきで分かる。つるりとした頭にすら、血管が浮き出ている。
「お客さん。実力はわかったんで、引っ込めてもらえやしませんかね。親方の俺はもちろん、弟子たちも、お客の実力測り間違えるほど阿呆ではないんで」
「……そのようですね。失礼しました」

 リリィが魔力を流すのをやめたのだろう。親方は組んでいた腕から力を抜き、見逃してしまうくらい小さく吐息した。
 彼の背後にある開けっ放しの扉からも、安堵の声が僅かに聞こえる。弟子であろう少年や少女が、こっそりと覗いていたのだ。
 目が合うやあたふたとし、どこからともなく現れた女性に叱られ、散らばっていく。
「……”少し”って言ってたけど、”だいぶ”の間違いじゃないの?」
「価値観は人それぞれですから」

 あっけらかんとして言うリリィに閉口していると、再び野太い声がした。
「今日は何用で? 傭兵ではないと思うが」
「彼女の胸当てを仕立ててもらいたいんです。旅の道中、使い物にならなくなってしまって……」
「ほう。そりゃとんでもない化け物に出くわしたか。あんたの包帯も、そういうわけで?」
「ま、まあ、そうですね……」
「強者に防具を仕立てられるんだ、こっちとしちゃ頭下げても仕立てたいくらいだが……何分商売なんでね。少々値は張るが?」
「……ちなみに、だいたいいくらしますか?」
「準金一枚とることもある。最低でも、準銀五枚はくだらない」

 キラはひくりと頬を退くつかせた。
 ランディから教えてもらったものの中に、もちろんエグバート王国の通貨もある。
 王国に存在する通過は、主に五種類。
 純正金貨、純正銀貨。準金貨、準銀貨、銅貨。
 上二つは主に国家間同士の取引に用いるもので、実際に王国内の市場に出回っているのはあとの三種類のみらしい。
 準金貨は最も価値が高く、その一枚でそれなりの一軒家が建つという。

「……どうする?」
 ”転移”の失敗で持ち金もどこかへ消え去ってしまったが、幸いにも、シスから資金援助を受けることが出来た。
 大量の銅貨に準銀貨、中には準金貨もありはしたが……。
 ”超恥ずかしがり屋”を演じているはずのリリィだったが、こと鎧に関しては自分の口で伝えたいらしく、いつものはきはきとした口調で親方へ向けて言った。

「とにかく身体の動きを阻害しないものを。ただ、それ以上に早く仕立ててもらいたいのです。できれば明日の朝までには」
「明日? そりゃいくら何でも……。きっちり採寸して、その上で何度か試着を重ねてもらわなきゃならないんで」
「では少し変えましょう。明日の朝に間に合う胸当てをお願いします。この際、品質は問いません」

 大男は苦い顔をしてぎりぎりと歯を食いしばり、組んだ腕を再び膨らませ……やがてため息を付き、全身から力を抜いた。
 様子を見守っている弟子たちに向かって、力強く怒鳴る。
「今日は店じまいだ! 一等品を作る――準備にかかれ!」
 カウンターすらビリビリと震える野太い声で、店の奥に居る職人たちは活気づいた。

「こうもわかりやすく喧嘩売ってくれたんだ――準金一枚はもらうぜ?」
「もちろん、そのつもりです。そのうえで、後日何かしらの追加報酬をお渡ししましょう」
「はっ、乗った! となりゃあ、早速採寸だ。なに、うちにはあんたと同じくらい気概のある女どもが居るから、安心しな」
「頼もしい限りです」
「よう、アニー! 二階に案内してやりな!」

 店の奥から勝ち気そうな浅黒い肌の女性が出てきて、ニコリと微笑んで会釈した。
「うちの妻だ。色んなとこで細けえんで、ちょいと堪えるだろうが……まあ、職人魂と思って勘弁してくれ。――うん?」
 親方はそこまで言って、視線をそらした。キラもリリィも、自然とその方向を追う。

 誰かが入店したのだ。その人物は外套を羽織り、フードで顔も隠れていたが……女性であることは間違いなかった。胸がその大きさを主張するかのように、突き出ている。
「お嬢さん、悪いが今日は店じまいなんだ。注文は明日の朝以降――」
 親方の野太い声は、キラにはそこまでしか聞こえなかった。
 なぜならば……。

「好きです!」

 目が合うなり、外套姿のその女性がぱっと抱きついてきたのだ。
「お……」
「なっ……!」
 禿頭の親方とリリィが同時に息を呑む。

 その一方で、キラには反応する余裕もなかった。
 胸を圧迫するのは、胸。恥ずかしげもなく、むしろこすりつけるようにグリグリと動く。
 その上で、固まったキラの視界には絶世の美女が映っていた。
 パッチリとした碧色の目に、すっと通った鼻筋。理想的な厚さと膨らみと色鮮やかさを持つ唇。顎は小さく、耳にかけてのラインは綺麗としか言いようがない。
 きめ細かな白い肌は、頬の部分だけがほんのりと血色良く染まり、きらきらと輝く銀色の髪の毛がかかり……儚げな雰囲気もありながら、神々しくもある。
 リリィと同じくらいに可憐で美しい人だった。

「トレーズ!」

 これほどまでにどすの利いた声を聞いたことがなかった。
 キラは背筋をひやりとさせて、動かない首をなんとかして回す。
 リリィが、怒っていた。ボウッ、と頭の周りに紅の火の玉が浮かび上がり、それらがリリィの美しい黄金色の髪の毛を逆立てる。
 ただならぬ様相に、怖いもの見たさで覗いていた店員たちはもちろん、筋骨隆々の親方もそそくさと姿を消していた。
「トレーズ、トレーズ!」
 名前を繰り返すしかないほど、彼女は取り乱し、かつ怒りに狂っていた。

「やっぱりリリィ様も。独特な魔力をお持ちですから、すっ飛んできちゃいました!」
「トレーズ、あなたねえ……!」
「いやですよ、リリィ様。私のことは、ノアとよんでください。もちろん、救世主様も!」
 すると、毒気が抜かれたように、リリィの周りを漂っていた”紅の炎”がしぼんでいった。
 リリィ自信も、怒りに震えていた身体がぴたりと静止し、ほうけていた。
 そんな彼女の様子の変化は見逃せなかったが、それよりもノアと名乗る美女の言葉のほうに気を取られた。

「きゅ、救世主様って……?」
「女神様からの天啓ですっ。あなたさまをこの地上にお遣わしになったのだと、夢で見ました!」
「女神? 夢? 何を言って――」
「しかし、リリィ様と一緒におられるとは、やはり選ばれし者……! お会いできて光栄ですっ」

 口を挟む暇もない。それほどにノアは興奮していた。
 高ぶった気持ちを抑えられない子どものように。軽く体を弾ませる。
 そのせいで胸に密着した胸がむにむにと蠢き……彼女の体を突き放そうとしたが、ピタリと動きを止めてしまう。
 ゆさゆさ揺れていたせいで、ノアのかぶっていたフードが外れたのだ。

「耳が尖ってる……?」
「あやや、バレちゃいましたか。何を隠そう、私、エルフなんですよっ」
「へえ……。なんか、へんなの」
「おやっ、変ですか、救世主様?」
「……君のその”救世主様”呼びよりかはだいぶマシだけど」
「君……! 救世主様に、君と呼ばれてしまいました……! なんと感動的なことかっ」
 ノアの瞳はまたたく間にうるみ始め、ぽろりとしずくを垂らすや。だばっ、と濁流のごとく涙が流れていく。

「ええ……」
 キラが思わず困惑を声に出すと、ノアはハッとした顔つきになった。
 ゴシゴシと腕で涙を拭い、
「失礼します!」
 といって、顔を胸に押し付けてきた。
 再び、背後でボッと炎が燃える音がする。
 それに気づいているのかいないのか。思い切り息を吸い込み……ぱっ、と離れた。
「では、私はこれで。またお会いすることがありましたならば、今度はゆっくりと!」
 まさしく嵐のような出来事に、キラは本当に現実に起こったことなのか、わからなくなっていた。

   ○   ○   ○

 エマール領リモン。”貴族街”と”労働街”の間には”境界壁”がそびえ、両区域への接触は”境界門”を介してのみとなっている。
 貴族たちは”労働街”などないかのように振る舞い、しかし、いざ金のこととなると『住んでいるのだから』と我が物顔で要求する。金がなければ食糧で、それもなければ、せめて”人”をよこせと。
 長年に渡り、”労働街”の住民は苦汁をなめ続けてきた。

 そこへ綺羅星の如く現れたのが、現市長シェイクだった。
 十五歳という若さにもかかわらず、数々の政策を打ち立て、月を追うごとに街を改善していった。
 汚物まみれだった街中を綺麗にし。見た目を変えずとも、区画整理によって往来の通りをよくし。ミテリア・カンパニーとの取引により、商売で街を賑わせた。
 それまでは食糧か”人”かという選択の連続だった。
 だが、そんな決断を迫られることもない。その気になれば貴族連中を脅かせるほどに、”労働街”の懐は温かくなっていた。

「――よく調べ上げたものだ」
「街中の様子、様々な武勇伝に、伝え聞く噂……全ては推測でした」
 青年は真っ赤な背表紙の本をパタリと閉じ、懐にしまった。

「君の名を聞いておこうか。それと要件も」
「フランツです。ぜひ、私とともに来てほしい、シェイク市長」
「ただのフランツではないだろう? その推測と、それを正確にした知識量……どう考えても貴族だ。ならば、ぜひとも家名を教えてほしいのだが?」
「……そういうことでしたら、あなたも同じでしょう。シェイク市長……その名前は、偽名では?」
「ふん……まいったね。聞くに聞けなくなってしまった。これは面白い……そう思わないかい、ニコラ?」

 胃がキリキリと呻いているようだった。
 ニコラは顔を渋くさせ、それでもなんとかうなずいてみせた。
 カツ、カツ、と。わざとらしく靴音を響かせて歩く。だが、緊張も相まってか、真っ赤な絨毯の上では思ったほどの威圧感はなかった。
 扉を開けて、来訪者を促す。

「お帰りはこちらです」
 フランツと名乗る青年は、残念そうな素振りを見せることもなく、ただ笑顔で「ありがとう」というのみだった。その所作こそ、貴族の証であった。
 部屋を立ち去ろうとして……青年はくるりと市長に向き直り、お辞儀をした。
「この街で良きものを見せてもらったお礼に……。私の名前は、フランツ・サラエボといいます」
 再び頭を下げて、それからは振り返ることなく部屋を出ていった。

 ニコラはため息を隠すこともせず、こわばっていた体から力を抜き……、
「あぁ〜……まったく、ああいう手合は。せっかく君が来てくれて、ようやく気が楽になったと思ったのに」
 シェイクは、ニコラ以上に気を抜いていた。立派な椅子の中でぽっちゃり体形をぐでっと崩し、もはや座っているのかもわからないほど、ずるりと体をずらす。
 数多の功績を打ち立てても、まだ二十歳なのだ。そう思わずにはいられない姿に、ニコラは頬を緩めた。

「サラエボというと……オストマルク公国の……? 貴族なのは知ってるけど……伯爵だったっけ?」
「私に聞いても分かるわけ無いでしょう」
「ひどい言い草だなあ」
「それはそれとして。去り際に本名を名乗るとは、どういうつもりでしょう?」
「さあ? 諦めない意思表示かなにかじゃない? 何が起こるのやら……こんな若造を連れて行こうとするなんてさ」
「ともに発たれるおつもりで?」
「まさか。オストマルクって、めちゃ遠いじゃん。大陸の西端だよ? 色々とややこしい国だし……関わり合いにはなりたくないねえ」

「はあ。シェイク殿のことですから、逆にこちら側に引きずり込むかとも思いましたが」
「それも面白そうだけど。ただ、ちょっと得体の知れなさ感がねぇ。もったいないというか」
「もったいない?」
「わざわざ大陸の真反対に位置する王国に、仲間集めだよ? 普通する?」
「さあ……。しかし、北には件のリューリク帝国、北東には謎の多いアベジャネーダ国。帝国はもちろん、アベジャネーダについては悪い噂も耳にしますし、オストマルク公国としても思い切った場所を選ぶ他なかったのでは? 海と隣接していますし」
「ま、たしかに」

「まあ、王国を選ぶくらいなら、”聖母国”ベルナンドに助けを求めても良い気もしますが。あの国は”聖母教”の総本山ですし、無下にされることもないでしょう。王国にほど近い場所に位置しますし」
「ん――そうだ、忘れてた。オストマルクの国教は、”聖母教”じゃなく”ミクラー教”だ。宗教が違うんだから、助けてって言いにくいでしょ」
「”ミクラー教”……聞いたことがありません」
「その成り立ちも思想も、なかなか異質な宗教さ。――逆に言えば、新鮮味がある。だからこそこっち側に引き込みたいんだけど……もう”計画”を走らせなきゃいけない。そんなよくわからない人物を受け入れるには、遅すぎた。僕たちにも、そして彼らにも、あまり良くはないだろう」

 弱冠二十歳の市長は、椅子の背もたれに身を預けた。
 その姿と机越しに対面し、ニコラは自然と背筋を伸ばした。
 シェイクという青年は、取り立てて言うほどでもない外見をしていた。ふっくらと腹の膨らんだ体形に、幾分整ってはいるものの、精悍さのない顔立ち。特徴といえば、せいぜいそのくせっ毛な金髪くらいだ。

 だが、時と場合によっては、王をも威圧するのではないかと思うくらいに迫力があった。
 柔和に緩む目元や口元が鋭くなるからか、話し方が自然とそれらしくなるからか。ニコラは、その雰囲気の変化こそが話し合いの合図と承知していた。

「本題の前に……。ニコラ、何やら落ち着きがないな」
「……至って普通です」
「君の目の前にいる人物を何だと思っている? 何があった――”計画”に支障をきたしてはならない」
「実は……」
 隠しきれないと悟ったニコラは、包み隠さずすべてを話した。
 息子のエリックが村を飛び出してしまったことや、リモンで傭兵になろうとしていること。新たな友人であるキラたちが連れ戻す手伝いをしてくれていること。

「ふっふ……失礼。うむ、じつに由々しき事態だ」
「笑い事ではないんですよ……」
「だろうな。だから、息子を先に連れ戻すと良い。――その直後、計画を実行する。フェーズ・ワン、といったところかな」
「直後って……早すぎでは? 何しろ、まだ……」
「いや、遅いくらいさ。もう一年だ。計画を練り、仲間を集め、準備をして……。我々は、もっと早く行動に移すべきだった。憶測でも、ね」
「……確証を得たということですか」
 ニコラが慎重に問いかけると、シェイクも厳かにうなずいた。
「三日後、王都は侵略を受ける。このリモンから出発するエマール軍と帝国軍によって」

   ○   ○   ○

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